就職や退職などの転機の選択には、何が有効か。『東大卒、年収1100万をやめて刺しゅうをはじめたワケ 冷めたまま働きつづける前に』(世界文化社)を出した刺繍作家の田中優輝さんは「自分の感情が動く瞬間には本音が隠れている。
自分が自分に戻れる場所はどこか。それを確かめてみると、次の選択肢が見えてくる」という――。
■コスパを捨てて初めて仕事ができた
いま、私は北区の小さな工房で糸を選んでいます。
夏の終わりの夕方、メンバーと一緒にお茶を飲みながら、来週リリースする犬の刺しゅうの色を決める。一つの作品を届けるために40個の試作をします。コスパで考えれば途方もない無駄です。でもその無駄の中にこそ、自分がいる。その時間が、私の仕事の重みになっています。
外資系投資銀行にいた頃の私にはこの感覚がありませんでした。
外銀のフロアに、自分の重みはありませんでした。朝来て、エクセルを開く。資料を直す。
深夜に帰る。次の朝また来る。仕事は回っていました。でも、その仕事の中に、自分の名前が入っている感じがしませんでした。私がいなくても誰かが同じ画面を開いて、同じ数字を直す。そういう設計の場所でした。
あなたにも、こんな感覚がありませんか。
一日を終えたとき、今日の自分の跡がどこにも残っていない気がする。速く仕事をこなすほど、自分が薄くなっていく気がする。違和感を飲み込み続けると、最初は重さとして感じていたものが、やがて感覚そのものが消えていく。深夜2時にジムへ走る先輩を見たとき、あの人はとっくにその段階にいるんだ、と私は思いました。
問題は、その違和感に気づかずに時間だけが過ぎていくことです。

自分を感じられなくなったとき、もう一度自分の仕事の中に自分を感じられる選択肢があるかどうか。それだけです。
■「感情が動いた」瞬間に隠れている本音
外銀を辞めたのは、あの場所で自分を取り戻す方法が見えなかったからです。
異動を希望する、上司に相談する、仕事の角度を変える。そういう選択肢が頭に浮かんでも、どれも自分の答えに見えなかった。9カ月、その感覚を持ったまま、毎朝出社していました。
そして選択肢が見えないまま、自分の名前が入る仕事を、0から1になる仕事を作りたかった。その感覚だけは、はっきりしていました。いつかは独立を、と漠然とは思っていましたが、予想以上に早くそのときが来たという感覚はありました。
選択肢が見えないとき、人はどうするのでしょうか。答えは、考えても出てくるものではない、ということでした。
行き詰まった頭でどれだけ考えても、出てくるのは「辞める」か「残る」かの二択だけです。
二択まで縮んだ視野の中で答えを探しても、見えないものは見えない。
では、どうするか。私が気づいたのは、選択肢は感情が動いた場面の中に眠っている、ということでした。
特にヒントになるのは、いつ、どこで、自分が笑えていたか、です。その瞬間を手がかりに選択肢を増やしてみること。私の場合、それは深夜1時のコンビニでした。同僚のニッシーと外に出て、たいした話もせず、たいしたものも買わずに歩く5分。エクセルの数字で埋まっていた頭が、その5分だけ、自分の頭に戻ってきました。
外銀の田中ではなく、ただの田中に戻れる時間。感情が動く瞬間には本音が隠れています。自分が自分に戻れる場所はどこか。それを一度、確かめてみてください。
そこから次の輪郭が見えるはずです。
■本音は楽しいときにしか出てこない
奇跡的に、同期5人がそろって休日がとれた、とある11月の土曜日。半年に一度あるかないかのその休日に、誰かが言いました。「箱根に行こうか」。全員、即決でした。金曜の深夜まで仕事をしていた5人が、翌朝、新宿駅のホームに立っていました。
箱根へ向かう途中、5人でスーパーに寄りました。カートを押しながら、誰かが「これ美味しそう」「それ多すぎじゃない」と言い合いながら、異様に長いレシートを掲げて、みんなで笑い転げる。
おかしかったのは、レシートではありません。この5人で、こういう時間が持てたことが、思いのほか楽しかったのです。スウェット姿で、誰の顔色も見ていない。外銀のフロアでは、一度もなかった時間。
旅館に着いて、浴衣に着替えて、温泉に入る。夜は、5人で買ってきた食材を囲みました。同期の一人の誕生日。誰かがケーキを持ち出してきて、本人の顔が笑顔でぐしゃっと崩れる。「え、マジ⁉」と言ったきり、言葉が続かない。笑いが止まらない。
9カ月で一番、生きていた夜でした。
■最後まで実感できなかった億単位のカネ
外銀時代の9カ月で、誰かの顔がそんなふうに笑顔で崩れるのを、一度も見たことがない。喜びも疲れも全部飲み込んで、仕事をする場所は眉間にしわをよせて、神経をとがらせる場所、自分もそう思っていました。
その顔を見ながら、私は気づきました。誰かの笑顔を見てうれしくなる仕事がしたい。笑顔で顔が崩れるほど楽しい場所で、働きたいと。

外銀では、毎日、億という金額が動いていました。けれど、そのお金が誰のものなのか、私には最後まで見えませんでした。画面の向こうに誰がいるのかも、わからない。大きな数字を動かしても、自分の手は、何にも触れていない気がしていました。
顔の見えるお金を、顔の見える人と動かす。その手触りを、私は一度だけ知っていました。大学4年のインターンです。
化粧品のECアプリを作る、社長を入れて5人の会社。社長は実績もないまま投資家に頭を下げ、何度もプレゼンを重ね、ようやく1億円の資本をかき集めて立ち上げた会社です。まさになけなしのお金。そのお金で回る会社を、私はそばでずっと見ていました。
■笑って働けているかどうか
社長は、会社の肝である集客を、入ったばかりの私に丸ごと預けてくれました。一切の迷いもなく。「なんでもやっていいよ」。使えるお金は月20万円だけ。その20万で会員を毎月1000人増やせなければ、会社は終わる。そんな緊迫感とワクワクのある会社でした。
外銀は、毎日何百億が動く場所。その桁に比べれば小さな資本金かもしれません。でも私には、なけなしの一億からひねり出した、この集客に使える20万円のほうが、ずっと重かった。しくじれば、社長が必死に立ち上げた会社は消える。あの外銀のフロアでは背負ったことのない重さでした。
不思議でした。会社が消えるかどうかの瀬戸際で、追い詰められているのに、その時間が楽しくてたまらなかったのです。なけなしの1億からひねり出した20万を、5人で1円残らず生かそうと知恵を絞る。最後に賭けたツイッター(現X)が2万のいいねを集め、登録の通知音が鳴り止まなくなった夜は、全員で笑い転げました。アプリの人気ランキングを開くと、私たちのアプリが、あのIKEAのすぐ上に。「俺たち、IKEA越えか~」。
あとになって思います。あの笑いは、ただ楽しいだけの笑いではありませんでした。重い責任を、信じ合える仲間と分け合えている。その安心が、笑顔になっていたのだと。笑って働けているか。それだけが、この仕事は自分のものだと教えてくれる、たった一つの“しるし”でした。
■「大事にしたいこと」の見つけ方
その“しるし”の見つけ方は、難しくありません。直近1カ月で、お腹の底から笑った場面を一つ思い出す。それだけです。
場面が浮かんだら、三つだけ書き出してみてください。どこにいたか。誰と。何をしていたか。この三つが揃うと、自分が仕事に求めている条件が見えてきます。あとで知ったのですが、心理学者のラス・ハリスも、大事にしたいことは羅針盤のようなものだと言っていました。でも私は、こうも思うのです。その羅針盤は、頭で考えても出てこない。心から笑えた瞬間にだけ、針が正直に振れるのだと。
私の場合、答えはすぐ出ました。深夜のコンビニ。タッキーと二人。他愛もない話をしながら歩いていた。条件は、顔が見える相手と、答えのない会話と、自分が選んだ時間。外銀の仕事には、この三つが一つもなかった。箱根の夜も、インターンのあの夜も、その三つが揃っていました。だから静かに、決まってしまった。布団の中で、私は天井を見ていました。
明日、辞めると言おう。
■吹っ切れた朝の上司への退職メール
箱根から帰った夜、翌朝。月曜の朝、9時半。私はオフィスのデスクに着いて、PCを開きました。上司へのメールを書いたのです。「お忙しいところ恐縮です。本日、15分ほどお時間いただけますでしょうか」。たった一行に、9カ月かかりました。
不思議なものです。9カ月間、あんなに「辞める」と思っていたのに送れなかったメールが、あの夜の翌朝には書けた。
9カ月間、毎朝考えていました。辞めるべき理由は増えていく。でも夜になると「もう一日だけ」と思っている。その繰り返しでした。頭の中がずっと同じところをぐるぐるしていて、出口が見えない。悩めば悩むほど、答えから遠ざかっていく感じがしていました。
たぶん、悩み続けているときって、視野がどんどん狭くなっていくんだと思います。「辞めるか辞めないか」だけしか見えなくなる。
でも笑い転げた翌朝は、なぜかそれより広いところから考えられました。だから、大事な選択ほど、楽しい瞬間の後にしたほうがいいと思っています。悩み抜いた末に出した答えより、笑い転げた翌朝に出た答えのほうが、少なくとも私には、ずっと正直でした。
子どもの頃に母から言われたことの意味が、あの朝、ようやくわかった気がしました。

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田中 優輝(たなか・ゆうき)

刺繍作家

1999年秋田県生まれ。東京大学経済学部金融学科卒業後、外資系投資銀行に入社するも約9カ月で退職。2024年、株式会社TakeRiskを創業。「北区の刺しゅう屋」を立ち上げる。刺しゅうもアパレルも未経験のまま、家賃7万円の四畳半とミシン1台から製作を開始。世界的なブランドに育つまでの挑戦と過程をSNSで発信し続けている。現在、Instagramのフォロワーは約17万人。


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(刺繍作家 田中 優輝)
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