シーズン24まで続く人気ドラマ「相棒」(テレビ朝日系)は、他の刑事ドラマと何が違うのか。社会学者の太田省一さんは「紅茶や落語、クラシック音楽など、幅広い趣味を持つ主人公・杉下右京には、『税金の無駄遣いだ』と毛嫌いしているものがある」という――。

※本稿は、太田省一『「相棒」大全 25周年を迎えた傑作刑事ドラマ大研究』(星海社新書)の一部を再編集したものです。
■ポットを高く掲げて紅茶を注ぐ杉下右京
右京の浮世離れ具合は、趣味の多彩さにも表れている。どの趣味をとっても仕事と同様にとことん突き詰めるタイプ。それゆえ周囲がついていけず、しばしば呆れられる。
時にはその知識が真犯人を突き止めるのに役立つこともあるが、あくまで趣味は趣味なのでそれ自体は実益にまったく結びつかない。
まず、紅茶への偏愛は有名だろう。いつも着ている3つボタンのスーツもそうだが、右京の英国趣味のひとつだ。初期にはコーヒーを飲んでいることもあったが、いまでは紅茶一筋。
ティーポットを高く掲げて紅茶を注ぐアクロバティックなスタイルは、もはやトレードマークである。むろん茶葉のことにも精通している。紅茶の専門店にもよく足を運んでいるようだ。
そこで出会った人物が事件に関わっているということもある。
ただどんな相手であったとしても、紅茶への蘊蓄を傾け合うことは無上の喜びのようだ。
■落語、チェスからクラシック音楽まで
落語も詳しい。寄席にも足を運ぶ。シーズン1第3話「秘密の元アイドル妻」では、知り合いの落語家(小宮孝泰)を巻き込んだ事件が起こるという流れだった。
鑑識の米沢(六角精児)も同じく大の落語好き。勤務中でも古今亭志ん生の素晴らしさをともに語り合ったり、落語のCD(テープ)を貸し借りしたりする趣味仲間だ。
チェスもある。職場であるはずの特命係の部屋にはおしゃれなデザインの駒とチェス盤が常に置いてあって、誰かと対戦していたりする。シーズン14第5話「2045」では、最先端の人工知能とも対戦した。
神戸尊とは盤を介さず棋譜を暗記して脳内対局をしたことも(シーズン8第8話)。対局の棋譜が事件解決のヒントになったこともある(劇場版第1作)。
ほかにもクラシック音楽(ピアノを弾けたりもする)や絵画など芸術鑑賞、そして読書など、とにかく興味の幅が広い。

■ただただ知的好奇心のみで生きる男
実際、刑事ドラマにおいて、事件絡みでこれほど絵画や画家の話が頻繁に登場する作品も珍しいだろう。読書に関しては、小説家などが事件関係者だったりすると、たいていその作品も読破済みで滔々と魅力を語ったりする。
またシェイクスピアのセリフを即興で諳んじる場面も(シーズン19第6話)。さらに科学者が書いた専門的な論文までも読んでいる。さすがに論文については捜査関連の場合が多いが、そういうことはその筋の専門家に聞くのが普通だろう。
それを自分で調べ、なおかつ読んでしまうところが変わっている。さらには辞書を愛読書にしているらしい(シーズン17第3話)。博覧強記なのもさもありなんといったところである。
隣の部屋の薬物銃器対策課課長・角田六郎(山西惇)が「暇か?」と言いながらコーヒーを貰いに特命係の部屋に入ってくるのが「相棒」の名物だが、その言葉を借りれば、捜査しているとき以外は右京にとってすべての時間が“余暇”なのかもしれない。
朝食はご飯派かパン派か? どんな間取りの家に住んでいるのか? ごく私的な友人関係などはどうなっているのか? といった普通の生活部分についてはまったく見えない。
ただただ森羅万象への知的好奇心のみで生きている。それが私たちの目に映る杉下右京だ。

■なぜ右京は幽霊を信じるのか
興味深いのは、そんな右京が幽霊の存在を固く信じていることだ。一般的な趣味とは同列に並べられないかもしれないが、なにかのきっかけで幽霊の話になると突然テンションが上がり、饒舌になる。
ただほかの趣味と違うのは、好きなときに見たり聞いたり味わったりできないことだ。幽霊の存在を信じていながら、実は自分では一度も幽霊を見たことがない。
見たというひとがいると、身を乗り出して興味津々で質問攻めにする。こと幽霊に関しては、ワクワクを隠せないようだ。
シーズン11第10話「猛き祈り」。休日にキノコ狩りに出かけた甲斐享が何者かに暴行され、瀕死の重傷を負う。そして事件解決後、まだ入院している享のもとにひとりの老人(前田昌明)が訪ねてきて笑顔で話しかける。
実は彼は事件の関係者なのだが、すでに亡くなっている。つまり、幽霊だったのだ。その話を聞くと右京はいきなり周囲の人間に「あなた、(幽霊を)ご覧になったことは?」と興奮気味に尋ね、「実は僕もいまだかつて見たことがないんですよー」と大げさに残念がる。

■右京とコナン・ドイルとの共通点
銀縁のメガネで、英国紳士流のかっちりしたスーツ姿、そしてほとんど表情を崩さない普段の右京は、物事を万事合理的に判断し、対処するタイプの人間に見える。
だが必ずしもそうではなく、合理性だけでは推し量れないものへの強い好奇心を抱いているのがこの場面からもわかる。
そこには、シャーロック・ホームズシリーズの生みの親である作家コナン・ドイルを想起させる面もある。
名探偵シャーロック・ホームズが誕生したのは、19世紀末のイギリス。つまり、世紀末のことだった。当時ヨーロッパでは後にシュペングラーの著書名にもなった「西洋の没落」への危惧が真剣に議論され、退廃気分が世を覆っていた。
犯罪史上でも有名な、次々と女性を襲う「切り裂きジャック」による連続殺人事件が起こってロンドン市民を震撼させたのもこの頃である。
ドイルは小説家であるだけでなく、心霊研究家でもあった。降霊術などさまざまな心霊現象を熱心に研究していた。個人の嗜好もむろんあっただろうが、そこにはいま述べた世紀末的空気感の影響もあったはずだ。
実際、当時心霊現象に興味を抱く人たちのサークルは数多く存在した。
■右京は推理小説を書いたことがある
右京の幽霊への強い関心という設定も、もしかするとこのドイルとその時代のエピソードにヒントを得たものかもしれない。

ドイルに倣ったのかどうかはわからないが、右京は推理小説を書いたこともある。タイトルは「亡霊たちの咆哮」。シーズン4第8話「監禁」のなかに登場する。内容は、第二次世界大戦の敗戦直前に旧日本軍の秘密結社が隠したとされる金塊をめぐるミステリー。
驚くべきは、これを中学生のときに書いたことだ。大学の同人誌にも掲載され、早熟の天才として一部で話題を呼んだ。
画面でチラっと冒頭のところが映されていたが、とても中学生が書く文章とは思えない大人びたもので、後の右京を彷彿とさせる(この小説が掲載された同人誌は、シーズン24第11話に再び登場する)。
ちなみにこの回は、「都民ジャーナル」という雑誌で右京が警視庁の「和製シャーロック・ホームズ」として紹介されたところから始まる。
■右京が幽霊を信じる本当の理由
だが、右京には右京ならではの幽霊に関心を抱く理由もあるだろう。
思うに杉下右京という人物は、人間の思いが持つ力というものを人一倍信じているのではあるまいか。確かに皮肉屋でとっつきにくい。浮世離れもしている。
しかしこころの奥底では、人間の抱く感情や情念というものの持つ力を尊重している。
それは情にもろいということではなく、強い思いはそれを必要とする誰かに必ず届くということである。そう信じる気持ちが、どこかで幽霊の存在を信じることにつながっているように思える。
実は、先述の「猛き祈り」の老人は弱い立場に置かれている人びとに年齢や性別を問わず手を差し伸べ、共同生活を送っていた。
だが世界には戦禍や災害(老人の部屋の新聞記事にはボランティアで薫がいる「サルウィン」の災害の記事もある)がずっと絶えないことを憂い、即身仏になることを決意したのだった。
そしてその老人は享のもとに幽霊として現れ、「申し訳ありませんでしたねえ」と共同生活者たちが引き起こした享への暴力行為を謝罪する。肉体は滅んでも思いは残る。
■「税金の無駄遣いです」右京は銃を嫌う
そう考えると、右京が拳銃を嫌悪することにも合点がいく。「相棒」には警察が犯人を狙撃するシーンも何度かあるが、右京がそこに加わることはない。
シーズン2第4話「消える銃弾」は、右京の拳銃観が明らかになる回だ。雑誌記者が銃で撃たれ、殺される事件が起こる。だが傷跡から見て体内に残っているはずの銃弾が見つからない。
そこで右京はかねての知り合いで改造銃に精通した笘篠(下條アトム)という男に話を聞きに行く。
この回は、警視庁内の訓練場で薫が射撃訓練をしている場面から始まる。見事な腕前だ。元々は捜査一課にいただけはある。この時点では、あわよくば捜査一課に戻りたいという気持ちもあるので訓練に怠りない。
薫が「右京さんはやらないんですか?」と聞く。すると右京(射撃訓練場に紅茶を入れたガラスポットとティーカップを持ってきている)は言下にこう答える。
「銃は嫌いです。銃を使えば血が流れるし、相手に致命傷を与えます。警察もいつまでこんな野蛮で旧式な武器を使っているんでしょうねえ。弾もタダではありません。税金の無駄遣いです」。
■「太陽にほえろ!」銃に弾を込めなかった刑事
実は右京が笘篠を知っていたのは、彼に「致命傷を与えず血も流さないスタンガンのようにショックを与えるだけの安全で安心な銃」ができないか相談したことがあったからだ。そこまでやろうとしたことに、右京の銃に対する嫌悪感の根深さが伝わってくる。
「相棒」に限らず、刑事ドラマには銃をモチーフにした回が必ずある。そしてそこには、「刑事とはなにか」という本質的な問いを含んでいることも珍しくない。
「太陽にほえろ!」のゴリさんこと石塚誠(竜雷太)は、警視庁でも指折りの銃の名手。だが、携行している銃に弾を込めていない。銃には殺傷能力があり、意図しなくても誰かの命を奪ってしまう可能性がある。
それはゴリさんにとって許されないことだ。だから弾を込めない。このあたりは、右京の考えかたにも近い。
■古畑任三郎も銃を持たなかった
「古畑任三郎」シリーズ(フジテレビ系、1994年放送開始)の古畑任三郎(田村正和)は、もっと徹底している。ドラマ自体が純粋な推理劇だからということもあるが、古畑も銃を撃つことはないし、そもそも銃を持っていない。
そこには、古畑なりの確たる理由がある。
第1シーズン最終話で、古畑は上司の小暮(菅原文太)に「人を裁く権利は我々にはありません。我々の仕事はただ事実を導き出すだけです」と毅然とした態度で語る。実は小暮は、自分の孫娘を殺した男を銃で殺していた。
最後、古畑の推理によってアリバイを崩された小暮は、「納得がいったよ。君に拳銃は必要ない」と言う。その言葉に古畑は、「警視、最高の褒め言葉です」と喜びをあらわにする。
銃を使わないという信念において、古畑と右京はいわば同志だ。もちろんその前提には銃にも劣らない武器になる秀でた推理力の持ち主だということがある。しかし、推理力があったとしても、銃を持ち、撃つことを選択することもできる。
その点、銃を拒絶する2人が掛け値なしの理想主義者であることに変わりはない。たとえ相手が犯罪者であったとしても、人を動かすのは言葉であり、その裏側にある強い思いなのだ。

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太田 省一(おおた・しょういち)

社会学者

1960年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビと戦後日本、お笑い、アイドルなど、メディアと社会・文化の関係をテーマに執筆活動を展開。著書に『社会は笑う』『ニッポン男性アイドル史』(以上、青弓社ライブラリー)、『紅白歌合戦と日本人』(筑摩選書)、『SMAPと平成ニッポン』(光文社新書)、『芸人最強社会ニッポン』(朝日新書)、『攻めてるテレ東、愛されるテレ東』(東京大学出版会)、『すべてはタモリ、たけし、さんまから始まった』(ちくま新書)、『21世紀 テレ東番組 ベスト100』(星海社新書)などがある。

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(社会学者 太田 省一)
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