ああ勘違い。恐竜の骨の化石の最初の名前は「巨人の陰嚢」だった
巨人の陰嚢と命名された化石のスケッチ Image credit:<a target="_blank" href="https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Scrotum_humanum_(cropped).jpg">public domain / Wikimedia</a>

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 1763年、イギリスの博物学者であるリチャード・ブルックスは、過去の書物に記録された謎の巨大な化石のスケッチを見て、大真面目に「巨人の陰嚢」と命名した。いわゆる「巨人のふぐり」だ。

 のちの研究で、この骨は肉食恐竜メガロサウルスの大腿骨であると判明する。

 恐竜という概念が存在しなかった時代ゆえの大いなる勘違いだが、結果的にこれが人類史上初めて恐竜の化石に付けられた記念すべき名前となった。

恐竜の化石が発見され、スケッチが書籍化されるまでの経緯

 まずは、恐竜の化石が発見され、スケッチとして記録されるまでの経緯を説明しよう。

 最初の登場人物は、17世紀のイギリスの古物研究家で政治家、占星術師、友愛団体「フリーメイソン」会員であるイライアス・アシュモールである。

 アシュモールは、自身の膨大なコレクションをもとに、イギリス初の公共博物館である「アシュモレアン博物館」をオックスフォード大学に創設した。 

 アシュモル氏は錬金術の研究も熱心に行っており、当時の優秀な科学者で、化学や地質学など多分野に精通するロバート・プロットと親交を持ち、彼をアシュモレアン博物館の初代館長に任命した。

 プロットが活躍していた17世紀は、まだ考古学や恐竜という概念が存在していなかった。

 プロットは、オックスフォード大学の学長らの助けを借りて定期的に地方へ赴き、地質学の基礎となる化石を探し求めた。

 だが当時、化石は大昔の生物の遺骸や活動の痕跡だとはわかっておらず、「地中にある鉱物が、地球の不思議な力によって、たまたま生物のような形に結晶化したもの」と考えられていた。

 ある日、プロットはオックスフォードシャーの採石場から巨大な太ももの骨(大腿骨)の化石を発見した。

 その化石は内部の構造まで生物の骨とそっくりだったため、プロットはこれを鉱物の結晶ではなく、実在した生物の骨であると判断した。

 プロットは化石を精密にスケッチし、その記録を、1677年に出版した著書『オックスフォードシャーの自然誌(The Natural History of Oxford-shire)[https://archive.org/details/naturalhistoryof00plot]』に掲載した。

 だが何の骨の化石なのかまではわからず、「ローマ皇帝がブリタニア征服時に連れてきた象の骨」か、「あるいは、古代の伝説に登場する巨人の骨」と推測した。

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18世紀、スケッチを見た研究者が「巨人の陰嚢」と命名

 プロット氏の記録からおよそ1世紀が経過した1763年、事態は思わぬ方向へ展開する。

 18世紀のイギリスの医師であり博物学者であるリチャード・ブルックスが、オックスフォードシャーの自然誌に描かれていたプロットのスケッチに再び注目したのだ。

  ブルックスは化石のスケッチの視覚的な形状から、大昔に存在したと真面目に考えられたいた巨人の遺骨の陰嚢であると判断した。

  陰嚢とは、精巣を包む袋のことでいわゆるふぐりだ。

 ブルックスは、このスケッチの化石に対して、ラテン語でスクロータム・フマヌム(巨人の陰嚢)という学名を付けてしまった。

  これが結果的に、人類史上初めて恐竜の化石に付けられた記念すべき学術的な名前となったのである。

 現在では学名のルール上、無効な名称として扱われているが、見た目の印象だけで命名してしまった18世紀の博物学を伝える出来事として語り継がれている。

化石の正体は恐竜のメガロサウルス

 プロットが発見し、ブルックスが巨人の陰嚢と名付けた巨大な骨の化石の実物は、残念ながらのちに紛失してしまった。

 だが1824年に事態は進展する。

 イギリスの地質学者ウィリアム・バックランドが、英ストーンズフィールドで見つかった化石の研究により、大昔に巨大な爬虫類が存在していたことを確信し、「巨大トカゲ」を意味する「メガロサウルス(Megalosaurus)」と命名した。

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 それにより、プロットが発見した「巨人の陰嚢」もメガロサウルスの大腿骨の化石であることが判明する。

 だが、熱心なキリスト教徒であったバックランドは、メガロサウルスの鋭い歯は神の設計であり、獲物を素早く仕留めて無駄な苦しみを与えないための、慈悲深い神の配慮だと考えていた。

  こうしてメガロサウルスは、恐竜研究の最初期に発見され、世界で最初に正式な名前がついた獣脚類(二足歩行の肉食恐竜のグループ)となった。

 メガロサウルスは、中生代ジュラ紀にヨーロッパ・北アメリカ・アジアなど、広範囲に分布していたとされているが、恐竜の研究が未発達だった時代に、肉食恐竜と思われる化石の多くを「メガロサウルス」として分類してしまった結果、現在も詳しい生態が不明のままである。

 世界で最初に記録され、名前が付けられた恐竜の化石の歴史は、未知の存在を懸命に解釈しようとした当時の科学者たちの壮大な勘違いの連鎖を経て、現在に受け継がれているのだ。

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References: Megalosaurus and the Balance of Nature[https://www.smithsonianmag.com/science-nature/megalosaurus-and-the-balance-of-nature-58004217/] / The First Scientist to Describe a Dinosaur Bone Mistook It for a Giant’s Scrotum[https://www.labrujulaverde.com/en/2026/06/the-first-scientist-to-describe-a-dinosaur-bone-mistook-it-for-a-giants-femur/]

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