「『雪見だいふく』の魅力は圏論で説明できる」「人生に悩んだら圏論を活用してほしい」――そう語るのは、数学者の加藤文元さんです。圏論とは、1940年代前半に登場した数学の理論。
圏論を身近な生活に落とし込み、分かりやすく紹介してきたのが加藤さん。2025年10月に出版した著書『はじめての圏論 ブンゲン先生の現代数学入門』(ブルーバックス)では、お菓子や漫才を用いて圏論を説明し、数学に興味のない読者からも注目を集めました。
圏論とはどのようなものなのか。人生の悩みに効くのなら、いっそのこと投資にも生かせないのか。さまざまな学問を深掘りする本連載。今回は、圏論について加藤さんに聞きました。
M-1グランプリの漫才に「圏論」の思考があった
――圏論とは、どのような理論なのでしょうか。
加藤 日頃、私たちは“モノそのもの”に注目することが多いですが、圏論はモノ自体ではなく、モノとモノの“関係性”に着目する理論です。実際に圏論では、2つのモノに何らかの関係を見出すと、両者をつなぐ矢印を引きます。この作業を繰り返し、モノを取り巻くネットワークを整理していきます。
私たちは普段から、無意識のうちにモノとモノの関係性に着目しています。しかしそれを明示化することは少ない。
――私たちが普段から無意識に捉えている関係性。
加藤 はい。私たちは、日常の中で圏論的な思考を行っています。たとえば「雪見だいふく」という商品がありますよね。この商品をイメージする時、原材料や製造工程など“モノそのもの”について連想する人は少ないでしょう。
むしろ多くの人は、「大福の中にアイスクリームが入った食べ物」として頭に思い浮かべるはずです。そして原材料や製造工程よりも、このイメージを連想すると途端においしそうだと感じる。これは大福とアイスクリームという、既存の2つのモノに関係性を与えることでイメージを明確にしているのです。つまり、関係性を起点に雪見だいふくの魅力を捉えています。
――それが圏論的な思考だと。
加藤 もう1つ分かりやすい例を挙げましょう。
もなかと生八ツ橋は兄弟で、もみじ饅頭はいとこ、「モナ王」はもなかの子どもで、マカロンの先祖はもなかというもの。それぞれのお菓子がもなかに似ているからこの表現に至ったのでしょうが、モノとモノの関係を家系図のようにつないでいくのは、まさに圏論的です。
――ここで言う家系図が、圏論の矢印にあたるということですね。
加藤 そうですね。併せて圏論で重要なのは、モノとモノの関係だけでなく、“関係と関係の間の関係”にも着目することです。例を挙げるなら、「AとBの関係は、CとDの関係に似ている」などです。これはモノとモノの関係よりも、階層が一つ上の関係といえます。
先ほどのミルクボーイの漫才では、「マカロンの先祖がもなか」という表現がありました。和洋の異なるお菓子でありながら、2つの構造が似ているというものですが、同じ視点で見ると「クレープと手巻き寿司」も似ています。とすると「マカロンともなかの関係」は「クレープと手巻き寿司の関係」と似ている。
このように、関係性にはさまざまな階層があります。それらを多層的に見ていくのも圏論の特徴です。
なぜ圏論が「現代数学の最重要理論」なのか
――数学の理論というと、数式や証明などが思い浮かびますが、関係性に着目する圏論はまったく異なるものに感じます。なぜ圏論という理論が出てきたのでしょうか。
加藤 端的に言うならば、学問分野を横断する力が数学に必要だったからです。たとえばトポロジー(位相幾何学)という「形」に着目した学問があります。トポロジーの視点で見ると、ドーナツとコーヒーカップは同じ形とみなすことができます。
この場合のコーヒーカップは、穴のある持ち手が1つ付いた、一般的なものとしてください。なぜそれがドーナツと同じ形なのか、理由を簡単に説明すると、ドーナツをぐにゃぐにゃと変形させていけば、どこを切ることもなくコーヒーカップにできるためです。
一方、野球のボールを切らずに変形させてもコーヒーカップにはできません。穴がないためです。このように、ゆるい意味で同じ形を定義するのがトポロジーです。
ところで、穴の個数を数える手法としてホモロジーという概念があります。これはどちらかといえば代数的な考え方なのですが、ドーナツやコーヒーカップなどの形からそのホモロジーを計算する方法は、実はたくさんあります。たくさんあるのに、その答えはいつも同じになる。これは不思議なことです。
圏論は、形から穴の個数を計算するための「方法の間の関係」を定式化するために生まれました。このようなワンランク上の階層の関係を明示化するために、圏論は考えられたわけです。
――加藤先生の著書では、圏論を「現代数学の最重要理論」と表現しています。なぜこの理論が近年そこまで重視されているのですか。
加藤 これも同様に、先ほど触れた「圏論の分野横断性」が求められているからです。数学には代数学、代数幾何学、数論幾何学、微分幾何学など、さまざまな分野があります。現代数学はダイナミックになっており、代数学の課題を解くのに他分野の要素を用いるなど、学問分野を横断することが増えています。
学問分野を横断するには、2つに橋を架けるような言葉が必要です。
――加藤先生は圏論を数学にとどめず、お菓子などの身近な事象で説明しています。なぜ一般論に落とし込んだのですか。
加藤 圏論をお菓子でたとえたのは、おそらく私くらいだと思います(笑)。つねづね私は、圏論は数学の世界にとどめるにはもったいないプラットフォームだと感じていました。そう考えて日々を過ごすと、生活の至る所に圏論があると気づいたのです。それを紹介し、人々が圏論的な思考を持てば、さまざまな価値が生まれると考えました。
圏論は、投資を行う上での「知的な土台」になる
――圏論的な思考を持つことで、どのような価値が生まれると思いますか。
加藤 もしも人生に悩む人がいたら「圏論を学んでください」と助言します。なぜなら、圏論的な思考で自分のこれまでを振り返ると、きっと大切な気づきがあるからです。
たとえば「私はどんな人間だろうか」と悩んだとします。その時、自分そのものを見るより、自分がかつてどんな危機に遭い、そこでどう自分を変えることができたか、「危機」と「自分の変化」という2つの関係に着目すると、自分という人間を解像度高く理解できるかもしれません。
――東証マネ部!では、お金や資産運用の記事を中心に掲載しています。そこで聞いてみたいのですが、圏論は資産運用や投資にも役に立つ部分がありますか。
加藤 もちろん、圏論が投資の必勝法や資産運用のコツに直接つながることはありません。しかし、投資判断を冷静に行うための知的な土台にはなり得ると思います。
どんな世界にも、さまざまなモノとの関係性が存在します。投資でも、興味のある銘柄が出てきたら、他の銘柄との比較、さらには政治、世界情勢、天候、社会の動きなど、さまざまな要素との関連を調べる必要があります。
皆さんは無意識にこれらの関係を考えて「どの銘柄に投資するか」を決めているのではないでしょうか。ここに圏論的思考を入れて、冷静に関係性を整理すると、よりていねいに投資計画を立てられると思います。
また、この作業を繰り返すうちに、かつて投資したAの銘柄と、今回検討するBの銘柄で、関係性のネットワークが似ている場合が出てくるかもしれません。まさしく「もなかとマカロン」から「手巻き寿司とカリフォルニアロール」につながるようなケースです。すると、Aの投資経験をもとにBへの投資判断を考えることもできるでしょう。圏論による発見は、きっと投資をする上でも大切な気づきになるはずです。
(取材・文/有井太郎、撮影/森カズシゲ)
※記事の内容は2026年7月現在の情報です

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