含みのある言葉の意味合いはどう解釈すればいいのか。言語学者の尾谷昌則氏は「会話における言葉の使い方には2つの側面がある。
これを理解すれば、つい深読みしてしまうような言葉も冷静に観察・分析できるようになる」という――。
※本稿は、尾谷昌則『その言葉の本当の思惑を見抜く 言語学』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■「そこの窓、開けられる?」の真意は何か
非常にわかりやすいベタな例ですが、皆さんなら次の疑問文をどう解釈するでしょうか。
そこの窓、開けられる?
文字通りの解釈であれば、窓が開くかどうかという「事実」を確認しているだけです。しかし、これが窓際に立っている人に対して向けられた発話であれば(=具体的な文脈に埋め込んで考えれば)、「もし開けることが可能な窓であれば、開けてほしい」という遠回しな「依頼」をしていると解釈されます。
これは英語でも同じです。“Can you open the window?”と言われれば、回答としては“Yes, I can.”(はい、可能ですよ)と、“Sure.”(もちろん)の2通りが想定されます。
前者は文字通りに能力の有無を質問されたと解釈した場合の回答で、後者は依頼されたと解釈した際の回答です。このように、言葉は「文字通りの意味」だけではなく、それ以上の意味を持ち得るのです。
そして、それこそが人と人とのコミュニケーションをややこしくしています。
■「良い父・母になりそう」は褒め言葉か
もう1つ例を挙げておきましょう。
皆さんは、相手に言われた言葉で心がモヤモヤしたことはありませんか。
もしくは、相手の真意が掴(つか)めずに困ったり、「どうもあの人と話すのは苦手だなぁ」と感じてしまったりしたことはないでしょうか。人付き合いをしていると、そういった瞬間は誰にでも訪れるものです。
例えば、若いときに異性から「〇〇さんって、良いお父さん(お母さん)になりそうだよね」と言われた経験のある人はいないでしょうか。もしくは、中学や高校の卒業アルバムなどで、クラスページにそんな印象を書かれているのを見かけた、でも構いません。何を隠そう、私は面と向かってこのように言われた経験が何度かあります。
こういう言葉って、どう解釈してよいのか悩みますよね。良い方に考えれば、「ひょっとして自分に気がある?」「そこまではいかなくても、かなり好印象を持ってくれている?」「もしかしてこの人は、私と結婚したときのことを考えている?」などと妄想が広がります。
ただ、悪い方に考えれば「恋人としては魅力がない」「生活感がにじみ出ている」「老けている」「他に褒めるところが見つからなかった」と言われているとも解釈できます。
■つい深読みしてしまう「含みのある言葉」
私自身は後者で解釈することが多く、心にモヤモヤしたものをよく感じていました。ある程度歳(とし)をとった今では、「どちらの解釈も深読みのしすぎで、大した意味なんてなかったのだろう」と思えるようになりましたが、それが正しいかどうかはわかりません。
安っぽい恋愛心理学の本などには、もしかしたら答えがズバリと書かれているかもしれませんが、そんなものは空想です。人が考えていることは人それぞれで違って当然なのですから、唯一絶対の答えなんてあるはずがありません。

とはいえ、「良いお父さん(お母さん)になりそうだよね」とわざわざ言うからには、少なくとも「家庭的な温かみがある人だ」とか、「子育てができるくらいしっかりしてそうだ」「面倒見が良さそうだ」「将来は堅実な生活をしそうだ」というくらいの印象を持っていることは間違いないと思われます。
恋愛的な意味での好意ではないかもしれませんが、自分に対して一定以上の評価をしてくれていることは伝わります。要するに褒めてもらったわけです。
■場面によって異なる「発言の解釈」
さて、ここで問題になるのは、なぜ相手が自分のことを褒めてくれたのか、です。
例えば、婚活パーティーでの発言であれば、「相手のことを結婚相手として意識している」と暗に伝えたいのかもしれません。あるいは、「雑談はこれくらいにして、そろそろお互いの結婚観について話し合いましょう」という戦略的な思惑があるのかもしれません。
そういった目的のパーティーなのですから、何かしらの思惑が言葉のはしばしに含まれていると考えるのは当然のことです。
しかし、例えば中学生の友人同士であればどうでしょうか。中学生であれば結婚なんてまだまだ先のことでしょうから、単に「子育てに向いた穏やかな性格だね」くらいの意味かもしれませんが、ひょっとしたら「あなたはクラスの中では老けている」とからかわれているのかもしれません(私の場合はこっちだったような……)。
一方で、会社の上司、それも20歳ほど年上の既婚者に言われたのであれば、「後輩へ丁寧に仕事を教える面倒見の良い人だ」や「頼りになる人だ」くらいの意味しかないでしょう。しかし、お互いに独身であれば多少は恋愛的な思惑を含ませていないとも言い切れません。
とはいえ、それが職場のみんなとワイワイ話している中での発言なのか、それとも仕事終わりに2人で飲みに行った店での発言なのかによっても、その可能性は微妙に違ってきます。

■発言の意味合いを決めるのは何か
結局、その発言が持つ意味合いは、誰が、いつ、どこで、誰に対して、どんな風に言っているのかによって違ってくるのです。言語学では、発言の解釈を左右するこのような情報のことを「文脈(コンテクスト)」と呼びます。
一方で、先の発言から共通する思惑をすくい上げることもできます。
婚活パーティーでの会話であれ、中学生同士の雑談であれ、同僚との会話であれ、相手を褒めるような発言をするからには、「あなたと良好な関係を築きたい」「ここでの会話を円滑に進めたい」といった思惑や意図があるのは間違いないでしょう。人間は、むやみに他者と争ったりケンカしたりしたいわけではありませんし、険悪なムードになるのを避けて友好的に協働することは、巡り巡って自分の利益にもなるからです。
その意味では、コミュニケーションを円滑に進めるための工夫として、相手の良さそうな部分を話題に取り上げて、良好なムードを演出することも会話では欠かせない戦略になるのです。
■言葉の裏に潜む2種類の「思惑」
このように、会話における言葉の使い方には、2つの側面があります。
1つは、誰が、いつ、どこで、誰に、どんな風に言うかという文脈によって解釈が変わる思惑。先ほどの「良いお父さんになりそう」の例でいえば、婚活パーティーで言われるのと中学生の友人に言われるのとでは、込められた思惑がまるで違いましたよね。
もう1つは、互いのコミュニケーションをなるべく円滑に進めようとする、どんな文脈でも働いている共通の思惑です。文脈がどうであれ、相手を褒めるからには「あなたと良い関係でいたい」という思惑が根っこにあるという話がまさにそれです。
こういった点を加味しながら、実際のコミュニケーションの現場で言葉が持ちうる多様な解釈について考える分野が言語学の語用論なのです。

人間の会話がどんな法則の上に成り立っており、どんな思惑でその発話がなされるのかを理解できるようになれば、自分が何気なく行っている会話についても皆さん自身で冷静に観察・分析できるようになります。
どうぞ安心して、言葉に込められた「思惑」の世界をお楽しみください。

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尾谷 昌則(おだに・まさのり)

法政大学文学部教授

専門は言語学。特に若者言葉・新語・ネット語に代表されるような現代日本語の変化や、それらの表現が持つコミュニケーション上の機能・役割について研究。近年ではYouTubeチャンネル「ReHacQ-リハック-」、毎日新聞などで石丸構文や進次郎構文に代表される政治家の発言を分析し、親子の言語コミュニケーションについて取材を受け、上司とのコミュニケーションを扱ったネット番組(ABEMA)でも専門家として出演。共著書に『構文ネットワークと文法』(研究社)、『-最新の理論で考える-』(朝倉書店)、『はじめて学ぶ認知言語学 ことばの世界をイメージする14章』(ミネルヴァ書房)などがある。

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(法政大学文学部教授 尾谷 昌則)
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