※本稿は、神山典士『地方が溶ける』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■移住したくても住めない「東川町」
北海道上川郡東川町は、「街の住みここちランキング2025」(大東建託株式会社「賃貸未来研究所」)において、東京都中央区を抜き、2年連続で全国1位に選出されている。移住希望者が住宅用地を探しても、適した不動産を購入するのも賃借するのも難しいほどの高倍率だ。
なぜこのような町が成立したのか? 町民たちを支えているのは何なのか? 私はこの町の「魅力」を支える「裏側」を知るために、東川を訪れることになった。
最初に東川町を訪ねようと思った理由は、「地域おこし協力隊」だった。2009年に総務省の事業として始まり、約15年間が経過していまでは全国で約7200人が隊員として活躍しているこの制度。
都会から地方活性化の人材を地方都市に呼び込み、3年間は国の予算で自治体が採用できるという仕組みだ。人口減少や働き手不足に悩む全国の自治体にとって、国の予算で働き盛りの地方創生人材を確保できるこの仕組みは大歓迎のはずだ。
その採用データを見ると、東川町はここ10年間、全国の自治体の中でトップクラスの採用人数を誇っている。2023年度は76人、24年度は80人。
■役所の思い込みが田舎のチャンスを潰す
ところが、これらの積極採用自治体がある反面、採用に消極的な自治体も少なくない。私が二拠点生活(都市生活と田舎暮らし)を経験した埼玉県ときがわ町では採用は2名。隣町の越生(おごせ)町でも採用は3名だ。全国的に見ても、協力隊員の数は約7200名で、約1164の自治体の平均は6.1名ということになる。
ちなみに私はときがわ町と越生町で役場の担当者に「なぜ採用数を増やさないのか?」と聞いたことがある。すると両方の役場の担当者は共に、「採用しても、採用任期3年間が終わった後で隊員がこの町に定住してくれるとは限らないから」と答えた。
つまり両方の町の担当者は、「任期が終わった協力隊員はこの町に定住してなんらかの仕事を続けないといけない」と思っている。それができないのに採用人数を増やせないという論理だ。
けれどこの点を総務省OBの元担当者に確認すると、「そんなルールは決めていません。隊員たちにお願いしているのは、住民票を移すこと。
■協力隊員が着実に人口を増やしている
「公務員試験を受けもしないで国から3年間お金がもらえる」という嫉妬に近い感情が周囲から生まれて、いつのまにか「任期満了後の定住」が必須条件のようなイメージになってしまった。その思い込みが一人歩きして、協力隊採用を尻込みする自治体が多いのだ。東川町は、そんな思い込みに左右されていない。
協力隊員の任期終了後、すなわち4年目の動向を調べてみると、東川に定住しているのは4割弱しかいない。町の担当者に聞いても、「4年目の定住率はあまり気にしていない」と言う。とはいえ毎年80人近い協力隊員を採用し、その3年後には4割弱が定住するのだから、毎年約30人は人口増になっている。
それが10年続けば、単純計算で約300人の人口増だ。つまり人口8600人の町の3~4%が協力隊OB・OGの移住者ということになる。この数字は大きい。4年目の定住率にこだわって採用人数を増やさないことの無意味さが見えてくる。
ところが――。東川町に取材に来た当初の私がそんなことにこだわっていると、担当してくれた東川町役場企画部総務課企画財政室の柳澤奨一郎さんは、1通の資料をもってきてこう言った。「我が東川町が地域おこし協力隊員を80名雇っているのは事実です。でも注目してほしいのはその数よりも、それを支えている我が町の財政事情です」
■町の予算は「44億円→166億円」に
その資料には東川町の人口と「一般会計予算」の推移が書かれていた。東川町の人口は8600人。それに対して2024年(令和6年)度の一般会計予算は「166億円」とある。
その時私は、他の自治体の一般会計予算額を知らなかったからこの166億円の意味がわからなかった。けれど柳澤さんはこう言って胸を張った。
「一般会計予算額は自主財源であるその自治体の税収にプラスして、国からの交付金なども加わるので、人口規模や面積、自然条件、地理的条件などによって決まってきます。一般的に言って、東川の規模での標準財政規模は約47億円といわれています。実際に2003年(平成15年)度の予算額は約44億円でした。
ところが約20年後の2024年(令和6年)度にはそれが約166億円と3.8倍の規模になっている。
人口8600人規模の町で一般会計166億円という巨額の予算を確保している東川町。なぜこんな奇跡が実現しているのか、簡単にその町づくりの歩みを振り返ってみよう。東川町が、現在では日本国内のみならず世界的にも有名になった(香港では日本で一番有名な町の一つに東川があがるという)理由は、1985年に「写真の町宣言」を出したことが大きい。
■「伝統がないからこそ」という常識破り
当時は日本経済が好調で、バブル期に向かっていく最中。全国的には巨大イベントによる町おこしが盛んだった。けれど東川は「写真」という文化で地域のアイデンティティづくりをしようと考えた。これを企画したスタッフは、フランスの地方都市で行われていた写真展を参考に、「文化の歴史のない町が写真という文化に取り組んで、伝統のなさを利点にしよう」と考えたという。
その提案を受けた時の町長は、「町民の一体感を醸成したい」という意図で、この取り組みに乗った。大雪山国立公園に抱かれた、写真映りのいい町であることを町のアイデンティティにしようとしたのだ。
当初から世界に門戸を開き、プロフェッショナルなフォトグラファーの作品に「東川賞」をはじめとする5つの賞を定め、篠山紀信、荒木経惟、橋口譲二といった有名フォトグラファーたちを選定していった。転機になったのは、第10回に全国の高校生を対象にした「写真甲子園」を併設したことだった。
それまでは、どんなに有名な写真家が町にやってきても、町民たちは及び腰だった。
■前例も予算もない、限界寸前の町の大改革
高校生たちも夏の数日間東川町民のお世話になれば、卒業して大学生になったら今度は「ボランティアスタッフ」として町に戻ってきてくれる。若者を受け入れれば町は活気づく。そのまま写真の世界に進もうと考える若者は、移住地として東川を選ぶケースも増えてくる。
同時にメディアからの取材も増えた。東川の町名と「写真甲子園」の取り組みは全国に響き渡り、「新聞で見たよ、テレビでも映っていたよ」と話題になる。町外や道外の親戚や知人からそんな声を聞くことで、町民たちも「写真の町活動」を、「おらが町の誇り」と認識するようになっていったのだ。
ところが、1999年(平成11年)ごろのこと。写真の町活動とは別に、東川では町を二分しての大論争が沸き起こった。それは、時の政府が主導した「平成の大合併」を巡る論争だった。近隣の市町村と合併するべきか否か? 全国どの自治体でもこの論争は沸き上がったが、東川でも町長選挙を挟んで、賛成派と反対派が互いの意見を激しく主張したのだ。
その時東川町民は、「合併せず、自立路線」を主張して町長選挙に出馬した元役場職員の松岡市郎を町長に選ぶ。松岡は2003年に当選して町長になると、「合併せず自立を選んだ以上、何もしなければ町はつぶれる。町が自立存続していくためには『前例がない』『予算がない』と言い訳して仕事をしていてはダメだ。町にプラスになることであれば、それをどうしたらできるかを考えろ」と職員を鼓舞して、積極財政路線を敷いた。
■「自立路線」の町長が役場を変えた
そうしなければこの町は生き残っていけないと訴えたのだ。この時期に松岡は、財政だけでなく人材育成にも積極的だった。
たとえば、係長クラスの職員を民間コンサルタント会社などに出向させる仕組みもつくった。写真の町活動やその他の町づくり政策を遂行するにあたり、プロモーション活動一つとってもまだまだ不十分。マーケティングというものの本質を現場で学んでこい、という指示だった。役場職員の出張旅費規程も改革した。
それまでは「一業務一人」「北海道外出張は課長以上」という規程があったが、これを改めて職員の出張をしやすくした。若手からベテランまで職員全員が業務を通していろいろな人と出会い、仕事を経験し、人脈を広げるようにという指示だった。
町長自らも積極的に霞が関の各省庁を訪ね、東川で考えている政策に対する国の補助金や助成金、起債などの制度を学び、積極的に財政規模を拡大しようとした。特別交付税の獲得に繋がり、一般会計予算の増加にも繋がっていく。
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神山 典士(こうやま・のりお)
ノンフィクション作家
1960年埼玉県入間市生まれ。埼玉県立川越高校を経て、信州大学人文学部心理学科卒業。『ライオンの夢 コンデ・コマ=前田光世伝』(小学館)で第3回21世紀国際ノンフィクション大賞(現・小学館ノンフィクション大賞)優秀賞を受賞し、1997年デビュー。『ピアノはともだち 奇跡のピアニスト 辻井伸行の秘密』(講談社)は、2012年度青少年読書感想文全国コンクール課題図書に選定される。佐村河内守事件報道で第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第21回編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞大賞受賞。「異文化」「表現者」「アウトロー」「地方創生」をテーマに作品を描き続ける。著書に『トカイナカに生きる』(文春新書)、『「我がまち」からの地方創生 分散型社会の生き方改革』(石破茂氏と共著、平凡社新書)など多数。北斎サミットジャパン代表。ふるさと大好き全国作文協議会事務局長。
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(ノンフィクション作家 神山 典士)

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