※本稿は、山口拓朗『聞く力は最高の知性である 1を聞いて100を知る技術』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
■相手への敬意を忘れない「素直さ」
断ることに苦手意識を持つ人は少なくありません。「傷つけてしまうかも」「嫌われたくない」という気持ちから、つい嘘の理由をつくってしまう。その気持はよくわかります。しかし、嘘を言えば、その場はしのげても、心のどこかに違和感が残ります。嘘が明るみに出れば、相手の信頼を損なうだけでなく、自己嫌悪という形で自分にも返ってきます。
私たちが大切にすべきなのは、「素直さ」です。素直さとは、感情のまま言葉にすることではありません。自分の本音をごまかさず、一方で、相手への敬意を忘れない姿勢のこと。これはコミュニケーションの要諦とも言えます。
たとえば、友人が「サプリメントを飲んだほうが健康にいい」と勧めてきたとします。しかし、自分はサプリメントに否定的な考えを持っている場合、ただ「効果がない」「身体に悪い」と頭ごなしに否定してしまえば、相手は傷つき、その場の雰囲気を壊してしまうかもしれません。嘘こそついていませんが、それは調和の取れた素直さとは言えません。
■嘘を言わず、相手を傷つけない工夫をする
一方で、「確かに栄養を補えるという安心感はあるよね」と、まず受け止めたうえで、「自分は極力、自然な食事から栄養をとりたいと思っていて。だから、今はサプリメントを控えているんだ」と伝えればどうでしょう。自分の考えを示しながらも、相手が受け止めやすい言葉を選んでいます。
もちろん、自分の気持ちにフタをして「サプリメントは健康に良さそうだよね」と話を合わせてしまうのは、自分に嘘をついている状態です。短期的には話が丸く収まるかもしれませんが、遅かれ早かれ、その代償を払うことになるでしょう。
大切なのは、「嘘を言わないこと」と「相手を傷つけない工夫」を両立させることです。それができる人は、断るときも遠慮するときも、臆することがありません。
■悪意ある人には「半身モード」で対応
相手の気持ちに寄り添う姿勢は尊いことですが、ひとつ注意しておきたいことがあります。それは、「世の中には、悪意を持って近づいてくる人もいる」という現実です。
ここで求められるのは、共感の姿勢を持ちながらも、半身で聞く感覚を持つことです。すぐに心を閉ざすのではなく、かといって全開で受け入れるのでもない。いわば「片足を引いた状態で聞く」というスタンスです。とくに、次のような違和感を抱いたときは、半身モードに切り替えることをおすすめします。
・他人の悪口・噂話がやたらと多い
・「自分から何かを奪おうとしている」と感じる
・自慢やマウンティングが激しい
・こちらへの敬意や配慮が感じられない
・言動がコロコロ変わる
・「ここだけの話」が多い
・しばしば「うまい話」を持ちかける
・過剰に人を持ち上げたり貶めたりする
・否定や批判がデフォルトになっている
・被害者意識が極端に強い
・やたらと秘密主義で情報を開示しない
こうした気配を感じたときは、その場を離れる。次の約束をしない。やんわり断る――など、関係性を深めない対応が必要です。そこに罪悪感や自己嫌悪を抱く必要はまったくありません。
受け止める姿勢は大事ですが、違和感センサーを鈍らせないことも、聞き手としての成熟です。共感は大切。
■「クレーム」に正論は効かない
「それは当社の管轄外でして」「規約ではこうなっておりまして」「説明書にも記載がありまして」――クレームを受けたとき、つい正しい説明を優先してしまった経験はないでしょうか。しかし、正論を述べるほど相手の不満や怒りが強まることがあります。理由はシンプルです。相手の感情が置き去りにされているからです。
クレームの奥には、いつでも「ちゃんと話を聞いてほしい」「この気持ちをわかってほしい」「軽く扱わないでほしい」という感情が横たわっています。だからこそ、最初に必要なのは説明ではなく共感です。とくに相手の怒りのボルテージが高いときは、一度きりの共感では足りません。角度を変え、言葉を変えながら何度も寄り添う。これを私は「多重共感」と呼びます。
■相手の感情を言語化し受け止める
「さぞご不安だったことでしょう」「楽しみにされていた分、落胆も大きいですよね」「その状況なら、怒りたくなるのも無理はありません」。このように、相手の感情を言語化し、受け止める言葉を重ねることで、怒りの温度は少しずつ下がっていきます。
あるホテルで、部屋の準備が間に合わず、顧客が激怒したことがありました。最初の対応は「確認いたします」という事務的なもの。怒りは収まりません。そこで別のスタッフが「大切なオンライン会議を控えている中で、お部屋が使えないのはご不安ですよね」「それは、集中できる環境が必要ですね」と、感情に焦点を当てた言葉を重ねました。すると、声のトーンが下がり、「そうなんだよ……」と空気が変わったのです。
クレーム対応で大切なのは、事実のやり取り以上に、相手に「この人は気持ちをわかってくれている」と感じてもらうことなのです。
共感とは、相手の感情を代弁しながら受け止め続けることです。反論も弁明も正論も、最初は封印します。それらは火に注ぐ油だからです。さらに、共感は言葉だけではありません。
■最強の切り返しは「切り返さないこと」
相手から「それは違う」「私はこう思う」と、異論や反論を受けたとき、うまく切り返せたらいいのに、と思ったことはありませんか?
しかし、「切り返す」という発想そのものに落とし穴があります。切り返すとは、力で相手の意向を変えようとすること。切り返された相手は無意識のうちに不快感を抱き、かえって身構えてしまいます。論破目的でもない限り、切り返しなど必要ないのです。
むしろ重要なのは、反論したくなったときほど、共感モードのギアを上げることです。「そうですよね。私も、以前はまったく同じように思っていました。いや、なんなら、今でもそう感じることがあります。その気持ち、よく理解できます」。こんなふうに返すことによって、相手の気持ちが落ち着き、両者の間に一体感が生まれます。
最強の切り返しとは、「切り返さないこと」。敵対するより仲間になってしまう。反論点については、相手がこの場の安心を感じてから、慌てず丁寧に話し合っていけばいいのです。
■寄り添うことで自己肯定感が育つ
誰かの気持ちに「寄り添う」という行為は、実は、相手だけでなく、自分の心にも良い影響を与えます。たとえば、落ち込んでいる同僚に「それはつらいね」と声をかけたとします。相手が「ありがとう、ちょっと楽になった」と言ってくれるだけで、自分の存在が役に立ったという実感が生まれます。
こうした「小さな貢献感」を繰り返し味わうことで、私たちの中に確かな自己肯定感が育っていきます。
実際、アルコール依存症や摂食障害などの当事者が集まる自助グループ(ピアサポート)では、誰かの話にただ耳を傾け、評価せずに受け止めるコミュニケーションが大切にされています。そこでは正論やアドバイスよりも、共感的な姿勢や経験の共有が重視されます。そうした関わり合いの中で、参加者は「自分はひとりではない」と感じ、少しずつ生きる力を取り戻していくのです。
共感のスタートラインは、評価や助言を急がず、まず感情に寄り添うことです。それは相手に「ここにいてもいいんだ」という安心感を与え、自分には「誰かの力になれた」という充実感をもたらします。この双方向の癒やしの中にこそ、共感モードの本質があります。共感を重ねる人ほど、周囲に好ましい影響を与えながら、自分自身の心も豊かになっていくのです。
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山口 拓朗(やまぐち・たくろう)
伝える力【話す・書く】研究所所長
出版社で編集者・記者を務めたのちライター&インタビュアーとして独立。27年間で3800件以上の取材・執筆歴がある。現在は執筆や講演、研修を通じて言語化やアウトプットの分野で実践的なノウハウを提供。著書に『9割捨てて10倍伝わる「要約力」』(日本実業出版社)など。中国、台湾、韓国など海外でも20冊以上が翻訳されている。
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(伝える力【話す・書く】研究所所長 山口 拓朗)

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