国産みかんの缶詰メーカーがピーク時の300社超から9社へ減少している。割安な輸入品にシェアを奪われ続ける中、国内大手・岡本食品(名古屋市)が5年前から手掛けた、まさかの起死回生策とは――。

■なぜ缶詰メーカーがみかん農園を始めたのか
愛知県半田市に広がる、約13ヘクタールのみかん農園。ドーム球場約3個分に相当する広大な土地に、およそ1万1000本のみかんの木が植えられている。
農園を運営しているのは、農家でも農業法人でもない。名古屋市にある老舗の缶詰メーカー「岡本食品」と、そのグループ企業の「トーアス」だ。
なぜ、缶詰メーカーが自らみかんを育てているのか。社長の岡本嘉久さんはこう答えた。
「国産みかん缶詰の原料が足りないからです」
最後にみかんの缶詰を買ったのはいつか。そう聞かれても、すぐには思い出せない人が多いかもしれない。筆者もその一人だった。加えて国産みかんの缶詰の価格は、輸入みかんの缶詰の2~3倍ほど高い。
割高ならば国産みかん缶詰は敬遠され、原料となるみかんも余るのではないか。ところが現実は正反対だ。
国産みかん缶詰は一定の需要がある一方、需要に供給が追いつかず、メーカーは原料となるみかんを十分に確保できない状況に陥っている。
背景にあるのは、安価な輸入缶詰品との価格競争だけではない。日本人が「より甘いみかん」を求めてきたことも、缶詰メーカーの原料調達を難しくする一因になっているという。みかん生産者は消費者の「より甘いものを」という好みに対応しているのだが、皮肉にも、缶詰には「甘くておいしい原料」が向かないのだ。
それはいったいなぜのか。そして、なぜメーカー自らがわざわざ、みかん栽培にまで乗り出さなければならなかったのか。
岡本食品の挑戦をたどると、国産みかん缶詰が直面する、原料調達の構造的な課題が見えてきた。
■戦後の経済復興を支えたみかん缶詰
岡本食品の創業は100年以上前の1921年。当初は愛知県で盛んだったトマト栽培を背景に、トマトケチャップやトマトソースなどを製造していた。
転機となったのは戦後だ。当時の日本にとって、海外への輸出による外貨獲得は経済復興のための重要課題だった。そこで国が力を入れた産業の一つが缶詰だ。
みかん缶詰は欧米への有力な輸出品となり、全国の食品会社が相次いで製造に参入。ピーク時には、300社を超えるメーカーがひしめいた。
岡本食品も1959年には、業界団体を通じたみかん缶詰の出荷実績が確認されている。工場に近い知多半島は古くからみかん栽培が行われていた。そこで地元で収穫されたみかんを調達し、缶詰へと加工した。
しかし、その後は円高や輸入自由化などを背景に国際競争が激化し、メーカーの撤退が相次いだ。現在、国内でみかん缶詰を製造する企業は岡本食品を含めてわずか9社ほど。
岡本さんは、生き残れた理由をこう説明する。
「私たちはもともと、輸出よりも国内販売をメインにしていました。特に学校給食では、『子どもたちには国産の安心・安全な食材を提供したい』というニーズが根強くあります。輸入品との価格競争に巻き込まれにくい販路を持っていたことが、結果として事業の存続につながりました」
2026年時点の岡本食品の国内シェアは2割ほど。みかんは年間約1400トンを使用している。

■「甘いみかんブーム」が缶詰業界の逆風に
しかし、安価な輸入品との競争を生き延びた岡本食品を、新たな問題が襲った。缶詰の原料に適したみかんが、手に入りにくくなったのだ。
そもそも、どんなみかんが缶詰に向いているのか。
みかんの缶詰に使われるのは、私たちが普段「みかん」と呼んでいる温州(うんしゅう)みかんだ。温州みかんには収穫・流通時期などによってさまざまな種類があり、一般的に中生(なかて)や晩生(おくて)は果肉が硬く、缶詰への加工に向いている。
缶詰工場では、丸いみかんの皮をむき、一房ずつに分け、酸性とアルカリ性の溶液を用いて薄皮を取り除いてからシロップに漬ける。このとき果肉が柔らかすぎると、割れたり、ばらばらになったりして商品にならないのだ。柔らかい果肉は生食には最高の口触りだが、缶詰では使いづらい。
農家は近年、消費者に好まれる「甘くてジューシーなみかん」を作るため、生食に適した品種や栽培方法を追求してきた。
なお、缶詰メーカーと契約して加工用のみかんを専門的に栽培する農家は、全国どこにもいないという。生食用として育てられたみかんのうち、見た目に問題があったり、糖度などの出荷基準に届かなかったりして市場に出せないものが、加工用として缶詰メーカーに販売されるのだ。
「つまり、私たちは生食用の規格外みかんを仕入れて、缶詰に加工してきました」
日本人が甘くてジューシーなみかんを求めるほど、缶詰に適した原料は減っていく。
そんな状況が続いていた。
■同じ一箱を作るのに、必要なみかんが約2倍に
甘くて柔らかいみかんが増えたことは、缶詰メーカーの生産効率に大きな影響を与えた。
業界団体では、みかん缶詰一箱を作るために必要な原料の量を長年にわたって記録している。それによると、1990年代では一箱を作るのに必要なみかんは約20キロだった。ところが近年は30キロ台後半、場合によっては40キロ近く必要になるという。
「同じ量のみかんを仕入れても、できる缶詰は昔の半分ほどです。原材料コストは2倍近くになり、生産量が減れば、一缶当たりの人件費などの負担も大きくなります」
そもそも、生食用として市場に出せなかった規格外みかんを安価で仕入れるという調達方法は、持続可能な仕組みとは言い難かった。
生食用みかんの取引価格は1キロあたり100円以上。一方、加工用は20~30円程度だという。これほどの価格差があれば、農家にとって、缶詰用のみかんを専門に栽培するメリットはない。さらに缶詰業界が必要とするみかんは、全国のみかんの生産量のわずか2.5%程度にすぎない。
「これまで私たちは、生食用として売れなかったみかんを安く仕入れることで成り立ってきました。
でも、それでは農家さんに『缶詰用のみかんを作ってください』とはお願いできません」
甘くて柔らかいみかんが増え、加工に適した原料は減っていく。それでも生食用と加工用の価格差が大きいため、農家に加工用みかん専門の栽培を求めることは難しい。こうして岡本さんは、長年続いてきた原料調達の仕組みそのものを見直そうと考えた。
■「もう自分たちでやるしかない」
これまで岡本食品はさまざまな工夫を重ねてきた。かつては家庭用の小さな缶詰も製造していたが、現在は学校給食や食品メーカーなどで使われる業務用の「1号缶」に生産を絞り、効率化を図っている。
銀行出身の岡本さんが2016年に社長に就任してからは、コスト管理も徹底した。どの産地の、どの品種、どのサイズのみかんを何トン投入し、どれだけの製品ができたのか。日々のデータを蓄積し、「このみかんなら、いくらまで仕入れ価格を払えるか」を緻密に計算している。
それでも、缶詰に適した原料が減っていくという構造的な問題は解決できない。
「契約栽培を頼むという選択肢がない以上、もう自分たちでやるしかないと思いました」
岡本さんがたどり着いた答えは、自らみかんを育てることだった。加工用なら、見た目に問題があっても、中身が良ければ問題ない。生食用ほど栽培に手間をかけず、低コストで大規模に栽培できる可能性もある。

とはいえ、大規模な農園を始めるには、まとまった農地が必要だ。候補地を探す中で、愛知県半田市が岡本食品の計画に関心を示した。同市も遊休農地の増加という課題を抱えており、土地所有者への働きかけにも協力。その結果、約13ヘクタールのまとまった農地を借りることができた。
こうして2021年、缶詰メーカー自らが原料となるみかんを育てる挑戦が始まった。
■「缶詰に向くみかん」を一から育てる
もっとも、農園を開けばすぐに原料不足が解決するわけではない。みかんは苗木を植えてから本格的に収穫できるまで、5~6年ほどかかるという。
岡本食品が選んだ品種は、神奈川県の小田原周辺などで栽培されている温州みかんの「大津4号」だ。約1万1000本の苗木を、トーアスの社員の協力も得ながら植えていった。
缶詰メーカーが農業に乗り出すという異例の挑戦。社内ではどのように受け止められたのか。
「みんな半信半疑だったと思います。『社長がまた何か言い始めた』という感じだったでしょうね。ただ、原料が足りなくなっていることは社員も分かっていましたから、自分たちで作るしかないという考え自体には、理解があったと思います」
実際に栽培を始めると、新たな課題も見えてきた。大津4号は甘みが強い一方、実をつける際に木への負担が大きく、豊作と不作を繰り返す「隔年結果」が起こりやすい。しかし、缶詰用のみかんは、生食用とは求められる条件が異なる。甘さだけでなく、果肉が硬く加工しやすいことや、毎年安定して多く収穫できることも重要だ。
そこで現在は、甘さでは大津4号に及ばないものの、木への負担が少なく、安定した収穫が期待できる別の品種も試験的に栽培している。
生食用の規格外品を仕入れるのではなく、最初から「缶詰に向くみかん」を育てる。岡本食品の挑戦は、みかんの価値を測る物差しそのものを変えようとしているのだ。
■農家の人手不足と原料不足を解消
自社農園でみかんを育て始めても、本格的な収穫までには時間がかかる。その間にも、缶詰に適した原料は減り続けていく。そこで岡本食品は、自社栽培と並行して、新たな調達先を探し始めた。
出会ったのが、静岡県の遠州地域のみかん農家だった。農家が抱えていたのは、深刻な人手不足だ。特に収穫では、短期間に多くの人手が必要になる。大切に育てたみかんを全て収穫する余裕はなく、缶詰の原料として使えるみかんが園地で廃棄されるケースもあった。
そこで岡本食品は、社員を産地に派遣して収穫作業を手伝い、加工用のみかんを買い取る取り組みを始めた。缶詰メーカーは原料を確保でき、農家は人手不足を補うことができる。双方の課題を補い合う関係だ。
連携を深める中で、農家たちが岡本食品の工場を見学する機会も設けた。岡本さんは、その時の農家の様子が印象的だったと話す。
「農家さんたちは、工場の設備や製造工程よりもむしろ、加工前の原料みかんが入ったカゴに注目していました。『こんな見た目のみかんでもいいんだ』と驚いておられましたね」
生食用では商品になりにくい見た目でも、缶詰の原料としては十分に使える。加工用みかんに求められる基準を生産者が知ることで、これまで十分に活用されなかったみかんにも新たな価値が生まれる可能性がある。
生食用の規格外品を安価で仕入れてきた従来の調達から、自ら育て、産地とも協力して原料を確保する仕組みへ。岡本食品は国産みかん缶詰を未来につなぐため、新たな原料調達の形を築き始めている。
■国産みかん缶詰を未来につなぐ理由
なぜ岡本さんは、そこまでして国産みかん缶詰を残そうとするのか。
「いくら海外から安い原料を輸入できるからといって、国産のみかんで作ることをやめてしまえば、いざ輸入がストップした時に困ります。食料自給率の低い日本で、国内の農産物を加工する技術や産業を残しておくことには、大きな意味があると思っています」
岡本食品の国産みかん缶詰は、スーパーの店頭で目にする機会はほとんどない。主な届け先のひとつは学校給食だ。他にも、冷凍デザートや、菓子やゼリーの原料として使われて消費者のもとへ届く。私たちは「最後にみかんの缶詰を買ったのはいつか」を思い出せなくても、知らないうちに岡本食品のみかんを口にしているのかもしれない。
自らみかんを育て、産地と手を携えて原料を確保する。その挑戦は、ひとつの缶詰を残すだけではない。日本で育てた農産物を日本で食品に加工し、次の世代へ届ける。その営みを未来につなぐ挑戦でもある。

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水野 さちえ(みずの・さちえ)

ライター

日系製造業での海外営業・商品企画職および大学での研究補佐(商学分野)を経て、2018年からライター活動開始。ビジネス、異文化、食文化、ブックレビューを中心に執筆活動中。

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(ライター 水野 さちえ)
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