がんばって生きているのに、なぜしあわせを感じにくいのか。脳神経外科医の菅原道仁さんは「人間の脳は、日常のあらゆる場面で自分と他者、過去と現在、理想と現実の差を検出しようとしている。
この比較グセが幸福を遠ざけている」という――。
※本稿は、菅原道仁『わたしの脳のしつけ方 なぜあなたはしあわせを感じられないのか』(扶桑社)の一部を再編集したものです。
■人間の脳は「予想との差」に反応する
消耗を避け、よりしあわせに生きる。その手段の一つが、つい比較してしまう脳のクセを知ることだと私は思います。では、脳にはどんな比較グセがあるのか、順番に紹介していきましょう。
① 脳は「差」を見つけるのが大好き
脳には報酬系と呼ばれる神経回路があります。この回路は、中脳の腹側被蓋野(ふくそくひがいや)(VTA)から側坐核(そくざかく)へとつながっています。
この回路は「もっとやりたい!」というやる気や次の行動へとつながる学習の原動力に深く関わっています。この回路が特に敏感なのは、「報酬の量」そのものよりも「予想との差」。これを専門用語で「報酬予測誤差」と呼びます。
■何かと比較したがるのは「初期設定」
たとえば、テストで70点を予想していたのに90点を取れたら嬉しくなりますが、逆に90点を期待していたのに70点だったときは落ち込んでしまうもの。
これは、脳の報酬系が「予想との差」に反応しているからです。
予想よりも良い結果が出たとき、報酬系の活動は高まり、反対に思ったより結果が悪かったときは活動が低くなる。この“差”を手がかりに、脳は学び、行動を修正していきます。
脳は日常のあらゆる場面で、自分と他者、過去と現在、理想と現実を自動的に照らし合わせ、差を検出しようとします。これは意志の問題ではなく、環境の変化を素早く察知して生き延びるために進化の過程で備わった、脳の初期設定のようなものです。
つまり、私たちが比較をやめられないのは、性格の問題でも、意志が弱いからでもありません。脳がそもそも、比較するようにできているのです。
■友人の結婚や同僚の昇進がストレスに
② 脳は「損する」のが大嫌い
脳は「自分が不利かもしれない」「損するかも」という状況にも、敏感に反応します。この反応を生み出しているのが、側頭葉の奥にある扁桃体です。
扁桃体には、未来の危険に素早く反応する機能があります。
これはもともとは生物の生存に関わる機能でもあります。集団のなかで大きく遅れを取ることは、資源や安全を失うことにつながります。
同僚が自分より先に昇進したと聞いた瞬間、胸がざわつく。

友人が次々と結婚していくのを見て、自分だけ独身で取り残されたように感じる。
こうした「不利かもしれない」というサインを感じると、扁桃体が強く刺激され、「怖い」「不安だ」といったストレスを生み出し、人間を何かしらの行動に駆り立てるのです。
そのとき生まれるのは、希望ではなく焦り。現状より少し上を目指すはずが、気づけば「いまのままでは取り残される」「もっと成長しなければ」と焦ってしまう。
ここに、いまあるしあわせをくもらせる要因があるのです。
■同級生のSNS投稿が頭から離れない
③ 比較情報をうまく処理できないと、判断力が低下する
扁桃体が「不利かもしれない」というサインに反応したあと、その情報を整理し、評価するのが前頭前野です。
前頭前野は、状況を再評価し、どう行動するかを決定する、いわば脳の司令塔のような存在です。前頭前野が「この情報は単なる情報として処理していいのか、はたまた何か自分の身の危険に関係する情報なのか」という情報処理をうまくできれば、心の揺れは落ち着きます。でも、その処理が十分に行われないと、「この状況にどう対処したらよいのだろうか」と脳が落ち着かないため、日々の意欲や判断力が低下してしまうのです。
たとえば、同級生が立派な家を購入したというSNSの投稿を見て心がざわついても、「自分はいま身軽さを優先しているので家を持つ必要はない」「いまは住宅より経験に投資しているのだから、問題ない」と脳内で処理できれば、心は落ち着きます。
しかし、その処理がうまくいかないと、「自分は家を買わなくていいのか」「いま行動しないと将来後悔するのではないか」と不安が膨らみ、何度もその投稿を頭で反芻してしまうなどの状態に陥ってしまうのです。
■年収500万円が一気に物足りなくなる
④ 満足のハードルを上げる「アンカリング効果」
比較という行為そのものだけでなく、「比較の基準が変わりやすいこと」も、私たちがしあわせを感じにくくなる理由の一つです。

私たちは絶対的な数値で自分を評価しているようでいて、実際には常に何かを基準にしています。そしてその基準は、思っている以上に簡単に揺れるもの。
この揺れに関わるのが、「アンカリング効果」です。アンカリング効果とは、最初に目にした情報や数値が、アンカー(イカリ)のように心に打ち込まれて基準となり、その後の判断を左右してしまう現象です。たとえば、より高い年収や華やかな暮らしを見てしまうと、それが無意識のうちにのちの自分の判断基準になります。
友人が都心の新築マンションを購入したと知ったあとでは、いま住んでいる家が急に安っぽく感じられる。
同年代の知人が年収1200万円と聞いたあとでは、自分の年収500万円が低く思えてしまう。
結果、現実は何も変わっていないのに、いまの自分の生活が物足りなく感じられる。変わったのは状況ではなく、あくまで心のイカリの位置にすぎないのに、です。
■無意識のうちにハードルが上がっていく
しかも厄介なのは、このイカリが静かに、そして繰り返し打ち替えられることです。一度引き上げられた基準にはすぐ慣れ、それが“普通”になります。こうして、満足のハードルは少しずつ上がり続けます。

昨日まで満たされていたのに、今日は急に足りないと感じる。それは、あなたが欲深いからではなく、基準が無意識に引き上げられ続け、幸福を感じにくくなっているからなのです。
⑤ 強い印象がもたらす「コントラスト効果」
私たちの脳は、直前に受けた刺激の強さを基準にして、その後の出来事を評価する傾向があります。これを心理学では「コントラスト効果」と呼びます。
報酬系や注意に関わる回路などは、直前の刺激に影響を受けやすい。なので、強い刺激を受けた直後は、次に入ってくる情報が相対的に弱く感じられるのです。
■「比べてしまうのは脳の自然な反応だ」
たとえば、レストランで最初に1万円のコースを見せられると、そのあとに並ぶ5000円や3000円のコースが物足りなく感じますし、家探しで家賃10万円の物件を見たあとでは5万円の物件がどこか見劣りして映るものです。
でも、現実の価値が下がったわけではありません。脳の“明暗調整”が変わっただけです。本来なら十分に満たされるはずの体験が、直前の強い刺激との対比によって弱く感じられてしまう。これが、コントラスト効果が幸福感に影響を与える仕組みです。
強い光を見たあとでは、部屋がいつもより暗く感じる。
これと同じことが、感情の世界でも起きています。自分はしあわせを感じていたはずなのに、ふとほかの人のしあわせを目にすると、「あの人は自分よりも満たされているのではないか」と、自分の状況が色あせて見えてしまうのです。
さて、ここまで五つの脳の比較グセをご紹介してきました。「あ、これは自分に該当している!」と思ったものはあるでしょうか。こうした脳の比較グセはすべて、かつては生存するためになくてはならないものでした。現代というジャングルのなかで生きる私たちが物事を比較するのは、脳にとって当然の機能。罪悪感を抱く必要はまったくありません。
ただし、現代は「比較グセ」が過剰に反応しやすい環境にあります。大切なのは、比較が起きたときに「これは脳の自然な反応だ」と理解すること。そうすれば、心の揺れは静かになり、目の前のしあわせを見つめられるようになります。
■SNSが「比較中毒者」を増やしている
現代社会において、私たちの脳を「比較中毒」にさせやすいのがSNSです。
寝る前に「少しだけ」のつもりで開いたのに、気づけば30分以上スマホをスクロールしていた。

誰かの投稿を見て「いいな」と思った直後、自分の生活が少しつまらないもののように感じる。
そんな経験がある人も多いのではないでしょうか。
SNSのタイムラインには、他人の成果や楽しそうな瞬間、評価された出来事が次々と流れてきます。私たちは無意識のうちに、それを自分の現在地と照らし合わせ、「自分は遅れていないか」「足りているか」と考えてしまう。しかも比較の対象は、身近な数人だけではなく、世界中の何百人、何千人へと広がっていく。結果として、私たちは毎日、知らないうちに比較のトレーニングを繰り返しているのです。
■「いいね数」「フォロワー数」が脳を刺激
さらにSNSには、アルゴリズムによって「あなたが好きそうなもの」が集まってきます。自分の好みと近い見知らぬ誰かの人生の「ハイライト」を自分の日常と並べれば、焦りや取り残された感覚が生まれるのは当然のこと。
そこに「いいね」やフォロワー数といった数字が加わると、焦る気持ちはさらに強まります。これらの数字は、脳の報酬系を刺激する要素だからです。数字が増えれば気分が軽くなり、減れば落ち込む。こうしてSNSは、私たちの感情を揺らしやすい環境をつくるのです。
もちろんSNSそのものが悪いわけではありません。問題は、SNSを通じて、比較する回路だけが鍛えられてしまうこと。だからこそ大切なのは、比較をやめることではなく、「いま脳が比較しているな」と自分自身が気づくことなのです。
■「衝動を抑えられない若者」を生んでいる
SNSを見る際、多くの人が利用するのがスマホですが、近年では、スマホの過剰使用が脳に与える影響についても研究が進んでいます。たとえば、スマホの問題的使用が見られる青少年は、報酬系や行動制御に関わる脳の部位(線条体の一部である尾状核)の体積が減少していたという研究結果があります(Yoo et al., 2021)。
また、インターネット依存傾向のある青少年では、行動の抑制に関わる前頭前野と大脳基底核をつなぐ回路の機能的なつながりが弱まっていたことが報告されています(Li et al., 2014)。この研究は、インターネットの使用が、衝動を抑えたり、行動にブレーキをかけたりする力を低下させる可能性を示唆するものです。
もちろん、スマホが直接脳を変えると断定できるわけではありません。ただ、無意識にタイムラインをスクロールし続ける時間が、「衝動に反応しやすい脳」をつくるトレーニングにもなっている可能性は十分にあります。

----------

菅原 道仁(すがわら・みちひと)

脳神経外科医

菅原脳神経外科クリニック院長。医療法人社団赤坂パークビル脳神経外科理事長。1970年生まれ。杏林大学医学部卒業後、クモ膜下出血や脳梗塞といった緊急の脳疾患を専門として、国立国際医療研究センターに勤務。2000年、救急から在宅まで一貫した医療を提供できる医療システムの構築を目指し、脳神経外科専門の北原国際病院(東京・八王子市)に15年間勤務。毎月1500人以上の診療経験をもとに、2015年6月に菅原脳神経外科クリニックを開院。現在は、頭痛、めまい、物忘れ、脳の病気の予防を中心に医療を行う。著書に『すぐやる脳』(サンマーク出版)など。

----------

(脳神経外科医 菅原 道仁)
編集部おすすめ