イベントの打ち上げで初めて訪れた郊外の駅からすぐ近くの酒場。店の奥にはふすまで仕切られた先に想像できないほどの大広間が広がっていた。
東京、多摩地域の小平市を中心に、さまざまなイベント企画や情報発信をしている「のしてん、こだいら。」というユニットがある。先日あるきっかけで知り合わせてもらい、「のしてん、カフェ。」という、ゆるゆると酒を飲みながらZINEの販売をするようなイベントに声をかけてもらった。
内容は、一緒にYouTubeチャンネルをやっているコダマタイチさんとふたりでホスト役をし、遊びに来てくれた方と楽しくおしゃべりをしながら飲むだけ。おかげさまで満席となり、とても楽しい1日だった。
会場は、西武新宿線で小平のひとつとなりの花小金井駅近くに最近できた「ハナコベース」。建物を4つのブース+ひとつのシェアスペースに分け、1階を自由に店舗として活用しつつ2階に住むことができるという、かなりおもしろい物件だった。今回はできたばかりでまだ入居者はいないハナコベースのうちの1ブースを、テスト的に使用させてもらったという形らしい。
ところで主催者さんからは事前に「もし打ち上げも来られそうだったら、駅近くの『虎居』というお店を予約しますので、ぜひご参加ください」と連絡をいただいていた。「打ち上げ」ほど甘美な響きの言葉はない。むしろ僕は、打ち上げのために生きている。
イベント終了後、総勢10名ほどの関係者で虎居に向かう。店は駅からすぐの場所にある、老舗の風情漂う酒場だった。
からりと引き戸を開けると、カウンターとテーブル数席のオーソドックスな酒場空間。その先に、大きな座卓がふたつの小上がり座敷。珍しいのはその先で、ふすまで仕切られた奥に、外観からは想像できないほどの大広間がある。大きなテーブルが3つ並び、それに沿ってずらりと座ぶとんが並び、卓上にはすでに小皿やいくつかの料理が用意されている。まるでひなびた旅館の宴会場のような雰囲気で、ものすごくテンションが上がる。
虎居を切り盛りするのは女将の直子さんで、かつては銀座で同名の居酒屋をやっていたが、平成5(1993)年にここに移ってきたのだそう。ちなみに店名は、かつてのご主人がラガーマンだったため「トライ」から来ているという、まさかの由来だった。
壁にメニューは一切なく、カウンター上と専用のテーブルに、すべて手作りの大皿料理が並ぶおばんざいスタイルだ。その材料の多くは、女将さんが朝から地元の農家を回って仕入れる新鮮な地物野菜だというから、それだけでもうありがたい。
客はそのなかから気になった料理を選び、気分の酒を飲む。メニューがないとなると気になるのはお会計だが、そんな心配はしなくていいくらいリーズナブルな店なんだそう。
幸運だったのは、僕が初めて訪れたこのときが、宴会対応の、酒とつまみ全部込みのおまかせコースだったこと。最初に生ビールを人数ぶん出してもらって、その後は焼酎のボトルがどんと2本と割材一式が出てきて勝手にやるスタイル。あとはどんどん料理が届く。
はっきりと確認したわけではないけれど、たぶんほぼ全種の料理が出てきたんじゃないだろうか。さすがにこれでおしまいかな? と思うと、次から次にまだまだ出てくる。その内容が、あまりにも圧巻だったので、やって来た順に列挙してみよう。
・枝豆
・ゆでオクラ
・ゆでとうもろこし
・ポテトサラダ
・いなりずし
・マーブルチョコパン
・きゅうりとわかめとみょうがと春雨の酢のもの
・豚肉と玉子とこんにゃくの煮もの
・かつお刺し
・海老サラダ
・きゅうりの浅漬け
・メンチカツ
・冷やしトマト
・エシャレット
・ふかしじゃがいも
・明太子スパゲティ
・バナナ
しかもこれらが、ちょこちょこと上品にではなく、大皿でばんばん出てくる。まるで親戚の家で行われる宴会の過剰なもてなしで、参加者からはそのたびに歓声が上がる。これは楽しすぎる。
野菜はどれも新鮮だから、基本はシンプルに調理してあり、だからこそうまい。
序盤から不思議だったのが輪切りにされたマーブルチョコパンで、食べ時がわからない。メンチカツが届いたタイミングで「ここか!?」と思い、ソースたっぷりのそれと一緒に食べてみるも、合うというほどでもない。しかしながらそんな出来事こそが、宴会の途中だとたまらなく楽しい。もしかしたら、そういうエンタメ的な仕掛けのために、あえて仕込まれた一品なのかもしれない(いや、普通に好きな人はそのまま食べるんだろうけど)。
シメ付近に登場した明太子スパゲティも強く印象に残った。かなりの細麺で、具材はかいわれ大根とたっぷりの明太子。麺が歯切れよく、明太子の味わいがリッチで、しっかりめに利かせてあるにんにくの風味がまた良い。素材メインのシンプルな味つけでありながら絶品で、かなりのボリュームが一瞬で皿から消えてしまった。
なんだかもう、後半は夢のなかにいるような気分で、2時間くらいは飲んだだろうか。信じられないことに、これで支払いは、ひとり4,000円だった。
さすが地元を知る方が選び、予約してくれた店。あまりの名店っぷりに度肝を抜かれてしまったが、僕はひとりや少人数でひっそりと飲むのも大好き。次回はぜひ、入り口付近の酒場スペースで、女将さんにお話を伺いながら、そして数々の絶品料理のなかからなにを頼むか大いに迷いながら、この名店を堪能してみたい。
* * *
次回第56回は2026年9月17日(木)17時公開予定です。
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