舘ひろし主演の映画『免許返納⁉』が話題になっている。運転好きの古希を迎えた主人公が仕事の関係で免許返納を迫られるコメディだ。
佐賀大学ライフロングモビリティ研究・支援講座の堀川悦夫特任教授は「運転をやめることは、『自分の一部を失うこと』と感じる高齢者も少なくない。免許を返納する前にできることがある」という――。
※本稿は、堀川悦夫・楠田悦子『免許返納を10年延ばす70歳からの運転学』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■「ワシは免許返納したくないのじゃ」
高齢ドライバーの方と話をしていると、「運転はできれば続けたい」、「やめるのは不安だ」という声が少なくありません。
その背景には、単なる移動手段の確保にとどまらない、より深い意味があることが見えてきます。
実際、医療現場でも、「運転が好き」や「気晴らしになる」、「一人の時間を持てる」、「長年運転してきて問題はなかった」といった声が聞かれます。
「家族に頼るのは気を使う」、「バスもタクシーも不便」といった現実的な事情に加え、「自由に動ける」という感覚そのものが、その人の暮らしや自立心を支えているケースも多く見られます。
どこへでも行けるという万能感は、個人の自由意志の証明であり、家族を乗せて車を走らせた経験を持つ世代にとって運転席は、家族に対する「責任と権威」の象徴であることも少なくありません。
心理学的に見ても、運転は単なる技能ではなく、自分で判断し、操作し、目的地にたどり着くという一連のプロセスを通して「自分はまだできる」という自己効力感を支える行為です。
長年ハンドルを握ってきた人にとって、車は移動の道具というよりも、身体の延長のような存在であり、運転をやめることは「自分の一部を手放す」ように感じられることさえあります。
■どうやって老親を説得すべきか
つまり、運転はその人の生活だけでなく、アイデンティティにも深く関わっているのです。
だからこそ家族が、「危ないからやめて」と一方的に伝えてしまうと、強い反発や喪失感につながることがあります。

重要なのは、運転を続けたいという気持ちの背景にある誇りや不安を理解し、尊重する姿勢です。
そのうえで、安全に運転を続けるための方法や、必要に応じた代替手段を一緒に探していく――そのような寄り添い方が、前向きな話し合いと納得感につながります。
■運転に必要な「基本機能」とは
では、そうした「運転を続けたい」という気持ちを持っている場合、どのようにその基本機能を維持すればいいのでしょうか。
まず大切なのは、認知機能の基盤となる感覚機能(視覚・聴覚など)を保つことです。そのためには、定期的に検査を受け、必要に応じて適切な治療や補助器具を利用することが求められます。
視力の確認は比較的簡単にできます。高齢になると白内障によって視覚機能が低下するケースもみられます。白内障になると、水晶体が濁ることで視力が低下するだけでなく、対向車のライトや日光がまぶしく感じられる「ハレーション」も起こりやすくなります。
現在では、濁った水晶体を取り除き、眼内レンズを入れる白内障手術の技術が大きく進歩しています。成功率も高く、日帰り手術で行われることも多いです。治療後に運転を続ける方もたくさんいます。
眼の手術と聞くと不安を感じる方もいるかもしれませんが、視覚機能の回復に大きな効果が期待できるため、眼科での定期的な受診をおすすめします。

■気を付けたい「白内障」と「緑内障」
また、視力だけでなく視野も重要です。視野に異常があると、運転中の危険を見落とす原因になります。視野異常の主な原因として知られているのが緑内障です。緑内障は、早期発見と早期治療が大切です。現在は治療薬やレーザー治療なども進歩しているため、こちらも定期的な眼科受診が不可欠です。
聴覚も運転にとって大切な感覚機能です。聴力が低下すると、クラクションや周囲の音の情報を受け取りにくくなり、注意機能にも影響します。
聴力検査を受け、必要に応じて補聴器を使用することは、運転時の注意力を保つだけでなく、認知機能低下の予防にも効果があるとされています。
近年はデジタル技術の進歩により、個人の聴力に合わせて調整できる補聴器も増えています。耳鼻咽喉科での定期的な検査を受けることが望ましいでしょう。
クルマに車検があるように、運転の基盤となる身体機能にも定期点検が必要なのです。
毎年、定期的に検査を受ける習慣をつくることをおすすめします。
誕生日や記念日を目処にして、「誕生日が近づいているから、運転のチェックだ」、などと習慣づけると覚えやすくていいかもしれません。また、ご家族からの声かけも大きな助けになります。
■運転能力は「鍛える」ことができるのか
運転では、特に注意力や情報処理速度が重要です。これらの機能を維持・向上させるためのトレーニングとして、最近ではPCやタブレット、スマートフォン用のアプリも数多く開発されています。
これらのアプリでは「選択的注意」や「分割注意」、「注意の配分」、「持続的注意」といった認知機能を鍛える課題が用意されています。
また、視野の広がりや課題遂行能力の向上を目的としたトレーニングもあります。こうした訓練が交通事故や違反の減少に効果があると報告している研究結果もあります。
さらに、交差点や歩行者の動きなどを動画やCGで再現した訓練も開発されています。
より実際の運転に近い状況で判断力を鍛えることができる方法です。
近年は、PCなどを用いて交通場面を再現した運転シミュレータも増えてきました。シミュレータでは、「ブレーキ反応時間」や「選択反応時間」、「ハンドル操作」、「複合課題(同時に複数の作業を行う)」などを測定し、運転能力を数値として評価することができます。
訓練を繰り返すことで能力の変化を確認でき、運転リハビリテーションとして活用することも可能です。

ただし、本格的なシミュレータになるほど高価になり、個人で購入するのは難しいため、運転免許センターや自動車学校などに設置されている設備を活用しましょう。
■「有効視野」はトレーニングで広げられる
UFOVと呼ばれる有効視野という概念があります。視線を正面に固定したまま、周囲の情報を瞬時に認識・処理できる視野のことですが、トレーニングによって広げることが可能だといわれています。
具体的には、画面中央を見つめながら周辺に提示される刺激を見つけるという訓練で、交通事故リスクを測定する指標としても優れているとされています。
約2800人の高齢者を対象とした調査で、UFOVの訓練を受けたグループは、10年後の事故報告が48%減少したという研究結果もあります。
その他にも「視覚走査訓練」と呼ばれるものもあります。交差点での左右確認や後方の死角確認では、首をしっかり動かして見る習慣が重要ですが、どこを見ているのかという凝視点を推定しながら「視覚走査訓練」を行うことで、注意機能を補う効果があることが報告されています。
■とっさの判断を可能にする「ハザード知覚」
運転中には、周囲の車両や歩行者、道路標識など多くの情報のなかから、事故につながる可能性のある要因を見つけ出す必要があります。
この能力は危険源認知(ハザード知覚)と呼ばれます。
ハザード知覚を高めるための訓練として、交通場面の動画を見ながら、潜在的な危険を見つけるトレーニングがあります。映像を振り返りながら、「なぜその判断をしたのか」を指導者と一緒に検討することで、危険場面を理解しやすくなります。
夜間や雨天など危険性の高い条件を避ける運転を意識するようになる効果もあるといわれています。

操作能力を維持するためには、身体機能の維持も重要です。
理学療法や作業療法による研究では「首の可動域」や「体幹の柔軟性」、「下肢の反応速度」を改善する訓練を行うことで「死角確認の正確性」や「ブレーキ反応時間」が改善したことが報告されています。
具体的には、「首や肩の可動域を広げる運動」や「足首の柔軟性や筋力を高める訓練」などが有効とされています。
加えて、「後方カメラ」や「パノラマミラー」、「旋回ノブ」、「踏み間違い防止装置」などの補助装置を適切に活用することも、安全運転を支える方法の1つです。
■自動車の運転は人生の質を維持する
現在、私はさまざまなご縁から、高齢ドライバーの運転に関する問題に携わっています。特に、認知機能の低下と自動車運転との関係については、長年にわたり基礎と臨床の両面から研究を続けてきました。
高齢者の運転と聞くと、反射的に「危ない」「すぐに免許返納を」と感じる方もいるでしょう。
しかし、「もの忘れ外来」で患者さんと向き合うなかで、私は、車が高齢ドライバーにとって「生活に欠かせない存在」であることを、日々実感してきました。
そのなかで、私は次のように考えるようになりました。
「安全に運転を続けられるのであれば、その期間を少しでも延ばすにはどうすればよいのか」

「安全な運転が難しくなった場合でも、生活の質を落とさずにモビリティを確保するにはどうすればよいのか」
免許返納を10年延ばす70歳からの運転学』は、その問いと向き合い続けるなかで生まれました。
この本が、クルマの運転を続けていく場合であっても、運転断念後にクルマではない移動手段へ移行する場合であっても、人生の質を維持することの手助けとなり、ひいては、ライフワークを完遂しようとしている皆さんのお役に立つことができれば、著者としてこれ以上の喜びはありません。

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堀川 悦夫(ほりかわ・えつお)

佐賀大学理工学部特任教授、福岡国際医療福祉大学特任教授。
医学博士、学術博士

東北大学医療技術短期大学部助教授として勤務するなか、東北大学医学部老年内科もの忘れ外来で神経心理学的検査等を担当。その後、文科省在外研究員およびミシガン大学客員研究員として認知症、易転倒性、自動車運転等の研究を行う。帰国後、東北大学医学部助教授を経て、2004年から佐賀大学医学部認知神経心理学分野教授として赴任した後、同附属病院動作解析・移動支援開発センター長として3次元歩行解析と運転可否判断などの臨床研究データベース構築を行う。2017年から公益財団法人交通事故総合分析センター客員研究員、2019年から同特別研究員として交通事故ビッグデータ解析を行う。2020年4月から福岡国際医療福祉大学医療学部教授、ならびに佐賀大学医学部脳神経内科客員研究員として臨床研究に従事。現在は複数の病院で、もの忘れ外来や運転可否判断、運転リハビリテーションを担当している。公認心理師、臨床心理士、DRS(ADED:米国運転リハビリテーション協会基礎資格)、10代後半から20代前半にかけて長距離トラック運転手経験を有する。

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(佐賀大学理工学部特任教授、福岡国際医療福祉大学特任教授。医学博士、学術博士 堀川 悦夫)
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