■日米で交わされた「那覇空港」の知られざる事実
沖縄の那覇空港の国内線乗降客数は、羽田、新千歳、福岡に次ぎ全国4位だ。国際線をあわせると2025年度の乗降客数は過去最高となる2346万人となった。アジア10都市につながる空の玄関口だが、実は陸・海・空の自衛隊が集結する全国唯一の民間空港であり、すでにそのキャパシティーは限界に達している。
この重要な航空インフラが、有事の際には米軍の戦闘の作戦拠点として使われる――。そんな筋書きが、30年前の普天間返還合意の時点から日米間で「既定路線」として共有されていた事実が浮かび上がった。
市民生活を支える公共インフラの軍事利用が住民の頭越しに進む事態は、決して那覇空港固有の問題ではない。
自衛隊や海上保安庁が平時から円滑に利用できるよう国と管理者が枠組みを設けた「特定利用空港・港湾」の指定に見られるように、生活基盤が国家の安全保障の論理に絡め取られていく構図は、全国的な課題となっている。
現在進行中の中東の紛争が証明するように、軍事利用の容認は防衛の盾どころか、真っ先に攻撃を呼び込む標的となるリスクを露わにしている。地方行政や地域住民にとっても、国家にただ従うだけではない、主体的な危機管理が問われている。
大国の論理に否応なく組み込まれる小国や一地方は、いかにして自らの生活基盤を守り、立ち回るべきなのか。
■日本政府がごまかし続けた「事実」
グリーンランドの現状を紐解く前に、まずは那覇空港が直面している「有事使用」の背景を押さえておきたい。
この構造を解き明かしたのが、米軍基地政策を専門とする大東文化大学の川名晋史教授の研究である。
事の発端は、「世界一危険」と言われる米軍普天間飛行場の返還問題にある。市街地のど真ん中にあるこの基地を返還するため、日米両政府は1996年に「SACO(沖縄に関する特別行動委員会)」という協議機関を立ち上げ、返還の条件や代替施設について話し合った。
このSACO合意の過程で、重要なやりとりが交わされていた。米側は、機体故障などのトラブルを指す「緊急時(emergency)」と、軍事作戦や紛争局面を指す「有事(contingency)」を区別して併記し、当初から「有事」に対応できる長い滑走路の確保を返還の前提として示していた。だが日本政府は、これらを一括して「緊急時」と訳して国民に説明してきた。
さらに2006年の「在日米軍再編ロードマップ」において、英語の原文から「emergency(緊急時)」が消え、「contingency(有事)」のみに集約された後も、政府は相変わらず「緊急時」と訳し続けた。
米軍は最初から「有事の際の作戦拠点」として長い滑走路を求めていたにもかかわらず、日本政府は国民(沖縄県民)の反発を恐れ、「単なる機体トラブル時の緊急利用だ」というニュアンスで事実をごまかし続けてきたということだ。
■沖縄本島が完全に孤立する
普天間の移設先とされる辺野古の新基地の滑走路は1800メートルと短く、米軍の主力輸送機を展開できない。その穴を埋め、有事の出撃拠点になり得る場所は、3000メートル級の滑走路と戦闘機を急停止させる設備が整っている那覇空港をおいて他にない。
「それが実現しない場合は、普天間基地は返還されない」という。これは、辺野古への移設という重い代償を払ってもなお、那覇空港の軍事利用を容認しない限り基地の固定化は免れないという、これまでの「負担軽減」の前提を完全に覆す事態である。
これが現実となったとき、具体的に何が起きるのか。「有事」に管理権が軍事に渡れば、民間定期便は一斉に締め出され、島は完全に孤立する。
急患搬送の命綱が断たれるうえ、県民のために巨額を投じて拡張した滑走路が、そのまま軍事ターゲットと化す。「住民の避難」と「軍の作戦」が衝突することで、国民を守るはずの防衛が、真っ先に逃げ道を塞ぐことにはならないか。
■グリーンランドと沖縄の類似点
地域のインフラや土地が、住民の頭越しに大国の地政学的な取引の対象として組み込まれていく構図は、いまや遠く北極圏にまで及んでいる。その最前線が、冒頭で触れた世界最大の島・グリーンランドである。
2019年、1期目の米トランプ大統領が「グリーンランドを買ってもいい」と放った一言に、国際社会は騒然となった。2025年の2期目の政権返り咲きとともに、トランプ政権の動きは本格化している。米政府は住民への一時金支給を打診したほか、中心都市ヌークの米領事館を拡大、7月のNATO首脳会議の会場では「グリーンランドは米国の支配下に置かれるべきだ」と公然と主張した。
背景には、気候変動によって新たに開けつつある北極海航路と、氷の下に眠るレアアースなどの未開発鉱物の存在がある。
国際政治アナリストのイムラン・ハリド氏は寄稿記事で、米国のこうしたアプローチを「北大西洋の『沖縄化』」と表現した。
主権の体裁は本国デンマークに残しながら、実質的には軍事拠点や資源へのアクセスを米国が握る。日本の主権下にありながら米軍の前方展開部隊が集中する沖縄の現状が、事実上の「沖縄モデル」として北極圏に適用されようとしている、と喩えた。
■人口6万弱の自治領でも大国に負けないワケ
なぜ大国はこの島に執着し、現地の人々はそれにどう向き合っているのか。実感を得ようと、筆者は6月、グリーンランドの首都にあたるヌークを訪れた。
グリーンランドの面積は日本の約6倍と広大だが、人口は約5万6000人で宮古島市とほぼ同規模だ。人口の9割近くを占めるのが、北極圏の先住民族イヌイットである。
現地で出会った、メディア関係で働くイヌイットの女性エスタさんは、トランプ氏による領有発言について「土地はイヌイット全員のものであり、個人で所有することはできない。なぜ他国が所有できると考えるのかわからない」と退けつつも、鉱物資源に食指を伸ばす大国についてはこう語った。
「利益をもたらしてくれるのであれば、彼らが資源を欲しがっても構いません。ただし、それは私たちのルールに従わなければなりません。
この毅然とした言葉の裏には、グリーンランドが大国の論理に飲み込まれず、対等な交渉のテーブルを築いてきた歴史がある。
■沖縄とグリーンランドの大きな違い
18世紀初頭からデンマークの植民地下に置かれた同島は、段階的に「自己決定権」を拡大してきた。2003年、米国がピトゥフィク宇宙基地(当時チューレ)のレーダーをミサイル防衛網に組み込もうとした際、グリーンランドは公の場で反発。同年の「イチリク宣言」によって、外交・安全保障問題における自治政府の「共同署名権」を獲得するに至った。
大国の軍事計画に対してただ従うのではなく「ノー」を突きつけ、自分たちの合意なしには決められないという「実質的な拒否権」を手に入れたのだ。
さらに近年、空港建設をめぐっては、中国から打診された投資を意図的にチラつかせ、米国と本国デンマークの焦りを誘うことで、自国に有利なインフラ資金を引き出すという巧みな交渉力を見せている。
グリーンランドは、大国の思惑を逆手にとり、「交渉のテーブル」を勝ち取った。翻って沖縄はどうか。なぜ沖縄は、同様の対外交渉力を持ち得なかったのか。
グリーンランドでは、自治法に「自己決定権」が明記され、民族的連帯が交渉の土台となっている。植民地支配が終わった後も、強制避妊など人口抑制を目的とした非人道的な措置を受けた暗い過去が、現在もなお、本国との関係に緊張を残している。
だが彼らは権利保護のために「デンマーク人であること」を強いられることはなかった。
■県民の知らぬ間に有事使用が決まる
一方、沖縄が背負わされた歴史は異なる。琉球処分以降の同化政策のもとで独自の言語や文化を手放す圧力に、あまりにも長くさらされ続けた。「捨て石」とされた苛烈な沖縄戦を経て、戦後は27年もの間、米軍施政下に置かれ、無権利状態の中から日本国憲法(平和憲法)のある日本への帰属を求めた。「日本人であること」の“鎧”に時におもねり、時に抗いながらも、後世のためと願い、本土復帰運動を闘ってきた先達の歴史がある。
だが復帰後も、「当事者としての声」は分厚い壁に阻まれてきた。日米間で有事の際には核兵器の再持ち込みを認めるとした1969年の「核密約」の存在は、非核三原則を掲げる政府によって長年隠蔽され続けた。
近年では、玉城デニー知事の日米協議機関への参加要求に応答はなく、2018年の翁長雄志知事による辺野古埋立承認撤回に対しては、国(防衛省)が自らを「一私人」に見立てて身内の大臣に執行停止を求めるという手法で無効化した。
沖縄がどれほど民意を示し、法的な手続きに則って抵抗したとしても、決定の場が迂回され、関与する機会すら奪われていく。沖縄が基地の賛否という国内対立にエネルギーを奪われている間に、那覇空港の有事使用という重大な計画もまた、沖縄の預かり知らないところで着々と実行体制を整えようとしているのである。
■沖縄の自立を阻む構造
では、グリーンランドのように自治権を拡大すればすべてが解決するのか。
両地域の基地問題を比較した高橋美野梨・北海学園大学准教授とデンマーク国際問題研究所(DIIS)のウルリック・プラム・ガド氏の共同論考は、そう単純ではないことを示唆する。
同論考によれば、自治政府という大きな主語が外交で存在感を高めるにつれ、基地の間近で暮らす周辺住民が抱える放射能汚染への不安や土地利用の課題は、かえって議論の蚊帳の外に置かれてしまったという。
政治的な権限を上のレベル(自治政府)で手に入れると、「国づくり」というマクロな視点が優先され、実際に現場で被害を受ける住民の小さな声が届きにくくなるという皮肉な現象が起きているのだ。
もう一つ見過ごせないのが、政治的権限を得ても、それを支える経済の足腰が伴わなければ真の自立には届かないという現実だ。グリーンランドは将来的な独立を目指しているが、歳入の約半分をデンマークからの交付金に頼り、産業の大部分を水産業関連が占めている。
これに対して沖縄には、観光、IT、農業、近海の資源、アジア市場との近接性など、はるかに多様な経済的優位性がある。にもかかわらず、その可能性を対外的な交渉力に変える仕組みが育ってこなかった。一地方自治体として、事実上、基地受容と引き換えに振興予算を与えられるという出口のない依存の構造が、自立の芽を摘み続けてきた側面は否めない。
■「この空港をどう使うかは、私たちが決める」
こうした条件の違いを踏まえれば、グリーンランドの経験は、そのまま沖縄が抱える課題の処方箋にはならない。だが、大国の論理に直面する一地方がどう立ち回るべきか、彼らの姿勢から学ぶべきことは多い。
9月、沖縄は県知事選挙を迎える。基地に賛成か反対か。本土復帰から50年以上にわたり、私たちが否応なく張り付かねばならなかったこの対立軸に、もはや解決策は存在しない。言葉をすり替えられ、手続きを迂回された結果の責任は、沖縄の内側にはないからだ。
私たちが向かうべきは、空虚なスローガンの応酬から一刻も早く抜け出し、生活基盤を守り抜くための具体的な「手立て」を探る、内発的な連携基盤を構築することではないだろうか。那覇空港の有事使用による民間経済の逸失利益を独自に試算し、政府の「緊急時」という解釈に対して民間インフラの管理権を縛る独自の条例を模索し、振興予算に頼らない経済網を育てるという、実務的な防壁を築くことだ。
長きにわたり、決定の場から当事者が排除されてきた構造を、いかに切り崩していけるかの分岐点に立っている。国際情勢に翻弄され、ある日突然、私たちの空港が軍事的論理に奪われる状況を座して待つわけにはいかないだろう。
「この空港をどう使うかは、ここに暮らす私たちが決める」――。この一点において、平和的な交流拠点たる那覇空港を軍事拠点化から守り抜くことは、保守や革新といった従来の枠組みを超えて、私たちが「自立」や「自力」といった自治を考える上で、最も象徴的な命題になるはずだ。
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座安 あきの(ざやす・あきの)
Polestar Communications取締役社長
1978年、沖縄県生まれ。2006年沖縄タイムス社入社。編集局政経部経済班、社会部などを担当。09年から1年間、朝日新聞福岡本部・経済部出向。16年からくらし班で保育や学童、労働、障がい者雇用問題などを追った企画を多数。連載「『働く』を考える」が「貧困ジャーナリズム大賞2017」特別賞を受賞。2020年4月からPolestar Okinawa Gateway取締役広報戦略支援室長として洋菓子メーカーやIT企業などの広報支援、経済リポートなどを執筆。同10月から現職兼務。朝日新聞デジタル「コメントプラス」コメンテーターを務める。
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(Polestar Communications取締役社長 座安 あきの)

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