81歳の女性の老後生活は不安に包まれていた。主な原因は同居する53歳長男の存在。
自分が他界した後、わが子はどうなるのか。そんなタイミングで降ってわいた「棚ボタ」。一気に問題がクリアし視界が晴れるはずが、そうはいかなかった。一体母子に何があったのか――。
■貯蓄2500万円は400万円台まで減った
今回取り上げるのは、神奈川県在住の高田家(仮名)。父親は20年くらい前に他界し、その後は、現在81歳の母親と53歳の傑さん(すぐるさん・仮名)の2人暮らし。長女は結婚して、別世帯。傑さんにとっての甥と姪が1人ずついるが、姉と傑さんは、10年以上、口を聞いていないという。甥、姪とは、話した記憶すらないという。
傑さんは、高校を中退したのち、自室にこもる生活を36年くらい続けてきた。高校を中退した理由は、「本人が話さないのでわからない」と母親はいう。父親が健在だったときは、「アルバイトでもいいから働け」と促していたが、父親から叱責されると部屋にこもって、食事すら満足に取らずにやり過ごしてきた。
結果的に、傑さんにはアルバイトの経験もない。この先も、「働ける可能性はゼロだろう」と母親は嘆く。
父親亡き後、傑さんは母親の遺族年金を頼りに生活してきた。父親が亡くなった時点で、2500万円ほどあった貯蓄は、毎月の赤字や特別支出の負担で少しずつ減り、数カ月前には母親の貯蓄が400万円台まで減っていた。その頃の傑さんの貯蓄は数万円程度。
母親は家計状況を踏まえると、「私が死んだあとは生活保護に頼るしかない」と考えていた。他の案は思いつかなかったのが、本音だろう。ところが、母親の兄が亡くなり、相続財産を受け取った。
その額、現金約9000万円と不動産。
思いもかけぬ巨額の相続財産を受け取ったことで、高田家の親亡き後の生活設計は大きく変わることになったのである。
■年間で90万~100万円の赤字が続く
【家族構成】

81歳 母親→年金暮らし

55歳 長女→既婚、別世帯、子ども2人

53歳 長男→高校を中退後、ひきこもり状態、アルバイトもしたことがない
【資産状況】

母親 貯蓄 8000万円→兄の遺産を相続するまでは400万円台だった

長男 貯蓄 1200万円→伯父の遺産を相続する前は数万円だった

自宅のほかに、伯父から母親が相続した賃貸併用の不動産がある
【家計収支】

収入

母親の年金(遺族年金)15万円
支出

食費 6万5000円

水道光熱費 2万5000円

固定資産税(月割り) 1万円

日用品 1万円

交際費 1万2000円

有料放送代 4000円

新聞代 5000円

交通費 8000円

医療費 1万5000円

社会保険料 1万円

互助会積立 5000円

母こづかい 2万円

傑さんこづかい 1万円

合計 19万9000円
毎月の赤字額は約5万円程度

特別支出を足すと、年間で90万~100万円の赤字が続いている

傑さんの国民年金保険料は申請免除の手続きをしている

■伯父から不動産と現金を相続した
相続財産を受け取る前の、高田家の財政状況を整理していこう。
母親が受け取っている遺族年金は、月額にすると15万円程度。
一方の支出は、ひと月20万円程度。月の赤字はひと月約5万円、年間にすると60万円くらいになっていた。そのほかに、冠婚葬祭費や孫へのプレゼント代、家電の買い替え費用などの特別支出の負担も合わせると、赤字は年間で90万~100万円くらいになっていた。
ところが、だ。貯蓄が400万円台まで減り続けた頃、母親の兄に当たる伯父が死亡した。伯父は若いときに結婚をしていたが、40代で離婚してからは一人暮らし。その結婚で、子どもは授からなかったという。
伯父は働いていない傑さんのことをよく思っていなかったので、伯父と甥の関係性は悪かった。そのため、20年以上、会うことも、電話で話をすることさえなかったという。そのような関係性の伯父から、母親はともかく、自分にまで遺産が回ってくるとは、夢にも思わなかった、と傑さん。
ちなみに、姉も伯父の遺産から現金の一部を相続している。
■親亡き後は生活保護を視野に
話は戻るが、伯父の遺産を受け取るまでの母親は「将来息子には、生活保護を受けてもらうしかない」と考えていた。
生活保護の支給条件などを調べることもしないまま、「将来は生活保護」だと決めつけるしかなかったという。
傑さんのケースから少し話はそれるが、ひきこもり家族から生活保護のことでよく聞かれるのは、「家を持ったまま、生活保護を受けられるのか、否か」である。この答えは、イエスの場合もノーの場合もある。なぜなら、8つある生活保護のひとつに当たる住宅扶助については、持ち家の評価額が居住地の自治体が決めている基準額を下回っていれば、自宅に住み続けたまま、生活保護を受けられるからである。
だが、「将来は生活保護」と決めている家庭でも、居住地の基準額を調べている方に出会ったことがない。親亡き後に生活保護の受給を希望しており、かつ自宅を保有している家庭は、基準額を調べることをお勧めする。
ちなみに、生活保護が開始された後は、固定資産税は免除される。生活保護受給者は、税金関係が免除になるからである。
■建て直すのは自宅か伯父の家か
生活保護しか打つ手がないと考えていた高田家だが、前述のとおり、現金資産と不動産を相続したことにより、生活設計は劇的に変わった。
少なくとも、親亡き後、生活保護に頼るという選択肢はなくなったわけである。とはいえ、母親は「生活保護のお世話になる」というプランしか持ち合わせていなかったので、どうしたらよいのかと悩み、筆者のところに相談に来た。
相続した不動産について尋ねたところ、伯父から相続した不動産は、自宅として居住していただけではなく、賃貸部分もあってアパートとしての機能も併せ持つ物件だ。
築年数は35年くらい。アパート部分は4部屋あり、2部屋は入居中とのこと。伯父が存命中から契約していた不動産管理会社が、そのまま2部屋の管理を継続している。
家計表は相続前のものなので、アパートの収入は入れていない。実際には14万円くらいの家賃が入るようになったので、高田家の年間の赤字は消えた。だが、非課税家庭ではなくなる可能性があり、社会保険料の負担は上がると思われる。
高田さん母子が住んでいる自宅は、築年数が40年を超えている。屋根がいたんで雨漏りし、風呂釜の調子もよくない。だが、貯蓄が底をつく不安が強かった母親は、修理費用を出し惜しんで、最低限の修理しかしてこなかったそうである。
自宅を建て直そうにも、その資金がないため、あきらめてきた。それでも母親は、自分が生きているあいだは、今の家に住み続けたいと考えていた。傑さんも、同じ考えである。

■自宅建て直しで話がまとまったが…
だが、相続財産が入ったことで、建て替えが可能になった。かつ、伯父の家を建て直して、そちらに住み替えるプランも検討できるようになった。伯父のアパートにはまだ居住者がいるため、近いうちの建て替えは難しいとしても、プランを立てるのは可能である。
どちらの家を建て直すかという視点で話し合ったところ、「息子の生活環境を変えたくない」という理由から、自宅を建て直す方向で話がまとまった。
問題は、建て替え中の仮住まいの場所だ。民間アパートへの住み替えについては、母親が懸念を示したので、建て替え中は伯父の家に住むのが現実的ではないかという流れになった。そして、建て替えが無事に終わったら自宅に戻るというプランが、実現性が高いのではないだろうかという話になった。
建て替えが無事に済んだら、伯父の家は売却して、現金化することを検討している。建て替えで、手持ち資金はかなり減るが、伯父の家の売却資金をアテにできるので、資金面では問題なさそうである。
伯父の家を将来は売却することになるが、すぐには居住者に立ち退きを迫らず、退去するのを待つことになった。立ち退きの際に支払う費用が心配だからだが、あまりにも長引いたら、立ち退きのお願いをする可能性も残しておく。
■ひきこもりの子どもが引っ越しを拒む
母親と話し合った計画を、知り合いの不動産会社に持ち込んだところ、壊す費用と立てる費用で、6000万円程度の見積もりが出た。
資材の値上げが続いているので、実際には1割くらい上乗せした金額で予算を組んだほうが安心ともいわれたが、家を建てた後、伯父の家の売却資金が手に入れば、親亡き後の傑さんの生活設計は成り立つ計算だ。
伯父が住んでいた家は、8000万円前後で売却できるのではないかという見積もりが出ている。
ところが、自宅を壊して建て直す話が現実味を帯びてきたあたりから、傑さんが引っ越しに難色を示しだした。傑さんの世界は、自室がほとんどで、ほかの空間で過ごした時間はかなり少ない。家賃がかからない伯父の家への引っ越しだとしても、部屋から出ることに抵抗を示しだしたのである。
建て直しプランの話をしたときに反対しなかったことについて母親に尋ねたところ、「実際に引っ越しの話が出るまでは、現実味を帯びていなかったようです。具体的な話が進んでいるとわかって、急に怖くなったようです」とのこと。
ひきこもりの子どもがいる家庭の住み替えプランを立てている際、お金の問題はクリアできても、子どもの住み替えで足踏みしてしまうのはよくあるケースだ。私が相談に乗ったケースでも、早くて2~3年、時間がかかると10年以上、プランが進まないこともある。いや、順調に進むケースに出会った経験はない。
10年前の見積もりでは、4000万円くらいで建て替えられそうだったのが、新たに見積もりを取ったら、5000万円は超えるだろうといわれているケースもある。
ここからは、母子の持久戦に入る。とはいえ、のんびりもしていられない。母親は80歳を超えているので、要介護認定を受けたら、建て替えプランが崩れてしまう可能性が高いからである。
自宅の建て替えをしてくれる業者が、伯父の家の売却も担当してくれそうな流れになっている。あとは、傑さんの決断次第。傑さんがいつ、重い腰を上げてくれるかにかかっている。建て替えプランは過去に何度も頓挫してきた経験から、急がせてもうまくいかないことはないことがわかっているので、ここからはじっと傑さんのOKが出るのを待つことになる。
■相続で資金プランが好転するケースも
ひきこもり家族の生活設計を立てている中で、プランがいきなり好転するケースがあるが、そのほとんどが「親以外の親族からの相続」によるものだ。親の兄弟姉妹に、子どもがいない家庭が増えているため、今後も高田家のようなケースは増えると思われる。
ただし、増えた財産をどのように活用して、親亡き後の生活設計を立てていくかは、それぞれの家庭が持つ課題次第だ。
数千万円の相続財産を手に入れたのに、今まで我慢していた反動から、好きなだけ買い物したり、課金したりで、2~3年で相続財産を溶かしてしまったケースもある。予想外のお金を手にするのは、危険と隣り合わせでもあるのだ。
いずれにしても、ひきこもりのお子さんの引っ越しは、数年単位で時間のかかるプランとなるのが一般的だ。だが、傑さんの母親は、すでに80代。母親が介護状態になる前に、建て替えプランが実行されることを願ってやまない。

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畠中 雅子(はたなか・まさこ)

ファイナンシャルプランナー

「働けない子どものお金を考える会」「高齢期のお金を考える会」主宰。『お金のプロに相談してみた! 息子、娘が中高年ひきこもりでもどうにかなるってほんとうですか? 親亡き後、子どもが「孤独」と「貧困」にならない生活設計』など著書、監修書は70冊を超える。

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(ファイナンシャルプランナー 畠中 雅子)
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