サッカー日本代表を率いる森保一監督は、今回のW杯での優勝を目標にしている。スポーツライターの小宮良之さんは「昨年、ブラジルに対し金星を挙げたことは評価すべきことだが、優勝への道のりはいまだ遠い」という――。
(第1回)
※本稿は、小宮良之『最高の景色』(リベラル新書)の一部を再編集したものです。
■森保ジャパンはあくまで「アジア無敵」
今の日本はW杯で必勝と言える実績も実力もない。無敵なのは、あくまでアジアレベルで、もしくはテストマッチでの話である。
にもかかわらず、森保ジャパンはW杯優勝も夢ではない、という空気が作られつつある。その源泉を辿っていくと、2025年10月、森保ジャパンがブラジルを打ち負かしたことに行き当たる。
森保ジャパンは一つの快挙をやってのけた。歴史上、一度も勝てなかったブラジル代表を、0―2から3―2と派手な逆転劇で打ち負かしたのである。
W杯優勝もブラフではない、と戦勝気分が渦を巻いた。
試合終了直後、ブラジル代表監督カルロ・アンチェロッティは日本ベンチを一瞥もせず、一目散にロッカールームへ戻っていった。
日本ベンチからは選手たちが全員飛び出し、祝祭のように喜び合っていた。
スタジアム全体が数万のファン・サポーターの熱気に包まれ、その場にいられる喜びをかみしめているようだった。歓喜に沸く1勝だったのは間違いない。

前半、日本は子ども扱いされて0―2とリードされていたが、後半は別のチームになった。
■ブラジル相手に逆転できたワケ
「ハーフタイムで戦術を変えました。後半は僕が使った言葉で言えば“殴りに行った”感じで。その結果で逆転できたので、サッカーって本当にわからないと思いました」
ブラジル戦、右ウィングバックでプレーした堂安律(フランクフルト)は、そう言って胸を張った。戦いの転換こそ、逆転劇が起きた理由だ。
後半、日本は立ち上がりからプレスの強度を上げ、しつこく相手をつかまえた。前へ、前へという姿勢を出し、ボールに食らいついて、直線的にゴールへ迫った。
これを嫌がったブラジルの選手たちがボールを前に運べなくなり、面倒くさがるように、臆したように後ろへ下げたときだ。経験の浅いセンターバックがプレスに慌て、コースを切っていた南野拓実(モナコ)に奪い返され、そのまま蹴り込まれてしまった。
中盤に君臨した鎌田大地(クリスタル・パレス)は、逆転劇の核心を突くように語った。
「ゼロから崩したわけではなく、ボールを奪ってのカウンターで得点できた形でした。良い守備をしないと、良い攻撃はできない。
後半は守備がよくなったから攻撃もつながっていました」
前からの守備が攻撃につながった。森保ジャパンは、ダウンから立ち上がったブラジルを激しく殴り続けた。
■「点取り屋不在」を解消する上田綺世の勢い
名将アンチェロッティが、「我々ブラジルはミスが影響し、バランスを崩した。戦う姿勢を失い、そこからリアクションできなかった。チームがコントロールを失っていた」と怒りと憔悴が混ざった声で語るほど、ブラジル陣営は失点にショックを覚え、混乱を持て余していた。
中盤から前も守備が後手に回って、簡単にパスを通される。2失点目もクロスへの寄せが幼稚なほど甘く、逆サイドは完全にフリーだった。大外の中村敬斗(スタッド・ランス)に右足ボレーを叩き込まれたのは必然だ。
日本はさらにギアを上げ、1トップの上田綺世(フェイエノールト)が空中戦で何度も勝利できるようになった。
“地上戦”で短いパスをつなげるだけでなく、ロングパスをシュートに持ち込めるため、大いに脅威になっていた。
押し込んだ展開で奪ったCK、上田はニアに入って豪快なヘディングを叩き込んだ。
上田はオランダでストライカーとしての地力を着実に高めている。
ブラジル戦の4日前のパラグアイ戦も、出場時間たった数分でヘディングによる同点弾を記録した。
堂々としたプレーぶりでボールを収め、攻撃に厚みを与えていたし、長らく日本サッカーの課題だった「点取り屋不在」を解消する勢いだ。
■日本にとって不都合な真実
試合終盤、日本はブラジルの反撃に遭うも守り切った。左センターバックに入った鈴木淳之介(コペンハーゲン)が堅実な守りで健闘。チーム内の評価はうなぎのぼりだ。
シャドーで攻撃をけん引した久保建英(レアル・ソシエダ)も、「パラグアイ戦の佐野海舟選手(マインツ)もすごかったですけど、今日は鈴木選手がボールを奪うたび、歓声が上がっていましたね。みんなも(才能に)気づいたと思うし、これからが楽しみな存在です」と絶賛していた。
チーム力が充実し、日替わりでヒーローが出るようになった。
万事、うまくいった歴史的勝利に映ったし、後半の戦いは道標の1つになるだろう。選手たちの反発力は、本大会に向けても頼みの綱になるはずだ。
しかし、サッカーは同じことが2度は起きない。この日のブラジル戦のような試合はW杯では繰り返されない。
同じメンバーが揃うこともなく、たとえ揃っても同じ戦いはできず、前半のままだったら大敗もあったはずだ。
そして、金星の日本には不都合な真実だが、かつて「王国」と畏怖された権威は今のブラジルにない。
■あくまで興業試合
W杯南米予選は緊急事態で、アンチェロッティ監督が引き継いでどうにか出場権を得たが調子は上がらず、予選5位で勝ち上がったに過ぎない。
百歩譲って、世界王者アルゼンチンに2連敗は仕方ないとしても、ウルグアイに1分け1敗、予選敗退のベネズエラに2分けと勝ち星がなかった。
アウェーの戦績はひどく、コロンビア、パラグアイ、ボリビアにまで負けているのだ。
日本は金星を挙げたが、実状は騒ぐほどのことではない。少なくとも、これで「W杯優勝」と煽るのは、おかしな勘違いを引き起こす。
しかも今回のブラジルはあくまで興行、韓国を大差で下してから来日し、半ば観光気分で心身ともに万全からは程遠かった。
取材現場にいたが、起こるべくして起こったサプライズにも見えた。
前半、ブラジルは完全に日本を凌駕し、いつでも加点できる状況だった。前半の終盤には、格下の日本をいなすようにボールを保持していた。
歯ごたえのなさに、「興行はこれでおしまい」とプレーのスイッチを半ば切ったようだった。
韓国を0―5と粉砕していたこともあり、「アジアはこの程度」と侮ったのだろう。
■力があるのは間違いないが…
そこで後半、ブラジルは日本の反撃に面食らった。前半の展開を考えれば、“そんなはずはない”という戸惑いが強かったのかもしれない。
動揺の中で流れを失い、ミスから失点し、混乱が広がった。さらに失点を浴び、スイッチを入れ直したが、再起動できない。
逆転された後、前線の選手は仕掛けるが、チーム全体の意思統一がなく、総攻撃の形にはならなかった。
大昔の日本だったら、ここからでも逆転されていただけに、“力がついた”のは間違いない。しかし、あくまで過去の日本と比べた話である。
2025年9月、10月シリーズ、森保ジャパンはメキシコ、アメリカ、パラグアイと1度も勝てなかった。
メキシコ戦はがっぷり四つともいえる引き分けだが、持ち味の「手数をかけた攻撃」は出せていない。アメリカ戦は内容的にも完敗で、目を覆うような戦術的不具合を起こしていた。
パラグアイには要所で後手に回って、終盤の上田の得点で帳尻を合わせたドローだ。

ブラジル戦の逆転勝利に水を差すわけではないが、勝って兜の緒を締めるべきだろう。
サッカーはかみ合わせや心理面で、流れが大きく変わる。典型的な現象の1つが起こったに過ぎない。
■ブラジルを抜いたわけではない
「世界最強ブラジルに勝った!」
それは幻想である。
2022年6月、日本はブラジルに0―1で敗れている。最後はブラジルが流した格好だったが、得点を奪えていない。
個人的な感覚で言えば、この試合こそ現実味があった。
ブラジルがフルメンバーに近かったのはあるが、ボールを扱う、駆け引きをする、というところで日本を上回っていた。
1度は日本の選手に出し抜かれても、すぐに適応。たとえば後半に投入された三笘薫(ブライトン)に対し、エデル・ミリトンは最初、やや後手に回っていたが、すぐに間合いの設定を変え、そこからは完封した。
「僕の1本目の仕掛けで、ミリトンは立ち位置や体の向きとかを変えて、2本目からの対応力を感じました。そこはプレーを切り替えられるようにならないと……」
三笘は苦々しげに振り返っていたが、適応力で差があった。
もちろん、三笘は4年前から成長を示している。そこからブラジルとの距離は縮まったが、抜いたわけでもない。
日本サッカーの進化を論じるとき、常に過去の自分ではなく、世界の現状と比較する必要があるのだ。

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小宮 良之(こみや・よしゆき)

スポーツライター

大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。パリ五輪ではバレーボールを中心に現地取材。

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(スポーツライター 小宮 良之)
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