※本稿は、尾谷昌則『その言葉の本当の思惑を見抜く 言語学』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■部下に好かれる上司は「配慮上手」
上司と部下のコミュニケーションは、年々難しくなっているといわれています。世代間のギャップがあるために、昭和世代の上司から見ると「最近の若者が何を考えているのか、よくわからん」と言いたくなるようですが、部下世代にもきっと言い分はあるでしょう。
例えば、プレゼンのコンペに応募しようとしている部下から見れば、次のうちどの上司が望ましいでしょうか。
上司A:山下くん、今年のコンペ、出すんだって。頑張ってね! 応援するよ!上司B:山下くん、今年のコンペ、出すんだって。何か相談とかあったら、いつでも言ってね。上司C:山下くん、今年のコンペ、出すんだって。これさ、去年のコンペで優勝したAさんのプレゼン資料なんだけど、参考になるかな~と思って(そっと資料を差し出す)。
相手の「他者に認めてもらいたい・よく思われたい・近づきたい」というポジティブ・フェイス(積極的な欲求)を満たしてあげる配慮行動を、「ポジティブ・ポライトネス・ストラテジー(PPS)」(ポジティブ・ポライトネス行動)といいます。その主な種類は以下の15つです。
■部下に最も響く行動はどれか
上司Aのように、相手に「コンペに応募するつもりなのは知っている」「応援している」と伝えることは、PPS-1「相手に気づき、注意を向ける」というポジティブ・ポライトネス行動です。
ただ、応援の気持ちを口にするだけで、実際には何もやってくれてはいません。口では立派なことを言うけれど、行動が伴わない人というのはどこにでもいるものですが、ここではどこか他人事のように捉えている印象(=あまり積極的に関わる意思がないと伝える思惑)が感じられます。
上司Bは、PPS-1だけではなく、「相談とかあったら、いつでも言ってね」とより具体的に申し出て、相手の意向に沿う意思があることを積極的に提示しています。これはPPS -10「申し出・約束をする」に相当するポライトネス行動であり、上司Aよりもポジティブ・ポライトネスの度合いがやや濃いといえます。
しかし、それでも「待ち」の姿勢であることに変わりはありません。どうせ申し出るなら、「軽率に質問してくれていいからね」くらい言えばPPS-8「冗談を言う」も加味され、距離感がグッと縮まるのですが(余談ですが、最近は「軽率に」を悪い意味以外にもあえて冗談めかして使用する場合があるようです)。
■「人たらし上司」のデキる受け答え
さて、最後の上司Cは、PPS-1だけではなく、部下が必要としているものを察して、その資料を実際に持ってくるという行動を取っています。これはPPS-9「相手の欲求についての知識と気遣いを主張しまた仮定する」に相当するポライトネス行動なので、部下のポジティブ・フェイスが満たされる度合いがより大きくなります。
これは、例えば恋人からプレゼントをもらった際に、プレゼント自体に喜ぶだけでなく、「自分が喜ぶプレゼントは何か」と相手が一生懸命に考えながら選んでくれたことに対しても嬉しく感じるのと同じ原理です。それだけ相手が自分に注意(のリソース)を割いてくれているという実感を持つことが、ポジティブ・フェイスを満たすことにつながります。
その意味では、「人たらし」といわれる人は、こういったポジティブ・ポライトネス行動が自然に、かつうまくできる人であるといえるでしょう。
■「キモい」「キモくない」の境界線
PPS-1「相手に気づき、注意を向ける」の例をもう少し見ておきましょう。これが最も簡単で、毎日でも行えるポライトネス行動だからです。例えば、職場でのコミュニケーションであれば、次のような例が考えられます。
a.あれ、髪型を少し変えた?
b.〇〇さん、モンブランが好きって言ってたよね。オススメのお店はある?
c.〇〇さんは、いつも早めに出社して掃除してくれてるよね。
d.ちょっと寒くない? エアコンの温度、上げておくね。
e.おはよう!
f.……(ニコッ&会釈)。
aのような些細(ささい)な変化に気づいてあげる例は、髪型だけでなくメイクでも持ち物でも構いませんので、日常生活での応用はいくらでも利きます。ただし、さすがに男性から女性の些細な変化を毎日指摘してしまうと、「まるで監視されているようで、キモい」と言われてしまうでしょう。
ポジティブ・ポライトネス行動は相手に近づこうとする行動ですが、必要以上に距離を詰めすぎるのは考え物です。相手がストレスを感じないよう適度に距離を離しておいてあげる配慮(=ネガティブ・ポライトネス)も必要です。
距離感が重要だといえば簡単そうに聞こえますが、両ポライトネスのバランスを取るのが実は非常に難しいのです。
■部下に好印象の一言とは
bの「モンブランが好きって言ってたよね」という発話は、以前に相手が話していたことを覚えていると伝えるものです。これによって「あなたに注意を向けている」ことを伝達し、距離を近づけようとする思惑があります。これも、過去に話した話題であれば何でも構いませんので、日常生活での応用範囲は広いといえるでしょう。
cのように、相手がいつもさりげなく行ってくれている掃除についてちゃんと気づいていることを伝える発話は、ただ単に「気づいている」ことを伝えるだけではありません。
相手を賞賛することにもつながりやすいですし、自分だけが気づいているというのは二人で秘密を共有するようなものですから、PPS-4「内輪である標しを用いる」にも似た効果があります。その分、相手のポジティブ・フェイスを満たす効果はより大きくなるのです。
dの「ちょっと寒くない?」という発話は、相手の欲していることを察してあげているものですから、先ほど見た、資料を差し出した上司Cと同じです。上司だけでなく、部下が上司のニーズを察してあげることもあるでしょうし、店員がお客様のニーズを察してあげる場合もあるでしょう。これも日常生活のあちこちで見られるポライトネス行動です。
■部下のちょっとした一言に隠された思惑
ここまで、相手に対して「気づいている」ことを伝える例を見てきました。しかし逆に、相手の方も同じポライトネス行動をしてくれているはずです。
上記で見たものは非常にわかりやすいものばかりでしたが、中には気づきにくいものもあります。それが次の例の部下の発話です。
上司:山下くん、例のコンペに出るんだって?
部下:あっ、部長。はい、そうなんです。
上司:資料作成は順調に進んでる?
部下:あっ、はい、だいたい完成しています。
上司:じゃあ今から見てあげるよ。ミーティングルームで。
部下:あっ、でも、部長もお忙しいのでは……。
さすがに3回も出てきたので皆さんもお気づきのことと思いますが、部下の発話はどれも「あっ」から始まっています。これは、何かに気づいたときに無意識のうちに発話してしまうものです。
ちょっとオドオドしているような印象を与えてしまうかもしれませんが、この「あっ」は相手(の存在や発話意図)に気づいていることを示す思惑があり、特に目下の人が目上と話している際によく聞かれます。
さすがに連発するのはどうかと思いますが、それだけ小刻みに気を遣っているのです。
皆さんも、職場でこんな「あっ」をぜひ観察してみてください。気を遣う部下の思惑だけでなく、データを収集する言語学者の気持ちもよくわかりますよ。
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尾谷 昌則(おだに・まさのり)
法政大学文学部教授
専門は言語学。特に若者言葉・新語・ネット語に代表されるような現代日本語の変化や、それらの表現が持つコミュニケーション上の機能・役割について研究。近年ではYouTubeチャンネル「ReHacQ-リハック-」、毎日新聞などで石丸構文や進次郎構文に代表される政治家の発言を分析し、親子の言語コミュニケーションについて取材を受け、上司とのコミュニケーションを扱ったネット番組(ABEMA)でも専門家として出演。共著書に『構文ネットワークと文法』(研究社)、『-最新の理論で考える-』(朝倉書店)、『はじめて学ぶ認知言語学 ことばの世界をイメージする14章』(ミネルヴァ書房)などがある。
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(法政大学文学部教授 尾谷 昌則)

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