首相官邸HPより


終戦から81年。きょう8月15日は、過去の戦争の過ちを反省し、二度と戦争を繰り返さないという誓いを新たにする日だ。

しかしいま、日本はその誓いからもっとも遠ざかりつつあると言っていいだろう。

 それは、他でもない、高市早苗という政治家を総理大臣にしてしまったからだ。

 実際、高市首相は追戦没者悼者式のあいさつで、昨年、石破茂首相が13年ぶりに復活させた「不戦」「反省」という言葉を削ってしまった。そして、安倍首相でさえ口にした「戦争の惨禍を繰り返さない」を「戦争の惨禍を繰り返さ“せ”ない」と、「せ」の一文字を入れ、戦争を起こしたのが日本でないことを匂わせた。

 この言葉を聞いて改めて思い知らされたのが、高市首相が「戦争をしたくてしようがない」政治家だということだ。

 こういうと、高市応援団や右派メディアからは必ず「高市さんが戦争をしたがってるなんてサヨクの決めつけ、戦争をしたい政治家なんていない」「高市さんは国民を守るための現実的手段として、改憲、防衛力増強を主張している」などという反論が返ってくる。

だが、そんなインチキに騙されてはいけない。過去の発言をみても、高市首相の根っこに「戦争をしたい」欲望があることがもっとよくわかる。

 その典型ともいえるのが、「日独友好決議」の際に発した発言だろう。

この決議は、日独交流150周年にあたる2011年4月、民主党政権下の国会で両国の友好関係をさらに深めることを目的に決議されたもので、決議案には自民党執行部も賛成を決めていた。ところが、決議案に、日独両国が先の大戦で〈各国と戦争状態に入り、多大な迷惑をかけるに至り〉、戦後は〈戦争への反省に立ち〉という記述があったことから、直前になって自民党右派が強硬に反対。駐日ドイツ大使を傍聴に招いていたにもかかわらず、安倍晋三元首相ら30人以上が退席し、森喜朗元首相や高市氏ら10人以上が着席したまま反対の意思を表明した。

 このとき、反対の急先鋒だったのが高市氏で、直前の自民党代議士会でこんなトンデモ主張をしたことを、当時、月刊誌「正論」(産業経済新聞社)2011年7月号で自慢げに書いている。

「先ず、『開戦権』や『交戦権』という『戦争権』は、全ての国家に認められた基本権です。その基本的権利を行使したことについて、『各国と戦争状態に入り、多大な迷惑をかけることに至り』『(両国は)戦争への反省に立ち』と記すことにも問題(後略)」 

現在、国連憲章で武力攻撃を受けた場合の個別的・集団的自衛権以外の「武力による威嚇又は武力の行使」が禁じられていることはいうまでもないし、先の戦争当時も、第一次世界大戦の反省からパリ不戦条約(ケロッグ=ブリアン条約/1928年)によって「国際紛争解決のため戦争に訴えることを非とし、かつその相互関係において国家の政策の手段としての戦争を放棄する」という国際ルールが確立していた。少なくとも、戦争が国家の権利として全面的に認められていたなんていう事実はまったくない。

にもかかわらず、高市氏は「戦争は全ての国家に認められた基本権」だなどと断定し、先の日本やナチスドイツの一方的な侵略戦争はその基本的権利の行使をしたまでだ、というのである。

 しかも、呆れたのは、続いて「日本の自虐史観にドイツまで巻き込んで、現在のドイツ政府を『反省するべき行為をした主体』であるかのように断罪する権利を日本の国会が持つとは思えません」などという論理を展開していたことだ。

日本の国会決議の少し前、ドイツでも連邦議会が「独日外交関係樹立150周年決議」を行い、「ドイツと日本はそれぞれ侵略と征服のための戦争を遂行し、戦場となった近隣諸国の人々に甚だしい惨禍をもたらした」と明記していた。なのに、高市氏はその事実をネグって「日本の自虐史観にドイツまで巻き込んだ」などと主張したのである。

 高市氏といえば、ネオナチ団体代表とのツーショット写真や、「説得できない有権者は抹殺」などという記述のあるナチス礼賛本(『HITLERヒトラー選挙戦略』永田書房)に推薦文を寄せていたことが発覚して問題になったことがあるが、こんな理屈で、ドイツ自体が認めている責任まで免罪しようとするとは、やはりナチスの蛮行への何らかの共感でもあるのか、と疑いたくなる(ちなみに上述のネオナチとのツーショットは、「日独友好決議」と同じ頃に撮影されたとみられている)。

高市氏の危険な欲望を示すのは、「戦争はすべての国に認められた基本権」発言だけではない。その前々年の2009年、高市氏は、当時民主党だった小沢一郎氏の国連中心主義を批判するブログのなかで、軍隊の海外派遣の基準について、こんなことも書いていた。

〈「軍を使い、ある程度の犠牲やリスクを冒してでも達成しなければならない『国家の目標』とは何か?」ということから考えて、目標達成に必要な手段を選択していくことが正道〉

 つまり、高市氏が軍隊を動かす基準というのは、国家の目標であり、それを達成するためなら、「犠牲」は仕方がないと言っていたのだ。

 しかも、この考え方は、近年も全く変わっていない。2022年3月、当時、自民党政調会長だった高市氏が『日曜報道 THE PRIME』(フジテレビ)に出演しているのだが、このとき、同番組のレギュラーコメンテーターである橋下徹氏が直前に起きたロシアによるウクライナ侵攻に関連して、「高市さんは総理大臣(首相)になる可能性の高い人だから聞くが、首相は戦闘員の最高指揮官だ。(略)最高指揮官なら戦闘員にどこをゴールにして戦わせるか」と、質問する場面があった。

 橋下氏はウクライナ侵攻勃発当初から、正義をふりかざすだけでは犠牲が増えるだけ、どう終わらせるかがリーダーの責任だということを主張しており、その視点があるかどうかを問うたのだと思われるが、驚いたことに、高市氏はこう返したのである。

「国家の主権が失われてしまうわけだから、これは申し訳ないが、戦闘員には最後まで戦っていただくことになる」

 そう、高市氏は全滅するまで戦わせると言い切ったのである。日本は先の戦争で「撃ちてし止まむ」「最後の一兵まで」のスローガンのもと、多くの若者を南方の島々での戦闘や特攻に駆り立て、死地に追いやったが、高市氏の言葉はその狂った思想と寸分違わないものではないか。

 さらに、ウクライナ戦争をめぐっては、2022年5月にブログでこんなことも書いている。

〈戦闘によって、多くの方々が命を落としています。(中略)日本でも、多くの国民の皆様が、「領土を守る決意」と「十分な備え」の必要性について、再認識して下さったことだろうと思います。〉

 これは、ウクライナ戦争を利用する形で、国民に対しても、領土を守るために命をささげる決意をせよ、と迫っているのに等しい。

 これらの発言を振り返るだけでも、高市早苗という政治家が「国民を守るための現実的な手段」として戦争や軍備を考えているわけでないことは明らかだ。むしろ、その言動の背景にちらつくのは、国家の威信のためなら侵略や無謀な戦争もいとわず、兵士や国民の命を国家に捧げさせるという、戦前戦中の日本の価値観と同一のものといっていい。


 
実際、高市首相は若い頃から日本が起こした戦争を擁護することに異常な執着を見せてきた。

その皮切りともいえるのが、最近、SNSなどでも動画が掘り起こされている「反省なんかしておりません」発言だ。

動画には、1995年3月、バブルの残り香がぷんぷん漂う派手なスーツに身を包んだ高市氏が国会質問に立ち、当時の駐米大使が「日本国民全体の反省があるから、戦後の平和憲法への支持がある」と発言したことについて、こう言い放つシーンが映っている。

「少なくとも私自身は、当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもないと思っております」

 当事者でないから反省するいわれはないとは、政治家とは思えない軽薄さ丸出しの発言だが、高市氏はこのころ、急速に歴史修正主義的思想を身にまとい、日本の戦争犯罪を躍起になって否定するようになる。

 従軍慰安婦や南京虐殺に疑義を呈し、「植民地支配と侵略」を認めた戦後50周年の村山談話にかみつき、先の戦争が「侵略戦争などではなく、自存自衛のための戦争」だとくり返
し始めたのだ。

 しかし、その中身は右翼テンプレのスカスカなものだった。そのことを露呈したのが、ジャーナリストの田原総一朗氏とのトラブルだ。

2002年8月、『サンデープロジェクト』(テレビ朝日)の靖国神社問題を扱った回に出演した高市氏が、「満州事変以後の戦争」についての認識を問われ、「自存自衛だと考えている」と持論を述べたところ、田原氏が「冗談じゃない。満州事変なんて日本の軍隊がね、関東軍が仕掛けてやったんだよ、あれは。でっち上げて。あれは明らかに侵略戦争ですよ」と一喝。

これに対して、高市氏が「当時の国際社会では、植民地政策っていうのが当たり前に行われてて」などと反論になっていない反論を口にすると、田原氏が激怒し、こうまくしたてたのである。

「全然違う!いいか?ワシントン条約(編集部註:田原氏の言い間違いで、実際はワシントン会議で締結された九カ国条約)で“新たな植民地は作らない”と、“中国に対して門戸開放で攻めて行かない”と、決めたじゃないか。日本もそれに調印してるじゃないか? まったくのこれ、違反だよ。あんなものをね“自存自衛”って、無知だよ。そんな無知が国会議員をやってるのはおかしい」
「幼稚極まりない(略)こういう幼稚な人が下品な言葉で、靖国、靖国って言うから」

 もっとも、このやりとり自体は田原氏が一方的に罵倒したこと、そして途中から高市氏がほとんど何も喋れなくなり、最後は涙ぐんでしまったことから、田原氏に対して「若い女性議員いじめ」という批判が殺到。右翼団体がテレビ朝日に番組と田原の出演中止を求める街宣をかける事態となった。

ちなみに、当時、この右翼団体代表が街宣を行った理由について、「週刊新潮」(新潮社)にこう明かしている。

「高市さんにも番組後すぐに個人名で手紙を書きました。すると返信を頂いたのです。その中には番組後、田原氏は『高市さん個人を下品と言ったつもりはない。靖国神社を参拝する人の中には、右翼のような下品な人がいるということを言いたかった』と釈明したことが書かれてあったのです」

 田原氏がいくら威圧的だったとしても、れっきとした政治家がテレビの討論番組でやり込められた腹いせに右翼団体に泣きつくのはどうかと思うが、それよりも呆れたのは、このあと。自分のブログや月刊誌(「諸君!」2002年11月号/文藝春秋)などで展開した、田原氏への反論の内容だった。

田原氏への反論の中で、高市氏は性懲りもなく、満州事変以後の日本の戦争は侵略や植民地化ではなく自存自衛の戦争だった、と主張していた。

しかし、その根拠としてまずあげたのが「当時、国際社会において現代的意味での『侵略』の概念は無かったし、国際法も現在とは異なっていた」というもの。

そして、植民地化についても、田原氏が持ち出したワシントン会議後の九カ国条約に禁止する条項はなく、当時の国際社会では植民地が認められていたかのような論理を展開した。

だが、当時は侵略という概念がなかったなんていうのは真っ赤な嘘だ。第一次大戦の直後に設立された国際連盟の規約第10条には「外部からの侵略に対して、加盟国の領土保全及び現在の政治的独立を尊重し、かつ保持すること」と、侵略を否定する一文が盛り込まれていたし、ほかにも、前述のパリ不戦条約(ケロッグ=ブリアン条約)が「国家の政策の手段としての戦争を放棄する」と定めていた。

植民地化についてもそうだ。たしかに、当時も欧米列強による植民地支配は続いていたが、第1次大戦後にアメリカのウィルソン大統領が打ち出した「14カ条の平和原則」、そしてパリ講和会議とヴェルサイユ条約において、「植民地問題の公正な措置」「民族自決」などが示され、勝った国が負けた国の領土を獲得する従来の領土拡大が否定された。つまり、新たな植民地は禁止される国際ルールが作られていたのだ。

 田原氏の持ち出した九カ国条約には、たしかに植民地全般を禁止する条項はなかったが、もっと具体的に、「中国の主権・独立、および領土的・行政的保全の尊重」が明記されていた。そして、当時、日本もこれらの条約にすべて同意し、調印していた。

 にもかかわらず、関東軍が自作自演の柳条湖事件を起こし、それを口実に、中国の軍事占領を開始したのだ。これは明らかに禁止されていた侵略行為、新たな植民地化であり、実際、国際連盟が設置したリットン調査団も、「計画的」で「自衛の範囲をはるかに超えていた」と判断していた。

ところが、高市氏は中高生でも知っているようなこうした歴史的事実を一切ネグり、逆に一部の政治家の発言や条約交渉時の枝葉末節のエピソードなどから自分たちの主張に都合の良い部分だけを切り取り、「当時は侵略も植民地化も禁止されていなかった」「日本の中国に対する軍事行動は自存自衛のためで、侵略ではない」と言い張ったのである。

 ネットで陰謀論まがいの「日本は悪くない」論を拡散させているネトウヨと大差ないレベルだが、高市氏は、その後も首相になる直前まで、このレベルの低いネトウヨテンプレの歴史修正主義を延々と主張し続けてきた。

しかも、高市氏の問題は事実を無視した歴史認識だけではない。ありえないのは、その主張が一貫して、“当時はそれが常識だったのだから、いまの価値観で裁くことはできないし、反省する必要もない”という論理につらぬかれていることだ。

30年前、バブルスーツ姿で口にしていた「私は当事者の世代でないから、反省するいわれがない」という発言もまさにそうだし、田原氏への反論でも、さらには冒頭で紹介した日独友好決議に反対した際も同様の論理を繰り返してきた。

私は常に「歴史的事象が起きた時点で、政府が何を大義とし、国民がどう理解していたか」で判断することとしており、現代の常識や法律で過去を裁かないようにしている(『諸君!』2002年11月号)

この人は歴史というものを本当にわかっているのだろうか。過去に過ちや蛮行、間違った政治決断を犯しても、それが当時の常識であり、国家の決断だから、裁くことも反省することもしてはならないというなら、社会や政治を改善し進歩させることなどできなくなるではないか。

 しかも、高市氏は一般国民ではなく政治家なのだ。国民の生活や生命を預かる立場の人間が、過去の誤った政治判断を反省する必要がないというのは、自分がいまやろうとしている政治が後世にどんな悲惨な結果を招いたとしても、なんの責任も持たないと言っているに等しいだろう。

 高市氏のこうした言動については、一部で「高市の右翼思想は本物じゃない、右派の支持者に媚びているだけの営業右翼にすぎない」という見方もある。

だが、始まりがそうだったとしても、国家の威信のために平和や国民の生命を平気で犠牲にし、日本を再び戦争のできる国にするという欲望は、いまや完全にこの政治家の内面に入り込んでいるといっていい。

実際、閣僚や自民党の要職に就いても、高市氏は「国民を守るための現実的判断」とは真逆な、勇ましいだけの言動を繰り返してきた。

 たとえば、岸田政権時代、中国が東シナ海に「海洋ブイ」を勝手に設置した問題では、外務省が中国に撤去を求める交渉をしていたにもかかわらず、当時、経済安全保障担当相だった高市氏は、「日本の手で撤去すべき」と強硬に主張していた。

 たしかに中国の行動は一方的だったが、もし高市氏の主張どおり日本の海上保安庁か自衛隊が強引ブイを撤去していたら、中国が新たなブイ設置を行うという応酬にエスカレートし、最悪の場合、中国の海警や中国軍との間で武力衝突が起きる可能性もあった。

岸田政権は当然ながらそうした強行手段を取らず、このブイは、石破政権になって当時の岩屋毅外相が粘り強く中国と交渉。自主撤去させることに成功した。岩屋元外相は高市応援団や右派から「媚中」「中国のスパイ」などという激しいフェイク攻撃を受けていたが、実際は日中関係を激化させることなく、中国に要求を飲ませていたのである。

これと比べれば、高市氏の主張が、いかに勇ましいだけで、日本の国益を損なう非現実的なものだったかがよくわかるだろう。

 しかも、高市首相は首相になると、とうとうその浅はかな言動で、日本を危機的状況に陥れてしまった。

 ほかでもない「台湾有事は存立危機事態」発言のことだ。高市応援団に聞きたいが、この発言のどこが、「国民と国益を守るための現実的な対応」だというのか。

日本政府は日中共同声明で「台湾が中国の一部であるとの立場を尊重する」と約束しており、首相があんな発言をすれば、中国が猛反発し、貿易圧力をかけてくるのは誰でも予想がつくことだった。それ以前に、台湾有事への軍事介入は国際法で集団的自衛権と認められない可能性が高いことを、元内閣法制局長官の宮崎礼壹氏はじめ複数の専門家が指摘していた。

 にもかかわらず、高市首相は、自分の支持者たちの反中感情に媚び自身の勇ましさを誇示するためだけに、「台湾有事は存立危機事態になりうる」という挑発を仕掛けたのである。

その結果、中国は予想通り、レアアースや医薬品などの輸出規制や渡航制限に踏みきり、日本の経済に大きな打撃を与えている。

軍事的にも全くの逆効果だった。高市応援団や右派は「高市首相の発言が中国に対する抑止力になる」などと言っていたが、発言のあった年末、中国軍は過去最大規模の台湾包囲軍事演習を実施した。

このとき、中国は軍事演習のコードネームを「海峡雷霆 2025 B」から中国共産党の機関紙が高市発言批判に使っていた「正義使命」に変更しており、軍事演習の規模拡大も高市発言が原因だったのは明らかだった。

 台湾だけではない。この発言を皮切りに中国は日本の領土問題への圧力も強め、100隻を超える艦船を東アジア海域に展開、尖閣諸島周辺に48日間連続で中国公船が侵入する状況となった。

 この経緯を見れば、高市氏が首相になってもなお、国民の生命や国益など一切顧みず、自分の支持者を満足させるような浅はかな行動をする政治家であることは明らかだろう。

 そして、おそらく高市首相はこれからも、勇ましいだけの国家主義的な言動や政治決断で、国民の平和や生命、生活の安定を脅かしていくだろう。そして、“過去の政治判断の過ちは過去のことだから反省する必要はない”というのが信条のこの政治家は、どんな悲惨な結果を生み出しても、一切反省などしないはずだ。

 私たちは本当にとんでもない政治家を総理大臣にしてしまったというしかない。

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