※本稿は、金子大作『ロシア軍の日本人兵士 最強の特殊部隊「アフマット」で見た地獄』(講談社)の一部を再編集したものです。
■“時速150km”でドネツクを爆走
「あなたがダイサク・カネコか?」
国境まで一人で出迎えに来てくれた司令官はそう尋ね、駐車していた自動車に乗るよう僕を促した。乗り込んだのは軍用車ではなく、真っ黒の「メルセデスAMG」だった。ベンツ社が誇るスーパーカーは轟音を響かせながら走り出した。
「タバコは吸う? 自由に吸っていいから楽にしなよ」
司令官はウクライナ東部ドネツク州の街中を時速150kmの猛スピードでかっ飛ばす。タバコをふかすと、灰が飛び散り、車内で粉雪のように舞った。道路はところどころ舗装が剥がれてデコボコしていた。しかし、どんなに悪路でも司令官はスピードを緩めない。
後に知ることになるが、軍隊の車両は緊急車両と同じ扱いだ。どれだけスピードを出しても違反で捕まることはない。目的地であるドネツク州の都市・マキイフカの基地には、およそ2時間で到着した。
末端の兵士に全容は知らされていないが、SVOの主力となっているロシア国防省陸軍には30万人前後の兵士が所属しているとされる。陸軍には複数の師団があり、師団は大隊と中隊で構成。師団の規模にもよるが、中隊には突撃部隊(100~300人)、砲撃部隊(50人程度)、ドローン部隊(50人程度)、狙撃部隊(ごく少数)などがあり、それぞれに司令官がいる。
「旅団」は師団よりも少し規模が小さいが、やはり大隊と中隊で構成。ピャトナシュカ旅団もその一つだ。
■「まずは君のスマホを見せてくれ」
話を戻そう。マキイフカの基地に到着した僕は、すぐにピャトナシュカ旅団の最高司令官が待つ個室へと通された。
「話は聞いているが、まずは君のスマホを見せてもらっていいか?」
最高司令官は開口一番、僕にそう告げた。
「はい、こちらです」
と言って差し出すと、こう続けた。
「iPhoneか。SiriとGoogleをログアウトしてくれないか。現在地もオフに」
ロシア軍ではiPhoneの使用は推奨されていない。
「パスポートは持っているかい?」
最高司令官は僕からパスポートを受け取ると、隣のデスクに座る兵士にそれを渡した。専用の端末で読み取ると、情報がすべて画面に映し出されたようだ。
犯罪歴の有無を聞かれ、少年刑務所にいたことを正直に答えた。ピャトナシュカ旅団にはさまざまな経歴を持つ外国人兵士が多数在籍しているだけに、最高司令官に気にした様子はなかった。
「彼らもいろいろと聞きたいみたいだから、そのまま質問に答えてくれ」
しばらく質問を続けた後、最高司令官は周りにいた軍人らを見回した。視線が僕一人に注がれる。ここから取り調べに近い聴取が始まった。
■「祖国にミサイルが降ってもいいのか」
「なぜロシアに来たのか?」
「ロシアで戦いたいからです」
「日本はアメリカの属国じゃないのか?」
「それが嫌でロシアに来たんです」
「君の祖国にミサイルの雨を降らせることになるかもしれないが、いいのか?」
「僕個人がどうこう言えることではないし、どうこうできることでもない」
「ロシア語ができずに、どうやって戦うのか?」
「すぐに覚えます」
次から次へと質問を投げかけられ、途中からは翻訳アプリの手を借りた。
「銃を撃ったことがあるのか?」
「東南アジアであらゆる銃を撃っていました」
スマホで撮影した僕の射撃動画を見せると、納得したのか、最高司令官がこう言った。
「まあいい。とりあえずテストをしよう。
歓迎ムードはほとんど感じられなかった。まさかこのまま拷問部屋へと通されるのではないだろうか。案内の兵士について薄暗い通路を歩いていると、そんな疑念もよぎった。
連れて行かれた場所は倉庫だった。扉を開けると衣類や備品などが山積みにされており、まっさらな戦闘服や靴、防弾ベストなどを受け取った。それらを持って今度は大部屋へ。何人もの兵士が生活する居室だ。
■日本人の扱いは「まるで芸能人」
「今日からここで生活してくれ」
案内の兵士がそう言うと、同部屋の兵士たちの視線が一斉に集まった。仏頂面をしている者、興味なさそうな者、好奇心を隠そうとしない者、色んな目をした兵士がそこにはいた。
「わからないことがあれば、ここにいる仲間たちに聞いたらいいから」
案内人の兵士がそう言って立ち去った途端、数人の兵士たちが近寄ってきた。
「なぜロシアに?」という率直な疑問から、「日本に侍はまだいるのか?」という文化的な興味まで矢継ぎ早に質問が飛んできた。詰問ではなく、芸能人を見るかのような好奇心。
「日本人の志願兵が来ると噂になっていたんだ。僕が生まれて初めて見る日本人だ!」
そう言って興奮している兵士もいた。予想外の反応に拍子抜けした。途中から喫煙が可能な基地の中庭に移動して、輪になって質問攻めにされた。
「日本のテクノロジーは最高だよね!」
「日本人はみんな家に道場があって、幼い頃から父親に武道を教わっているんだろ?」
「チョンマゲの人の割合はどれくらい? 普段から着物を着てる?」
「アニメ最高だよね!」
屈強な大男たちが、すごく嬉しそうだ。
■「日本人は武道をしているから強い」という偏見
〈ロシア軍の兵士って、こんなにフレンドリーでミーハーなんやな……〉
心の中で呟きながら、彼らとの距離は一気に縮まった。身長170cm弱の僕よりも、兵士たちは皆、頭1つ分くらい大きいが、彼らが信じて疑わないことが一つあった。
「日本人は武道をしているから強い」
実際、誰一人、舐めた態度を取る奴や喧嘩腰の奴はいなかった。そしてもう一つ、利点になった経歴がある。あの忌まわしき奈良少年刑務所の過去だ。
プーチン政権は兵士不足を補うために多数の受刑者を軍に投入したと報じられているが、実際、マキイフカの基地にそんな「受刑者兵」はいた。
「お前か、日本からやって来た兵士は!」
受刑者兵たちも日本人に興味があるようだ。悪さをしたエピソードを話すと、いつも大爆笑だった。
受刑者兵からいつの間にか「サムライ」と呼ばれるようになり、それがそのままコールサインになった。軍隊では本名を名乗らず、コールサインで互いを呼ぶ。
■“刑務所でスカウト”された民間兵たち
「サムライ、こっちに来て一緒に遊ぼうぜ」
彼らはフランクに僕を呼び、さまざまな話を聞かせてくれた。
受刑者兵はもともと民間軍事会社「ワグネル」に所属していた。ウクライナ侵攻が始まった後、創設者のエフゲニー・プリゴジンが自ら刑務所を訪れ、受刑者をスカウトしたのだという。ワグネルは全盛期に約8万5000人の勢力を誇ったとされるが、半数近くが「受刑者兵」だったとも言われている。
プリゴジンは2023年6月に突如としてプーチン政権に反乱を起こすが失敗に終わり、2カ月後に乗っていた航空機が墜落して死亡した。その後、ワグネルの兵士たちはロシア国家親衛隊や国防省傘下の組織など各地の部隊に編入。
「俺たちはワグネルの兵士だ。半年間戦闘すれば、釈放すると約束してくれたんだ」
ある受刑者兵はそう言っていた。絵に描いたように無茶苦茶な奴らだが、一度親密になるとファミリーのような扱いをしてくれる。
「サムライ、こっちを見てみろ。戦闘中にパクってきたアメリカのクレイモアだ。どうだ、スゲーだろ! これを繋いだら基地がぶっ飛ぶぞ。ヒャハハハハ」
■予告なく始まった“入軍テスト”
クレイモアとは地雷のことで、ケースの中には「C4」という爆薬も入っていた。雷管も差し込んであるからコネクターを繋げば即爆発する。そんな物騒なモノを平気で部屋に隠し持っていたのだ。
彼らは監視役の兵士を脅し、やりたい放題だった。禁煙の部屋でタバコを吸い、酒を飲み、薬物まで楽しんでいた。
外国人義勇兵は民兵扱いのため、軍から支給されるのは最低限の物資だけ。ナイフなどの武器は町に出て自分で購入しなければならないが、僕は受刑者兵からあらゆる新品の物資を抱え切れないくらいプレゼントしてもらった。
元ワグネルの受刑者兵と友人になった日本人がいる……。そんな噂は基地中に広まり、基地に来てすぐに僕は一目置かれる存在になった。
ロシア軍の基地に来て最初に面食らったのは、ドネツクの気温だ。日本より緯度が高いから涼しいと思い込んでいたが、真夏のドネツクの最高気温は38度にまで上がった。
そんな猛暑のなか、僕の「入軍テスト」は予告なく始まった。
「トラックに積む迫撃砲弾を2t運んでくれ」
基地に到着した初日、いきなりこんな雑用を命じられた。見守り役なのか、隣には国防省の人間がつきっきりだ。1箱30kg以上ある迫撃砲弾が入った箱を次から次へとトラックに運んだ。
■徹夜のドローン警戒が3日間続いた
「サムライ、部屋に帰って休んでいいよ」
そう言われていったん部屋に戻ったが、汗だくのシャツを着替えて一息ついていると、すぐさま別の雑用に駆り出された。今度は基地内の建築現場でブロックを積む作業だ。再び汗まみれになると、別の仲間が大きな声で名前を呼ぶ。
「サムライ、サムライ、ちょっと食堂に来て」
ようやくご飯か……浮かれ気分で食堂に行くと、「ほい」とナイフを手渡された。
「皮剥きをしてくれないか」
テーブルに置かれたジャガイモの山を前に、まさか料理担当にされないだろうなと不安がよぎる。料理は得意だったので皮剥きぐらいはお手のもの、と言いたいが、先程の作業で指先にまったく力が入らない。
それでも約2時間、ジャガイモを剥き続けていると、司令官らしき身なりの整った人たちが、かわるがわる見に来た。
〈ロシア人、ジャガイモ好きやなぁ〉
そんな心境でひたすら剥き続けて、ようやくすべて終えた。夕方、疲れ切って部屋に戻ると、「今日は徹夜でドローンの警戒をする」との任務を告げられ、眠たい目を擦りながらドローンの監視活動に向かった。
完徹した翌日も似たような任務が続いた。時には寝ている最中にいきなり起こされて、料理や掃除、力仕事といった雑用を命じられることもあった。そんな生活が3日間にわたって続いた。肉体的な疲労はピークに達し、睡眠不足で意識も朦朧となった。
■数百人に1人の狙撃手に選ばれた
そして、4日目の朝を迎えた。
「サムライ、ついてこい」
上官に連れていかれた場所は射撃訓練場だった。
「今からこの銃で、あの的を撃ってみろ」
持たされた銃は、最新型のAK-74。第二次世界大戦後に有名になった自動小銃だ。弾薬を詰めて目標物を見つめる。A4サイズの的まで約100m。抜き打ちのような射撃訓練だったが、動揺はまったくなかった。田村装備での訓練を通じて、肉体的な疲労があっても平常心を保つ方法は学んでいた。
神経を研ぎ澄まし、スコープを覗く。放たれたすべての銃弾が的を撃ち抜いた。いま考えれば、これまでの雑用がすべてテストだったことがわかる。疲労がたまる作業を3日間にわたって続けさせた上での射撃訓練で、実力を測ったのだ。
司令官から「スナイピルの経験はあるか?」と聞かれた。スナイピルとはロシア語でスナイパー(狙撃手)のことだ。
「ミル公式(スコープだけで敵までの距離を測る方法)の計算もできます」
そう答えると、司令官は強い口調でこう言った。
「部隊ではスナイピルが圧倒的に足りない。だからお前はスナイピルになれ」
僕はこうして、ロシア軍で数百人に1人しか採用されない狙撃手に選ばれた。
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金子 大作(かねこ・だいさく)
ロシア軍特殊部隊「アフマット」所属
1975年、大阪府生まれ。20代で大阪府内に板金塗装会社を設立。2000年代初頭の「VIPカーブーム」に乗り財を成した。2023年8月にロシアへ渡り、外国人傭兵部隊「ピャトナシュカ旅団」に狙撃兵として採用。現在は特殊部隊「アフマット」に所属する。アウディーイウカ、ルガンスク、クルスクなど激戦地での戦闘を経験。2026年5月現在は、ベルゴロドで戦う。著書に、『ロシア軍の日本人兵士 最強の特殊部隊「アフマット」で見た地獄』(講談社)がある。
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(ロシア軍特殊部隊「アフマット」所属 金子 大作)

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