高市首相の「存立危機事態発言」をきっかけに、日中関係は急速に冷え込んだ。一方、世界では西側先進国の首脳が次々と訪中し、対中関係の修復に動いている。
拓殖大学海外事情研究所教授でジャーナリストの富坂聰さんは「カナダは8年ぶり、イギリスは7年ぶりに首相が訪中した。フランスもドイツも対中関係を修復している。高市首相の『台湾発言』は世界の流れに完全に逆行しており、日本だけが孤立する代償は計り知れない」という――。(第2回)
※本稿は、富坂聰『おそるべき「中国一強」時代』(小学館新書)の一部を再編集したものです。
■実態を捉えていない日本の「中国イメージ」
日本の政治家やメディアが煽り続けた結果、中国といえば「軍拡に熱心で力による現状変更を目論む国」であり、「人権侵害と少数民族弾圧が繰り返されているにもかかわらず、それを言論統制と警察力で抑え込んでいる国」で、「経済もボロボロ」「若者の失業問題が深刻」「たくさんの人が日本に逃げてきている国」とのイメージを定着させてしまった。
だが、その一つ一つは、検証に堪えうるものなのだろうか。
例えば、「力による現状変更」という表現だ。多用されるのは台湾問題と南シナ海問題だが、記事を書いた記者は、いまだ内戦の過程にある台湾のいつの時点を「現状」と考え、何を「変更」と考えているのだろうか。
南シナ海問題でも、中国(中華民国時代を含む)がこの海域の領有を宣言したのは戦後間もなくのことで、そのころにはフィリピンもマレーシアもベトナムもまだ国として存在していなかった。当然、領有の宣言もできなかったのだが、その場合の「現状」をどう考え、何を「変更」したと解釈しているのか。
中国は「経済もボロボロ」という切り捨て方も同じだ。その「ボロボロの国」も5%の経済成長をしている。
そう書けば、日本人の多くは「中国は統計データを改竄している」と反論するが、IMF(国際通貨基金)も世界銀行も似たような数字を導き出している。
■「反中」を先導したトランプ大統領の翻意
また中国は、新型コロナ禍と米大統領選挙の影響で、アメリカを筆頭とした西側先進国からの批判の的になった。だがその流れも、新型コロナ禍が明けて、ようやく終わろうとしており、現在はその「変化」の途上にある。しかも、世界の「反中」の流れを牽引してきたトランプ大統領自身の手によって、それが大きく修正されようとしているのだ。
世界は当然、それを無視できなくなっている。今の中国との新たな経済協力の可能性を求めて、グローバル・サウス各国から新興国、西側先進国に至るまで政府首脳・経済人が日参し始めているのは、偶然ではない。
例えば、オーストラリアは、それまで「反中」姿勢を続けていたスコット・モリソン首相が退任。2022年に就任したアンソニー・アルバニージー首相が中国との関係修復に動き、2025年には、2回目の訪中も果たしている。
またカナダも、ジャスティン・トルドー前政権時代には中国との対立を深めていたが、2025年にマーク・カーニー首相が就任すると、方針を転換。2026年1月14日には、カナダ首相としては8年ぶりの訪中を果たし、カナダが中国製EVに課していた100%の関税は、年間4万9000台の輸入枠を設けた上で6.1%にまで引き下げられた。
■訪中ラッシュに逆行する日本
さらに、カーニー首相に続いて1月28日から北京を訪れたのは、イギリスのキア・スターマー首相だ。同国のビジネスリーダーら60人を引き連れての訪中だった。

興味深いのは、オーストラリア、カナダ、イギリスがともに7~8年という長い歳月を隔てて再び訪中に踏み切ったことである。このブランクが意味しているのは、西側先進国がようやく新型コロナ禍で悪化した対中外交を正常な軌道に戻そうと動きだしたことだ。
2025年暮れから2026年にかけては、フランスのエマニュエル・マクロン大統領やドイツのフリードリヒ・メルツ首相も訪中している。彼ら首脳にそうした決断をさせたのは「トランプ2.0」であることは間違いないが、それだけではない。
中国と対立することのデメリットを、彼ら自身が時間をかけて学んだ点も見逃せないからだ。そのことは、いずれも自国の経済人を大勢引き連れて訪中したことからも見て取れる。
そういった流れに逆らうかのように、中国についての否定的な情報やマイナスイメージばかりをクローズアップして、中国とさらに距離を置こうとしているのが日本なのである。
■着々と整う中国の外交環境
一方の中国は、米中対立の裏で、アメリカ以外の国との関係改善を進め、着々と外交環境を整えてきた。その象徴的な成果が、インドとの和解だ。
2025年8月31日、習近平国家主席はインドのナレンドラ・モディ首相と5年ぶりに会談した。中国天津市で開催された安全保障の枠組みである上海協力機構(SCO/加盟国は10カ国。ロシア、中国、キルギス、カザフスタン、タジキスタン、ウズベキスタン、インド、パキスタン、イラン、ベラルーシ)首脳会議でのことだ。

中国とインドの関係改善は、両大国が属するBRICSやSCOの存在感を国際社会の中で高めることに大きく寄与するだけでなく、メンバー国同士の紛争や対立を「話し合いで解決できる」ことを証明する良い機会にもなった。
BRICS加盟国は現在11カ国で、人口の総和は世界全体の49%にも達する。GDP(国内総生産)の合計も世界の3分の1を上回る規模で、今後もさらに成長が期待されている。加盟国の他に準加盟国としての「パートナー国」があり、タイやマレーシア、ベトナムなど10か国が参加し、さらに多くの国が関心を寄せている。このままゆけばBRICSが、世界の人口のわずか10%にも満たない「G7」(先進7か国)を凌駕する影響力を持つ日が来ても、不思議ではない。
その中でもインドは、中国と価値観の異なる西側先進国にとって中国の台頭を封じ込めるために大きなカギを握る存在と期待されてきた。
■夢にも思わなかった中国とインドの接近
例えば、日本が提唱してトランプ大統領が興味を示し、バイデン政権にも引き継がれた「自由で開かれたインド太平洋構想(FOIP)」は、今も日本の外交方針の大きな軸となっている。
インドは、2020年に中印両軍が国境で激突したことをきっかけに「中国の不俱戴天の敵」と呼ばれるほど中国との対立を悪化させてきた。事実、中印は両国を結ぶ直行便さえなくしてしまったのだ。
2022年には、「中国包囲網」の枠組みとも呼ばれた日米豪印4カ国の「クアッド(QUAD)」のメンバーとしてモディ首相が東京での首脳会議にも出席。BRICSやSCOで習近平主席と同じテーブルに着いても、決して両首脳が会談することはなかった。
ところが、そのインドも2024年の総選挙前後に、にわかに中国へ秋波を送り始める。
注目されたのは、米誌「Newsweek」(同年4月10日付)のモディ首相インタビューだ(Exclusive Interview: Narendra Modi and the Unstoppable Rise of India)。
記事の中でモディ首相は、〈インドにとって、中国との関係は重要かつ必須だ。(中略)私は、外交・軍事レベルでの積極的かつ建設的な2国間の関与を通じて、両国の国境の平和と平穏を回復し、維持できることを期待し、信じている〉と語り、世界を驚かせた。
インドのこの発言に中国も素早く反応。両国は歩み寄り、最終的に5年の時を経て再び握手を交わしたのである。
実はこの両者の動きの裏にも、前述したオーストラリア、カナダ、イギリスなどと同じく、中国と対立することのデメリットについての「学び」が存在している。中国封じ込めを狙いインドに期待していた日米にとっては、ダメージの大きい中印接近だった。
■「法の支配」を無視するアメリカ
日本にとってさらに頭が痛い問題は、トランプ政権が戦後の国際秩序を公然と無視し始めたことだ。
日本がアメリカとの紐帯を強調し、中国を排除するためにしばしば用いてきたのは、「法の支配」という言葉だった。ところが、周知のようにトランプ2.0では、ベネズエラに軍事作戦を発動して大統領夫妻を拉致し、グリーンランドの領有のために武力を使う可能性を示唆。カナダを「51番目の州」と呼んで一国の首相を知事と侮辱する言動をしたかと思えば、イランの政権転覆のために圧倒的な戦力を投じて武力攻撃を繰り返している。
そんなアメリカ政府・軍の横暴ぶりを目の当たりにするに至り、中国を「法の支配」で批判する根拠も失ってしまったように見える。

決定打となったのは、トランプ大統領自身による国際法の真っ向否定発言だ。衝撃のインタビューは米紙「ニューヨーク・タイムズ」(Trump Lays Out a Vision of Power Restrained Only by ʻMy Own Moralityʼ)に掲載された(2026年1月8日付)。
「自分の行動を抑制できるのは?」と問われた大統領は「私自身の道徳観。私自身の心。私を止めることができるのはそれだけだ」と断じたのだ。
アメリカは、こんな大統領の下で軍事行動を起こしているのだ。
■高市首相の“台湾発言”は最悪のタイミング
これはトランプ氏個人の問題で、一部の共和党の誤った考え方であり、いずれアメリカは軌道修正し、以前の姿を取り戻すだろう─―そんな希望的見通しももはや通用しない。
米誌「THE HILL」(2026年1月20日付)によれば、ダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)においてベルギーのバルト・デウェーフェル首相は〈これまで私たちはホワイトハウスの新大統領をなだめるよう努めてきた。(中略)しかし多くのレッドラインを踏み越えられ、いま自尊心を守るかどうかの選択を迫られている。(中略)いま引き下がれば、尊厳を失うことになるだろう〉と語った。
当初、トランプ大統領に対して「寛大である道」を歩んできたEUやファイブ・アイズ(アメリカを中心に情報共有する英語圏5カ国)も、今でははっきりと別の選択肢を探り始めている。
トランプ政権は間違いなく同盟軽視─―ロシアも中国も、アメリカにとって直接的な脅威ではないので、そこに資源を投入する必要はない─―だと気づいたからだ。

実際、同盟を不要なものと切り捨てようとしているのは、J・D・バンス副大統領の世代も同じで、むしろ彼らの世代の方がその傾向は強いと見られている。
日本が「高市答弁」で中国との関係を劇的に悪くしたのが、こういうタイミングだったと考えれば、現政権がいかに世界の流れを見誤っているかが分かるだろう。

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富坂 聰(とみさか・さとし)

拓殖大学海外事情研究所教授、ジャーナリスト

1964年愛知県生まれ。北京大学中文系中退。週刊誌記者を経て、フリーに。北京中枢の内部情報から在日中国人犯罪まで、現代中国問題に精通する。1994年に『「龍の伝人」たち』で21世紀国際ノンフィクション大賞(現・小学館ノンフィクション大賞)優秀賞を受賞。『潜入 在日中国人の犯罪』『中国の地下経済』『「反中」亡国論』など、日中問題に関する著作多数。一方で、深刻な“中日問題”に取り組んだ小学館新書『人生で残酷なことはドラゴンズに教えられた』も話題。

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(拓殖大学海外事情研究所教授、ジャーナリスト 富坂 聰)
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