※本稿は、藤平信一『力を抜く練習 動じない自分の養い方』(幻冬舎)の一部を抜粋・再編集したものです。
■正しい姿勢は「気をつけ」ではない
本来あるべき「自然な姿勢」について、具体的に見ていきましょう。
「正しい姿勢で立ってください」と言われると、多くの方は、学校で習った「気をつけ」の姿勢を思い浮かべるのではないでしょうか。「背筋をピンと伸ばして」「胸を張って、あごを引いて」といった先生の言葉が記憶にあるかもしれません。
しかし、この「気をつけ」は、決して自然な姿勢とは言えません。実際に体験してみると、その理由が分かります。
一度「気をつけ」の姿勢で立ってみてください。背筋を伸ばして胸を張った瞬間に、体にこわばりを感じませんか? 特に胸のあたりに窮屈さを覚え、心が上ずってしまうような感覚があるはずです。
この状態は体が緊張し続けているため、維持することは大変で、すぐに疲労してしまいます。一見、しっかり立っているようでも、実は非常に不安定な姿勢なのです。
この事実を客観的に確かめる方法があります。
■氣のテスト①「不安定な姿勢を確かめる」
姿勢の「確認を受ける人」と「確認をする人」の2人で行います。
1.確認を受ける人(Xさん)は、「気をつけ」の姿勢で立ちます。背筋をしっかりと伸ばし、胸を張って、あごを引き、手の指先は真っ直ぐ伸ばして体の横につけます。脚もピンと伸ばして両足のかかとを合わせます。
2.確認をする人(Yさん)は、Xさんの体の中心(胸の上部のあたり)に手のひらを置き、相手に対して真っ直ぐ静かに押してみます。このとき、Xさんは無理に抵抗せず、そのまま立っていてください。
■自分の重みを活かせない姿勢はNG
いかがでしょうか。Xさんは驚くほど簡単に、バランスを崩して後方に動いてしまうはずです。これはXさんの体格の問題ではなく、体に力みが生じて不自然な姿勢になっていたからに他なりません。
体に余分な力みが生じていると、外からのわずかな力に対しても柔軟に対応できず、脆さが露呈してしまいます。
たとえば、重量60キログラムの安定した箱を想像してみてください。この箱が、軽く押しただけで動くことはまずありません。同じ体重の人間が簡単に動いてしまうのは、その姿勢が自らの重みを活かせていない、不安定な状態である証しだと言えるでしょう。
それでは、安定した立ち方とは、一体どのような姿勢を指すのでしょうか。これも実際に体を動かして確かめてみましょう。
■氣のテスト②「安定した姿勢を確かめる」
1.Xさんはその場で、軽く足踏みをします。足踏みの仕方を細かく気にする必要はありません。腕を振って数秒ほど足踏みを続け、最も足踏みしやすいと感じる足幅を確認します。
2.その足幅のまま、次に、Xさんはつま先立ちをします。このとき、できるだけ足先に余計な力を入れずに行うことがポイントです。もしふらついてしまう場合は、何度か繰り返すか、あるいは壁にそっと手で触れて支えても構いません。
3.Xさんがつま先立ちをしている姿勢を、Yさんが横から目視で確認します。
4.つま先立ちの状態で姿勢が安定したら、Xさんはかかとを静かに下ろします。体に衝撃を与えないよう、そっと着地することが大切です。
5.最後に、YさんはXさんの胸の上部あたりに手のひらを置き、先ほどの【氣のテスト①】と同じ強さで、真っ直ぐ静かに押してみます。Xさんは無理に抵抗しようとせず、そのままの状態で立っています。
■姿勢が整えば自分の力を最大限に引き出せる
いかがでしょうか。今度はXさんの姿勢が、まるで大地に根を張ったかのように盤石になっているはずです。これこそが、人間が本来持っている、自然にバランスが取れた姿勢なのです。
あまりの安定感に、Xさんは「本当に同じ力で押している?」と、Yさんの力を疑いたくなるかもしれません。それほどまでに、外部からの力を受けない感覚があるはずです。
ここでは、決して筋力で踏ん張っているのではありません。体に余分な力みがなく、頭から足先まで「全身が一つの状態」になったことにより、意識せずとも自然に安定した姿勢が保たれているのです。
何事においても、土台が定まらなければ、持っている力を十分に発揮することはできません。姿勢が整うことで、私たちは初めて、自身の持てる力を最大限に引き出すことが可能になるのです。
■なぜ「つま先立ち」だけで体が変わるのか
つま先立ちをしてバランスを確認し、そのままかかとを静かに下ろす――。たったこれだけのことで、驚くほど姿勢は安定します。なぜ? 不思議に思われるかもしれません。
その鍵は「足先」のあり様(よう)です。つま先立ちをしてバランスを確認するとき、私たちは無意識のうちに足先まで細やかに意識を届かせ、全身の状態を感じ取ろうとします。
その感覚を保持したまま静かに着地することで、足先にまで「氣が通っている」状態になるのです。
反対に、「気をつけ」の姿勢では、足先への注意は希薄だったはずです。「背筋を伸ばす」「胸を張る」といった上半身の形にばかり意識が向き、結果として上体に余分なカみが生じ、意識が浮き上がってしまいます。
土台である足先に氣が通っていなければ、外からのわずかな揺さぶりに対しても脆くなるのは必然です。この不安定な状態こそが、文字通り「足が地につかない」という言葉の語源とも言えるでしょう。
さらに、土台が不安定なままだと、体は無意識のうちに別の場所をこわばらせてバランスを保とうとするため、全身に余計な疲労が蓄積してしまうのです。足先にまで氣が通っていること。これこそがあらゆる動作の基本となります。
■間違った姿勢だと転倒や怪我に繋がる
よく「老いは足から」と言われますが、厳密に言えば、それは「足先」の機能低下から始まります。
本人は足を上げているつもりでも、実際には足先まで意識が届かず、わずかな段差でつまずいてしまう。それが転倒や怪我につながり、生活の質を損なう悪循環を生んでしまうのです。
足先は成長期のお子さんにとっても重要です。近年、片足でうまくバランスを保てないお子さんが増えていますが、その主な原因は、体重がかかと側に片寄り、足先まで氣が通っていないことにあります。
こうした不自然な姿勢のまま成長することは、将来的に様々な体の不調を招く懸念があります。しかし、決して心配する必要はありません。どのような年代の方であっても、ここでお伝えした方法で、足先の感覚を健やかに保つことができます。
■時々つま先立ちをして姿勢を正す
自然な姿勢の確認は、つま先立ちをして、体が後ろに反っていないかを確かめ、安定したらかかとを静かに下ろすだけ。
以前、NHK総合の「あさイチ」でスタジオに生出演してこの方法を紹介した際も、多くの視聴者から「日常の動作が格段に楽になった」という喜びの声をいただきました。
仕事の前、大事な場面に臨む前、重い荷物を持つ前、キッチンに立つ前、運転の前など日常生活の様々な場面で、あるいはちょっと疲れたと思うときなどにも、つま先立ちをして自然な姿勢を確認してみてください。
たったこれだけの動きで姿勢は驚くほど安定し、本来の力を発揮できるようになります。さらに疲労も格段に少なくなります。
一日数分で済む習慣です。ぜひ、日々の生活の中に取り入れてみてください。
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藤平 信一(とうへい・しんいち)
心身統一合氣道会会長
1973年、東京都生まれ。東京工業大学(現:東京科学大学)生命理工学部卒業。合氣道十段の藤平光一より指導を受け、心身統一合氣道を身につける。現在は心身統一合氣道会の会長として、国内外で指導、普及に努める。また経営者・アスリート・アーティストなどを対象に人材育成にも携わる。2010年から米大リーグのロサンゼルス・ドジャースで選手・コーチを指導。NHK総合「あさイチ」をはじめ、メディア出演多数。
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(心身統一合氣道会会長 藤平 信一)

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