若手の離職率が高い介護業界で、新卒の離職が3年連続ゼロという会社がある。介護業界の中でも終末期を迎える患者宅を訪れマッサージを施す事業を主軸にするフレアスだ。
体力だけでなくメンタル面もタフさが求められる仕事で、離職ゼロの理由とは――。
■人生最後の2年の価値を最大化する仕事
フレアスは療養から看取りまで、トータルに在宅介護を支援する企業だが、その柱は創業から一貫して変わらない、医療保険を適用する訪問による在宅マッサージだ。
医療保険適用のためには医師の同意書が必要で、訪問の対象となるのは寝たきりや歩行困難な要介助の方達で、元気な人は対象外だ。施術者が一人の高齢者と関わる平均年数は2年間、「人生最後の2年ぐらい」の期間に使えるサービスとなっている。
スタッフは都内なら自転車で、地方では車で利用者宅に伺い、25分から30分ほど(鍼灸を含む)の施術を行う。麻痺や関節拘縮などの症状にはマッサージ、神経痛やリウマチなどには鍼灸施術を、変形徒手矯正施術や、運動法による機能訓練などを行う。週に2~3回、月に10回は利用者宅を訪問することが多い。
施術者は1日、最大10件ほどを担当し、利用者と家族のような親密な関係になることが多い。それほど、信頼されているわけだ。
創業者であり、社長の澤登拓さんはこのサービスを、「時間の価値の最大化」の提供だと考えている。
「人生最後の時間に、もう死んだほうがマシだと思っている人が、マッサージによって痛みが消えてぐっすり眠れるとか、座れるようになったとか、トイレに自分で行けるようになったとか、少しでも変わっていければ、前向きになれるじゃないですか。僕らは命を延ばすことはできないんだけれど、その人の残された時間をよりよいものにしていくことはできる。
“時間の価値の最大化”を、提供しようということです」
■在宅介護を家族だけに任せてはいけない
澤登さんによれば、日本の高齢化率は30%。人類史上に例がなく、今後50年間は、世界の高齢化率のトップランキングを走り続けるという。さらには団塊ジュニアが前期高齢者となる「2040年問題」もあり、その10年後の2050年には介護を必要とする人のピークを迎えると言われている。日本社会で介護の比重が、どれほど重くなることか。
「残念ながら、ピンピンコロリで亡くなる方は人口の10%しかいないんです。90%は長い短いはあっても、介護を受けるんです。70%の方が病院で亡くなるって、これは世界で最も高い比率です。国は2012年、介護の在宅シフトを宣言しています。でもそれを家族だけに任せたら、前向きにはなれない。だから我々、外部の人間が自宅を訪問して、痛みを取り、動けるように訓練していくことで、ご本人も家族も前向きになれるんです」
■マッサージで痛みが軽減
そもそもマッサージは寝たきりの人だけでなく、がん末期など終末期の人間にも非常に相性がいい。東京大学との共同研究で、マッサージで痛みが軽減することも明らかになっている。
「治らない状態でも、人はやっぱり触れてほしいし、痛みを取ってほしいんです。
モルヒネで痛みは無くなるけれど意識が朦朧となって、覚醒時間が少なくなる。マッサージで痛みが軽減すれば、覚醒時間が増え、生活の質が上がるわけです。在宅マッサージには、いろんな可能性があると思っています」
澤登さんはよく各地の事業所行脚をしているが、肌で感じるのは、どこの事業所も働いている人たちがとても明るいということだ。介護は苦しい仕事ではなく、楽しく前向きに行うものだと、実際に向き合っている人たちが教えてくれる。これが、フレアスなのだ。
マッサージを受けることで寝たきりになっても最後まで笑い合え、働く側も感謝の思いをモチベーションに、楽しく前向きに誇りを持って仕事をする。「いい循環ができている」と、澤登さんは心からうれしく思う。
「明るく笑い合って、前向きなエネルギーで仕事ができるって最高ですね。ES(従業員満足度)調査をすると、社員の9割が仕事にプライドを持っているんです。いい仕事だと思っている。『ありがとう、ありがとう』って言われて」
社会貢献を果たすことと社員の幸せは、フレアスでは同義語だ。この“幸せのサイクル”こそ、フレアス自身の存在価値なのだ。

■FAX文化が残る介護業界
最大の問題は人手不足、泣きどころはマッサージ師がそもそもいないということだ。
「介護を必要とする700万人中、我々は業界最大手でありながら、1万5000人しかやっていない。10倍の人がいたら、もっと提供できる。ニーズはどんどん高まるのに、人がいない」
まず取り組んだのは、テクノロジーの活用による業務効率化だ。
「介護業界っていまだに、FAX文化なんです。AIを使ってペーパーレスにすれば、30%から40%の業務効率を改善できます。報告書も、マッサージしながら施術師が話していることをAIが記録化すれば、チェックだけで済むわけです」
■マッサージ技術150項目を見える化
もう一つは、生産性を上げることだ。国の診療報酬が決められている以上、物価上昇による価格転換はできない。生産性を上げるために重要なのは、技術の高度化を図ることだ。そこで、「教育」が要となる。
フレアスでは人の感覚に頼っていたマッサージ技術を150項目に分け、「見える化」を実現した。
「手の当て方とか角度とか、全て、評価者によって差がなくなるようにしたんです。
感覚的なものを『見える化』して、クオリティを担保する。“口伝”の世界に、評価という物差しを入れた。これは我々だけです」
動画も1000本以上作り、社員ならいつでもどこでもスマホでマッサージのテクニックを学ぶことができるし、毎回、テストがついているので、各人のレベルも社内でわかる。このシステムにより全国どこの事業所の、どんな施術者によってでも、ばらつきのない高いレベルの技術が提供できるのだ。
技術を上げることにより、確実に生産性を上げることができるのは、「加算」が取れるからだ。現に3年前に比べて、3割ほど生産性は上がっている。
「たとえば、関節拘縮に対してアプローチをすることによって得られる加算があるんです。寝たきりで関節拘縮の人に関節可動域訓練をすれば、固まっていた箇所が伸びて、着替えがしやすくなったり、歩きやすいようになったりする。高いレベルの技術によって、利用者さんに利益を提供し、こちらも高い報酬を得ることができるということです」
生産性が上がれば、社員に還元できる。低収入だと言われるマッサージ業界の報酬を上げることで、働きたい人を増やすことができる。これも、「いい循環」だ。
■街の治療院が人気で訪問の採用は苦戦
毎年、1000人しか誕生しない鍼灸マッサージ師。
ゆえに採用活動にも、厳しいものがある。人材開発部次長の鈴木梨緒さんは明るくさらりと話すが、どれほどの苦労なのか。
「マッサージ師の資格が取れる学校は全国で21校のみ、すごく少ないです。そして、この枠は広がらない。学校とのつながりが強い業界なので毎年、何回か学校を回って、私どもを知っていただくよう働きかけたり、学校説明会には必ず顔を出しています。しかし、1000人からどれだけ、こちらに来てくれるかというと、街の治療院が一番人気で、訪問マッサージに行きたい子は2割から1割ですね」
■あえて「集合」の機会を増やし孤独を防ぐ
そんな中、今年は28名の新卒社員を得た。新卒とは専門学校や視覚支援学校を卒業し、資格を取得したばかりの4月入社の社員を指す。社長の澤登さんが「経験がないからこその、手厚いフォローアップがある」と言うように、新卒者を社として支える体制が作られている。鈴木さんが教えてくれた。
「同期制度を重視していまして、入社式には全国からメンバーを東京に呼んで、そこから2週間、合同研修を実施します。横のつながりが、ここで作られます。事業所では新卒は一人、訪問の仕事も一日中、一人で行うので、そういう意味では孤独です。
孤立しないようにエリアごとに定期的に集まり、半年ごとには全員が東京に集まるなど、あえて、“集合”を意識しています。年間6回、アンケートを実施して困っていることを吸い上げるなど、人事が主導して細やかにフォローアップしています」
医療保険による訪問マッサージゆえ、平均2年から3年の関わりとなる。終了は本人が亡くなるか、入院するか。家族のように関わっていただけに、亡くなった場合のショックは大きい。メンタルのサポートも社内では整っているというが、新卒者にとってダメージは大きいのではないか。鈴木さんはあえて、首を振る。
「新卒の志望動機はしっかりと聞いて、とても大事にしています。祖父母とよく接していたとか、地域貢献をしたいとか、自信を持って、この仕事に携わりたいと決めた子たちです。関わった高齢者が亡くなることを含め、覚悟を持って入社していますので、20代の子でも芯を強く持って仕事をしています」
■視覚障害者を転勤させる意図
収入や待遇面も大きい。街の治療院では、ボーナスが1万円という現実が実際にある。しかし、フレアスでは初任給が年300万円超、ボーナスもきちんとあり、社会保障、退職金制度も充実している。
ある新卒の視覚障害者を、澤登さんは「自立しようよ」と自宅から出して沖縄へ赴任させた。彼はやがて職場結婚をした。また地元で家を建てた人もいるという。フレアスでは視覚障害者であっても結婚し、家を持つことが可能なのだ。そうして建てた家は社員から、「フレアス御殿」と呼ばれている。
■1年で1000万円以上稼いだ女性
新卒で、60歳で採用された社員もいる。企業の定年間近に専門学校に通って資格を取り、新たな仕事に賭けようという気概のある人たちや、看護師や作業療法士など病院で働いていた人たちが、最後まで寄り添いたいと資格を取得し、入社してくる例もある。フレアスでは80歳の施術師が活躍している。60歳入社でも20年は働けるのだ。
さらには働き方をフレキシブルに選べるというのも、新卒に限らず、社員にとっても大きな魅力だ。
「ある女性から稼ぎたいので、業務委託にしてほしいと言われました。業務委託は社員でないので、働きたい放題。彼女は1年で2000万円以上売り上げ、1000万円以上の収入を得て結婚資金を貯めました。一旦、業務委託になっても、社員に戻るのも可能ですし、男性で育休取得も促進しています。働き方はフレキシブルだと思います。日本全国どこでも、本人が暮らしたい場所を選んで働けるのも、うちならではです」(澤登社長)
部長の副島志野さんに、この業界の離職率についてうかがうと、フレアスの稀有さがより鮮明になった。
「あんま鍼灸師の業界では公式の統計はないのですが、離職率は約30%と推定されています。そんな中、うちの離職率は7%で、10%を切っています。これは前からではなく、安定的な給与とボーナス、18時以降の残業禁止、週休2日制など、管理体制が確立されてからの数字だという認識です」
■最大の修羅場からの再挑戦
昨年、澤登さんが起業して以来、最大の修羅場を経験したことは前編で詳しく書いた。老人ホームを建て、終末期の人のホスピス事業に果敢に乗り出した矢先、同業他社の不正が発覚したのだ。
その結果、診療報酬が3~5割下がり事業譲渡するしかなくなった。
事業譲渡後は過去最高の収益となり、危機は去った。再び、自分たちのビジョンに向かって進んでいこう。原点に戻り、再挑戦しようという新たなフェーズに入ったのだ。
「マッサージは全体の高齢者からすると全然足りていないので、早く、多くの人に広げていきたい。全国に441カ所の営業所があるので、ここをプラットフォームとして、総合的に在宅療養を支える会社になりたいですね。働く人も前向きに介護を支え、利用者と双方にとって、プライドが持てるような環境を作っていきたいですね」
ここに、介護業界の確かな“希望”がある。介護という苦行しか思い浮かばない領域に、まさに“光”を届けてくれる営みだ。この貴重な営みを社会全体で支えていくべきだと、超高齢化社会まっしぐらのこの国に生きる者として思わずにはいられない。

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黒川 祥子(くろかわ・しょうこ)

ノンフィクション作家

福島県生まれ。ノンフィクション作家。東京女子大卒。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』(集英社)で、第11 回開高健ノンフィクション賞を受賞。このほか『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』(集英社)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『シングルマザー、その後』(集英社新書)、『母と娘。それでも生きることにした』(集英社インターナショナル)などがある。

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(ノンフィクション作家 黒川 祥子)
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