中国がひっきりなしに発信している日本に関する“偽情報”にどう対抗すればいいのか。国際基督教大学のスティーブン・R・ナギ教授(政治学・国際関係学)は「友好国でさえ、今も日本=フジヤマ・サムライ・アニメというイメージしか持たないケースが多い。
それは日本の対外的な発信が弱いことも要因。そのため、習近平が世界に拡散している『日本が再軍備化』という間違った情報が固定化されかねない」という――。
■日本=フジヤマ・サムライ・ポケモンでいいのか
海外で日本について語られるとき、昔も今も「富士山」「芸者」「侍」「すし」「アニメ」といった言葉が並びます。最近では「ポケモン」「ワンピース」「マリオ」といったキャラクターの名前も加わりました。こうした文化は、日本が世界に誇るべき財産です。実際、アニメやゲームをきっかけに日本語を学び始めた若者も多く、日本に親しみを持つ入口になっています。
しかし、それだけが日本の姿だと理解されているとしたらどうでしょうか。日本は単なる「楽しい文化の国」ではありません。世界有数の経済規模を持ち、精密機械や自動車、素材産業、医療機器などで世界を支えています。同時に、民主主義と法の支配を基盤に、選挙によって政権が交代し、外交などを通じて世界貢献しようと努めている国でもあります。
にもかかわらず、その「全体像」は海外で十分に共有されているとは到底言えません。
いまの国際社会では、「どう見られているか」が国の力を左右します。
企業は信頼できる国に投資します。学生は安定した国を留学先に選びます。観光客は安心できる場所を訪れます。国のイメージは抽象的な話ではなく、私たちの雇用や生活、将来の選択肢に直結しています。
もし日本が「軍事的に不安定な国」「過去と向き合っていない国」といった印象で語られれば、それは外交や経済にとって大きな損失です。そしてその印象が、事実とは異なる情報によって形作られているとしたら、なおさら深刻です。
習近平率いる中国はそうした偽情報の発信が極めて得意であり、後述するように、国家戦略として日本に関して意図的に事実と歪めた形で発信し続けています。偽情報を世界中にまき散らす作戦が功を奏していることに、習近平はほくそ笑んでいるに違いありません。
■日本研究に「偏り」があるワケ
2026年、カナダのアルバータ大学中国研究所は「How China Sees the World」という報告書を発表しました。
そこでは、中国の人々がどの国を脅威と感じているか、どの国を信頼しているかが世論調査データをもとに分析されています。その中で、日本は安全保障上の懸念対象の一つとして認識されていることが示されました。
この研究所では、中国の軍事予算の増加、南シナ海政策、台湾海峡問題、一帯一路構想などを横断的に研究しています。
経済、外交、安全保障をまとめて扱い、「中国という国家がいま何を考え、どこへ向かおうとしているのか」を分析しています。つまり、中国は現在進行形の戦略国家として研究されており、現地での中国シンパはどんどん増えていきます。
では、日本研究はどうでしょうか。
多くの大学では、日本研究といえばマンガ、アニメ、ゲーム文化、日本映画、ファッション、ジェンダー研究などが中心です。ボーイズラブ研究、日本の性表象、アイドル文化、町家建築、弁当文化、キャラクタービジネス分析など、きわめて細分化されたテーマも人気です。これらは決して軽視すべきものではありません。しかし、日本の防衛政策、経済安全保障戦略、財政問題、エネルギー政策、少子高齢化対策などを体系的に扱う授業は限られています。
■日本の「全体像」は届かない
私は香港中文大学で日本政治と外交を教えたことがあります。日米同盟、安全保障環境、インド太平洋戦略などを扱いましたが、受講生は30人前後でした。一方、マンガ文化やアニメ研究の授業には300人近い学生が集まりました。大学では受講する学生の数が、予算や教員数に直結します。人気分野は拡大し、政策研究は縮小する。
この構造は香港だけでなく、台湾、シンガポール、カナダ、アメリカでも見られます。
その結果、日本は「面白い文化の国」、いわばクールジャパンとしては世界的に人気がある一方、「戦略を持つ国家」としての理解が広がりにくいという構造的な課題を抱えているのです。結果として、日本=「フジヤマ・ゲイシャ・サムライ」もしくは、「アニメ・漫画・キャラクター」といったステレオタイプでしか海外では語られないというジレンマを抱えています。
■見えにくい日本の現実
しかし実際の日本は、静かに重要な役割を果たしています。
防災分野では、日本は世界でもっとも厳しい耐震基準を持っています。東日本大震災を経験し、早期警報システムや津波対策、避難マニュアルを改良してきました。新幹線が自動停止する仕組みや、高層ビルの制震構造は海外からも注目されています。インドネシアやトルコでは、日本の技術協力によって学校の耐震化や防災教育が進んでいます。
半導体分野では、北海道千歳市でラピダスが最先端チップの量産を目指しています。熊本ではTSMCの工場が稼働し、日本企業が材料や装置を供給しています。半導体は自動車や医療機器、AI、スマートフォンの基盤です。安定した供給体制を築くことは、日本だけでなく世界経済の安定にもつながります。

外交面では、「自由で開かれたインド太平洋」構想のもと、日本はフィリピンに巡視船を供与し、海上保安能力を支援しています。インドとは高速鉄道や港湾整備で協力しています。ASEAN諸国には港湾や道路整備、人材育成支援を行っています。オーストラリアやアメリカとは共同訓練を重ね、EUやカナダとも戦略対話を続けています。
これらは軍事拡張ではなく、地域の安定を支える政策です。しかし、こうした取り組みはポップカルチャーほど目立ちません。だからこそ、説明が必要なのです。
■習近平は偽情報をこう拡散している
偽情報は、決して曖昧な噂の形で広がるだけではありません。近年は、国家機関そのものが発信源となり、組織的かつ多言語で拡散されるケースが増えています。
たとえば、中国人民解放軍の公式アカウント「China Military」は、2026年版日本防衛白書の概要公表に関連して、次のような投稿をしました。そこでは、日本が子ども向けの防衛白書を作成し、小学校に配布していることを取り上げ、これを「意図的な洗脳」であるかのように描写しています。
投稿の主張を日本語に訳せば、こうなります。

「日本の防衛白書の背後にある子どもへの悪意」

「日本は近隣国の『軍事的脅威』を誇張し、国民の不安をあおっている」

「子ども向け防衛白書を小学校に配布し、“敵が外にいる”という意識を植え付けている」

「これは過去の軍国主義的プロパガンダの再来である」

「こうした動きは若い世代に敵意を植え付ける危険な試みだ」
さらに投稿は、日本の右派政治家が「外部の脅威を誇張して軍事拡張を正当化している」と断定し、「平和憲法を突破するための世論操作だ」とまで述べています。そして最後には、「架空の敵を作り出す国は、やがて自らの安全保障不安の犠牲になる」と締めくくられています。
問題は、こうした主張が単なる個人の意見ではなく、軍の公式アカウントから発信されている点にあります。しかも英語で投稿され、世界中のユーザーに届く形で拡散されます。同様の内容は、中国語、スペイン語、アラビア語など複数の言語でも流通し、日本に関する特定のイメージを国際社会に植え付けます。
ここで重要なのは、事実の一部を利用しながら、全体像を歪めている点です。日本の防衛省が子ども向けにわかりやすい資料を作成しているのは事実です。しかしそれは、防衛政策の内容を平易に説明するための広報活動であり、「敵意を植え付ける」ための教材ではありません。にもかかわらず、「軍国主義の再来」「子どもへの洗脳」といった強い言葉を使うことで、歴史的記憶と結びつけ、感情的な反応を引き出す構図が作られています。
添付された風刺画も象徴的です。軍国主義的存在のガイコツが、「Falsified History(捏造された歴史)」と書かれた注射器を学校に突き刺している。子どもたちが見上げている。
これは明確に、「日本が子どもに危険な思想を注入している」という印象操作を狙った視覚的メッセージです。画像は言葉以上に強く記憶に残ります。
■日本は危険という印象を固定化させる
こうした発信が問題なのは、第一に、日本の政策議論を単純化し、「再軍備=悪」という二項対立に落とし込んでしまうことです。第二に、歴史問題を利用して現在の政策を道徳的に断罪する構図を作り出すことです。そして第三に、それが世界規模で拡散されることです。
しかも、この種の発信は一度きりではありません。防衛費、憲法改正議論、台湾海峡情勢など、関連するテーマが出るたびに繰り返されます。繰り返されることで、「日本は危険な方向に進んでいる」という印象が徐々に固定化されていきます。
では、なぜより強い対抗措置が取られていないのでしょうか。なぜ日本側は、こうした投稿一つひとつに対して、迅速かつ体系的に反論し、誤解を正す努力を十分に行っていないのでしょうか。
国家機関が発信する明確な誤情報に対し、沈黙はしばしば「事実上の承認」と受け取られかねません。もちろん、すべての投稿に反応することは現実的ではありません。しかし、戦略的に繰り返される物語に対しては、戦略的な説明が必要です。クールジャパンをアピールすることは悪くはありませんが、「悪意」ある他国の拡散にはしっかり対抗しないといけません。
情報空間は、空白を放置すれば、誰かが埋めます。そしてその「誰か」は、必ずしも日本の利益や事実を尊重するとは限りません。
だからこそ、偽情報は単なるオンライン上の雑音ではなく、外交・安全保障の課題そのものなのです。
■必要なのは丁寧で迅速な対外発信
では、私たちは何をすべきなのでしょうか。
大きな制度の話に聞こえるかもしれませんが、やるべきことは決して特別なことではありません。大切なのは、「わかりやすく、続けること」です。
まず必要なのは、丁寧で迅速な対外発信です。難しい専門用語を並べても、一般の人には届きません。たとえば防衛費の増額について説明するなら、「なぜ増やすのか」「周りの国では何が起きているのか」「日本は何を守ろうとしているのか」を、図や短い動画を使って簡潔に伝えるべきです。
SNSでは、長い論文よりも、要点をまとめた説明のほうが広がります。誤った情報が出た場合には、できれば24時間以内に事実関係を示す。その積み重ねが信頼につながります。
次に重要なのは、海外で日本を学ぶ環境を少しずつ変えていくことです。いきなり「マンガ研究を減らす」必要はありません。しかし、同時に日本の政治や経済、安全保障について学べる機会も増やしていく必要があります。
たとえば、海外の大学に「日本政策講座」を設け、そこに安定した資金を提供することが考えられます。短期的なイベントではなく、5年、10年単位で続く講座があれば、若い研究者も安心して専門分野を選ぶことができます。学生も、「日本には文化だけでなく、政策という面もある」と自然に学ぶことになります。
■海外の大学で日本に関する講義を
さらに、実務の現場を知る人の声を届けることも大切です。元外交官や防衛専門家、経済政策に携わった官僚などが海外の大学で講義を行えば、教科書だけでは伝わらない現実が共有されます。「日本はなぜこの政策を選んだのか」「どんな議論があったのか」といった具体的な話は、学生の関心を引きます。実際の経験は、抽象的な議論よりも強い説得力を持ちます。
そしてもう一つ重要なのは、数字と事実を見える形にすることです。日本がどれだけ防災支援を行ってきたのか、どれだけインフラ投資をしてきたのか、半導体産業にどの程度投資しているのか。これらをわかりやすい図や地図、写真付きで公開すれば、専門家でなくても理解できます。難しい報告書だけではなく、誰でも読める形で情報を出すことが必要です。
こうした取り組みは、すぐに劇的な効果を生むものではありません。しかし、静かに積み重なっていきます。信頼は一度に築かれるものではなく、説明と理解の繰り返しの中で育つものです。焦らず、しかし怠らずに続けることが、日本の未来を支える力になります。
■誤った印象の蓄積→「事実」として固定化
日本は文化の国であり、同時に政策の国です。マンガやアニメは世界に誇るべき力ですが、それだけでは日本の全体像は伝わりません。防災技術、半導体戦略、外交努力など、日本は静かに、しかし確実に国際社会を支えています。
問題は、それが十分に知られていないことです。知られていなければ、評価もされません。そして評価されなければ、誤解が入り込む余地が生まれます。誤った印象が積み重なれば、それはやがて「事実」のように扱われてしまいます。イメージはゆっくりと形づくられ、気づいたときには修正が難しくなります。
だからこそ、日本は自らの姿を、自らの言葉で、わかりやすく語り続ける必要があります。派手な宣伝ではなく、丁寧な説明を積み重ねることが大切です。
自分の物語を自分で語らなければ、誰かが代わりに語ります。しかも、たいていはあまり都合のよくない形で。

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スティーブン・R・ナギ
国際基督教大学 政治学・国際関係学教授

東京の国際基督教大学(ICU)で政治・国際関係学教授を務め、日本国際問題研究所(JIIA)客員研究員を兼任。近刊予定の著書は『米中戦略的競争を乗り切る:適応型ミドルパワーとしての日本』(仮題)。

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(国際基督教大学 政治学・国際関係学教授 スティーブン・R・ナギ)
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