スーパーで見かける野菜を束ねる紫色のテープ。包丁で切らなければ取れないほど頑丈なのに、野菜には全くくっつかない。
「たばねら」と呼ばれるこのテープは、「セロテープ®」を生んだニチバンが約50年前に発売したロングセラー商品で、国内シェアは7割。しかも、海外のスーパーでは見られない日本独自の発明だという。なぜこんな発明が生まれたのか。フリーライターの大北栄人さんが取材した――。
■ニラに直接巻かれている紫テープの正体
料理をしていて買ってきた野菜のテープを包丁で切る。いつの間にかそんな習慣がついていることに気づいた。手で引き剥がそうとしても、このテープは思ったよりも頑丈でうまく取れないからだ。
考えてみればけっこう大胆なことをやっている。野菜にテープを直接巻いているのである。それでいてテープの糊が気になったことが一度もない。一体この紫のテープはどういったものなんだろうか。
調べてみると、野菜を留めているテープは「たばねら」という商品で、生み出したのは「セロテープ」で有名なニチバンだと分かった。
発売は1978年。コロナ禍と食品衛生法改正という二度の危機を乗り越え、今なお野菜結束テープ市場で圧倒的なシェアを誇るロングセラー商品だという。
この不思議なテープの謎を解明すべく、ニチバン本社を訪ねた。話を聞かせてくれたのは事業戦略本部の平山繁明氏。マーケティングから製品開発まで「たばねら」の全体を見ている人物である。
ニチバンは1918年創業、2026年3月期の売上高は504億7000万円。「セロテープ」をはじめとする粘着テープを主力とする老舗メーカーである。「たばねら」は、その幅広い製品群のなかではニッチ製品にすぎない。
■貼るのではなく「束ねる」
「たばねら」が登場するまで、農家やスーパーでニラやほうれん草を束ねるのは、すべて手作業だった。紐や輪ゴムを使い、一本一本縛っていく。地味で時間のかかる工程である。
ここに「たばねら」が登場した。
専用の結束機にセットしてレバーをガチャガチャと動かすと、テープが一瞬で野菜を巻き留める。手作業とは比較にならない速さで束ができ上がっていく。
「テープという形態で『物を結束する』という用途を、『たばねら』が初めて提案したんです」と平山氏は言う。テープといえば貼る・封をする・固定するもの。それを「束ねる」道具として位置づけ直したところに、この製品の発明性がある。生産現場で評価され、瞬く間に全国へと広がっていった。
■なぜ野菜にくっつかないのか
「たばねら」最大の謎は、相手にはくっつかず自分にだけくっつく「自着(じちゃく)」という性質にある。
「これだけしっかりつくのに、野菜には全くくっついていない。改めて考えると、すごく不思議なことなんです」
販売を担当する平山氏でさえ、そう言う。その不思議さはテープを触ってみるとはっきりわかる。
会議室で試してみると、机の表面ではスルッと剥がれるのに、テープの粘着面同士を貼り合わせると驚くほど強い。フィルムが破れるほど力を入れないと剥がせない。
この自着の強さこそが、キッチンで何度も体験したあの頑丈さの正体である。
野菜をむしることなくスルッと剥がれ、糊も残さず、それでいて束ねたテープ同士は決して剥がれない。一見すると魔法のような芸当だが、その答えは「相手にくっつく力」と「自分同士でくっつく力」を別々に管理する発想にある。
ニチバンの研究現場では、まずステンレス板にテープを貼って剥がし、その粘着力を数値で測定する。これが「相手への粘着力」だ。一方、テープ同士をくっつけた時の力は「自着粘着力」として別途数値化する。両者のバランスがある一定の範囲に収まるよう、粘着剤の配合を調整していく。
「机の上で数値を出して、葉っぱには残らないだろう、テープ同士はちゃんと留まるだろうと当たりをつける。最後は農家さんに持って行って、実際に使って判断してもらいます」
つまり「たばねら」は、素材を選んでくっつく粘着剤である。なぜそんな器用な粘着剤を作れたのか。実はその源流は、ニチバンが戦後に生み出したあの製品にある。
■すべての始まりは「GHQの郵便検閲」
ニチバンの前身は1918年創業の膏薬の会社「歌橋製薬所」である。
翌1919年には、ゴム製の絆創膏を製造した。当時は医療や工業の分野ですでにテープが使われていたが、透明のものは存在しなかった。
1930年、アメリカの3M社が世界初の透明なセロハン粘着テープ「スコッチテープ」を発売する。歌橋製薬所創業者の歌橋憲一氏も「こんな便利なものはない」と感銘を受け、セロハンテープの研究を開始した。
戦後日本に進駐したGHQは、すべての手紙を検閲していた。開封した手紙に再度封をするのに使われたのが、本国アメリカから取り寄せたセロハンテープだった。
検閲の量は相当な数となったのだろう。1947年、GHQはセロハンテープの生産を、ニチバンの前身である日絆工業(歌橋製薬所から改名)に依頼する。かねてセロハンテープを研究していた同社は1カ月で試作品を納入し、GHQを驚かせたという。
これが「知らない社員はいない」と平山氏が言うセロテープ誕生の逸話である。セロテープはその後、日本の家庭やオフィスに欠かせないテープとして定着するほどにヒットした。ちなみに現在のセロテープの幅の最小規格である12mmは、GHQが日絆工業にオーダーした2分の1インチ幅の名残である。

■「剥がれないテープ」との悪戦苦闘
日絆工業がセロテープを普及させるまでの道のりは決して順調ではなかった。セロハンとは木材のパルプを化学変化させた透明のフィルムで、水を吸って湿度に弱い。日本の湿気でセロハンは膨れ上がり、対策には相当な試行錯誤があったそうだ。
なかでも多かったクレームは「テープがくっつきすぎて引き剥がせない」というもの。使い勝手の悪いテープの端を爪でカリカリと探した経験はないだろうか。あの人をイライラさせる状態がセロテープ黎明期では頻発した。
セロテープを一枚剥がしてみると、構造は4層になっている。一番下(貼る面)から順に、対象物をくっつける「粘着剤」、粘着剤を固定する「下塗り剤」、基礎となる「セロハン」、背面からスルッと剥がすための「剥離剤」。これがロール状に巻かれると、一番上にある剥離剤の背中に、次の周の粘着剤がピタリと重なる。
粘着剤は強くくっつく性質を持ち、剥離剤はすんなり剥がれる性質を持つ。全く逆の性質を持つものが常に隣り合わせている。テープとは本質的に「くっつく」と「剥がれる」という矛盾を抱えた商品なのである。

ニチバンはセロテープの開発時、数百種の原料を組み合わせて試験を行い、粘着剤と剥離剤の理想的な配合を突き止めた。「素材を選んで挙動を変える粘着技術」――このセロテープのDNAが、後年「たばねら」の自着技術に結実するのである。
■紫テープが直面した2度の危機
セロテープをはじめとした粘着技術の蓄積から生まれた「たばねら」も、ニッチな市場ゆえに2度の危機に直面してきた。
一度目はコロナ禍。感染への警戒から、スーパーは野菜を袋詰めにして売るようになり、テープの出番が一時的に減った。「この袋詰めが文化として定着してしまったら困ると思いました」と平山氏は振り返る。コロナ禍が落ち着くにつれ、店頭は元に戻った。
二度目の危機は、より深刻だった。2020年に施行された改正食品衛生法である。食品に触れる素材の規制が厳格化され、それまで「たばねら」で使ってきた粘着剤の材料の一部が使えなくなった。野菜に直接巻くテープである以上、避けては通れない問題である。
そこで平山氏らは、改正食品衛生法への対応と同時に、製法そのものを「ホットメルト製法」へと切り替えることを決断する。粘着剤を熱で溶かして塗布する方式で、可燃性の溶剤を使わずに済み、製造時のエネルギーも抑えられる。安全性、環境負荷、法令対応という三つの課題を一度に解決しにいく、大がかりな再開発である。
しかしこれは、自着技術をゼロから組み直す作業に等しかった。
「10個ある材料のうち1つを似たものに差し替える。すると他のものとの化学反応がうまくいかなくなる。もうパズルですよ。他の材料の量を調整すると、今度はまた別のところがおかしくなる。この繰り返しでした」
■逆風が吹くほど強くなった
試作品を農家に持って行くと、率直な反応が返ってきた。「おいおい、前は良かったけど、新しいやつはうまくくっつかねえぞ」。現場の手にすぐ違和感は伝わる。微調整を重ね、ようやく合格点が出る。その繰り返しだった。
果てしないパズルを解き明かしたのは、長年にわたり積み重ねてきた粘着剤配合のノウハウである。一方で、同じ野菜結束テープを作っていた競合他社の中には、配合の組み直しに対応しきれず、事業からの撤退を選んだメーカーもあった。結果として、ニチバンの市場シェアはむしろ拡大した。
いま「たばねら」が野菜結束テープ市場で握るシェアは、約7割(ニチバン調べ)に達する。法改正という業界共通の逆風が、配合ノウハウを蓄えてきたニチバンにとっては、かえって地位を固める追い風に転じたのである。
こうして危機を乗り越えるたびに磨かれてきた技術の蓄積こそが、「たばねら」が40年以上にわたり支持を集め続ける背景にある。
■「自着テープで野菜を束ねる」は日本独自
「たばねら」は技術力で日本市場をリードする。では、世界ではどうなのだろうか。
世界のスーパーマーケットに目を向けてみると、野菜の留め方は国によってまちまちだ。ヨーロッパではゴムバンド、アメリカではツイストタイ(捻って留めるもの)、韓国では個包装が多い。中国ではテープも見受けられたが、いずれにせよ「自着テープで束ねる」のは日本独特の光景である。
平山氏は「たばねら」は「基本的に日本の文化」に根ざしているという。
「海外のスーパーは、野菜をバーンと山積みにして、お客さんが自分で選んで買っていくスタイルが多いんです。日本のように丁寧に陳列するからこそ、こういうテープが必要になる」
日本では「1本40円だけれど、3本セットなら100円」とまとめてお得感を出す。野菜を手に取りやすい単位に揃え、見た目も整える。この丁寧さがそのまま付加価値になる文化が、「たばねら」を必要としている。
加えて、ゴムバンドやツイストタイには欠点もある。常に野菜に圧力がかかるため、茎が折れたり葉が傷んだりすることがある。「たばねら」は粘着剤が野菜に触れずテープ同士で固定するため、野菜を傷めない。美しく、効率的に、傷めずに陳列する。この三つの条件を同時に満たすのが、「たばねら」なのである。
■あえて用途を細かく分けたことで生き残れた
もうひとつ、日本ならではの文化がある。「○○用」という細分化を好む傾向だ。
ニチバンには「たばねら」以外にも、用途を細かく分けた製品がある。お弁当用テープ、サラダカップ固定用テープ、値引き販売時に元のバーコードを覆うためのテープ「かくれんぼくん」、湿ったコンクリート面にも貼れる土木・建設用テープ「せこたん」など枚挙にいとまがない。両面テープ「ナイスタック」だけでも、屋外掲示用・透明プラスチック用など15種類のラインナップが揃う。
平山氏が語る他業界のエピソードが象徴的だ。「あるはさみメーカーが、海苔を刻む用のはさみを出していたんですが、まったく売れなかった。それを『シュレッダー用』と名前を変えたら、急に売れたそうなんです。日本のお客さんは『○○用』と書いてあるものを選びたがる傾向があるみたいです」
海外はその対極だ。アメリカで人気のダクトテープに代表されるように、「これ一本で何にでも使える」汎用性が好まれる。日本人は逆に、「これは○○用」と用途を限定された道具を信頼する傾向がある。
もともとアメリカで生まれたセロハンテープの技術が日本に持ち込まれ、日本の湿度に合わせて改良された。そして、丁寧な陳列文化と、用途別の道具を好む細やかな国民性に出会って、「たばねら」という独自の進化を遂げた。テープという西洋発の技術が、日本の文化の中で野菜を束ねるところまで来た――その距離の遠さこそが、この製品の面白さである。
「この紫色は、野菜の緑に映える補色として選ばれているんです」と平山氏は言う。
そうした細やかな心配りまで詰まった紫色のテープを、ぜひスーパーで気に留めてみてほしい。

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大北 栄人(おおきた・しげと)

フリーライター

1980年、大阪生まれ。大阪大学人間科学部卒業。WEBメディアのおもしろ記事から出発し、おもしろがって話をきくライター。著書『あたらしい散歩』(林雄司と共著)など。つくった人に話をきくメディア『29tta.net』を開始。

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(フリーライター 大北 栄人)
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