※本稿は、斉藤章佳『校内盗撮』(インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。
■性加害の原因は「人」ではなく「環境」
校内盗撮を未然に防ぐ上で大きなヒントになるのが、「犯罪機会論」に基づく環境デザインです。犯罪機会論のパイオニアは、立正大学文学部社会学科教授の小宮信夫先生です。これまでの防犯教育の主流は、「悪い人に気をつけなさい」「不審者に注意しなさい」といった、個人の心がけに頼るものでした。
しかし、犯罪機会論で着目するのは環境のデザインです。
まちづくりや公園の設計など、犯罪が起きる機会そのものを物理的に減らすことを考えるのです。小宮先生はかねて「犯罪は人が起こすのではなく、環境が起こす」と述べています。私もこの視点に深く賛同します。性加害が起きるには、次の3つの条件が重なる必要があります。
①加害したいと思っている人がいる。
②ターゲットとなる被害者がその場にいる。
③周囲から見つからずに加害できる環境が整っている。
この3つの条件が揃って、性加害は初めて起こります。逆にいえば、③の「周囲から見つからずに加害できる環境」を取り除けば、犯行の発生確率が格段に低くなるのです。
犯罪機会論では、犯罪が実行されやすいのは「入りやすく、見えにくい」場所だと考えます。その代表例として小宮教授が挙げるのが、日本の公衆トイレです。
■理想は「入りにくく、見えやすい」場所
多くの商業施設では、男性用と女性用の入り口が隣り合わせに並んでいます。しかも多くの場合、入り口には壁が設けられているため、外からは中の様子がわかりません。これは、犯罪の機会を与えやすい構造そのものです。
かたや海外の公衆トイレに目を向けると、男女の入り口が離れていたり、建物の反対側に設けられていたりと、犯罪者に機会を与えないデザインが随所にみられるといいます(※1)。
※1 小宮信夫「品川の『コンペ最優秀トイレ』は、“犯罪者の天国”だった…専門家が警告『日本のトイレが抱える構造的な欠陥』」プレジデントオンライン2025年11月13日
校内盗撮を防ぐためにも、「入りやすく、見えにくい」場所の反対、つまり「入りにくく、見えやすい」場所をつくることが基本指針となります。ここでは、校内盗撮の温床になりやすい部室や更衣室を例に考えてみましょう。
部室や更衣室は、授業や部活の前後であれば誰でも自由に出入りできます(=入りやすい)。ところが、一度部屋の中に入ってしまえば、外部からは何が起こっているか、まったくわかりません(=見えにくい)。
さらに、出しっぱなしにされた荷物や山積みの備品は、小型カメラを隠すための格好の死角になります(※2)。
※2 平松直哉、池田暁子「プロから教わる巡回方法――あやしいものの見つけ方」『教職研修』(教育開発研究所)2025年11月号
■「不審な物に注意する」だけでは防げない
盗撮を防ぐには、この「入りやすさ」と「見えにくさ」を崩すことです。利用時間を厳格に管理して、入りにくくする。室内に物を置きっぱなしにすることを禁止し、死角をなくす。
「不審な物がないか注意する」といった精神論ではなく、盗撮しにくい環境そのものをつくるのです。もちろん、犯罪機会論だけで校内盗撮を完全にゼロにできるわけではありません。しかし、「盗撮できない状況をつくる」という視点は、これまでの防犯教育には欠けていた、非常に合理的かつ実践的なものだといえるでしょう。
次に、子どもが加害者になる場合について、未然防止策を考えていきましょう。学校内における子ども同士の盗撮事件が報じられるたび、「学校でタブレットを配るのが間違いだ」といった、ICT機器の導入そのものを批判する声が上がります。しかし、それでは本質的な解決策になりません。
そもそもICT機器の導入は、文部科学省が推奨する「GIGAスクール構想」という大きな枠組みの一環です。GIGAスクール構想が始まる発端となったのが、世界各国・地域の15歳を対象としたPISA(国際学習到達度調査)の2018年調査でした(結果の発表は2019年)。
PISAは3年ごとに行われている調査で、義務教育終了段階までに学んだ知識や技能を、実生活でどの程度活用できるかを測るものです。
■1人1台のタブレットが校内盗撮の道具に
PISAの2018年調査では、日本の読解力は全参加国79か国中15位と、過去最低を記録。教育業界に大きな衝撃が走りました(数学的リテラシーは6位、科学的リテラシーは5位)。
当時、子どもたちはデジタル画面で長い文章を読み解くのに不慣れだったことが、一因とされています。これを受けて、文科省が打ち出したのがGIGAスクール構想です。これにより、学校現場では1人1台のタブレット端末導入が一気に進み、2022年の同調査では読解力は世界3位とV字回復を遂げたのです(※3)。
※3 「日本の15歳の読解力回復、世界3位に 情報探す力伸びる」日本経済新聞2023年12月5日
しかし、タブレット端末が導入された結果、今度は皮肉にも、校内盗撮という新たなリスクが浮上してしまった……というわけです。子ども同士による盗撮を防ぐには、リスクをおそれてICT機器を遠ざけることではありません。大切なのは、タブレットやスマホなどICT機器の使い方を、大人が丁寧に教えていくことに他なりません。
では、スマホをはじめとするICT機器の使い方を、どのように子どもたちに伝えていけばよいでしょうか。近年は、子どもにスマホを買い与える前に、使い方のルールを決める保護者も多いでしょう。
■スマホルールと同時に伝えたい大切な権利
「夜9時以降はスマホを使わない」といった利用時間のルールから、「寝室には持ち込まない」といった利用場所のルール、「知らない人とはDMのやり取りをしない」「勝手に課金をしない」といったインターネット上のルールまで、実にさまざまです。
盗撮やデジタル性暴力から子どもを守るためには、「人物や店舗、施設などを許可なく撮影しない」「公衆浴場や更衣室ではスマホを出さない」「親に抜き打ちで『見せて』と言われたときは必ず見せる」「自分や友達、家族とわかる内容や写真・動画などを投稿しない」「利用時間や利用場所を決める」といったルールを親子で確認しておきたいものです。
このようにルールをざっと記しただけでも、「○○してはダメ」と禁止したり、制限したりする項目がいかに多いか、おわかりになると思います。
ここでも大切なのは、ルールを子どもに押しつけることではなく、「自分自身の『からだをどうするか』は、自分で決めていいんだよ」という「からだの権利」もセットで伝えることです。
■一度受けた被害の恐怖は消えない
私たち、一人ひとりには目に見えない「境界線(バウンダリー)」があります。「ここから先は入ってほしくない」というバウンダリーは、実際の身体だけでなく、写真や動画として切り取られるときにも存在します。他者に許可なくカメラを向ける行為は、「相手の境界線に土足で踏み込むこと」と伝えると、わかりやすいでしょう。
また、「相手が黙っているから」「笑っているから」といって、無断で撮っていい理由にはなりません。「いいよ」というはっきりとした同意がない限り、それは加害になりえる可能性があるのだと伝えることが大切です。「からだの権利」を伝える過程で、盗撮被害の実態をわかりやすく伝えるのもよいでしょう。
盗撮の被害を受けた人は、「いつ、どこで、誰に撮られているかわからない」という恐怖のなかで生き続けること。学校も、通学路も、自分の部屋ですらも安心できなくなること。そして、一度でも盗撮された側は、「ネット上に拡散されているかもしれない」という不安を生涯、抱え続けること。
こういった被害の深刻さを、できるだけ具体的な言葉で子どもに伝えてあげるのも、盗撮被害の解像度を上げる一助となるはずです。
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斉藤 章佳(さいとう・あきよし)
西川口榎本クリニック副院長(精神保健福祉士・社会福祉士)
1979年滋賀県生まれ。大学卒業後、アジア最大規模といわれる依存症施設「榎本クリニック」にソーシャルワーカーとして勤務。現在、西川口榎本クリニックの副院長。約20年に渡りアルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・児童虐待・DV・クレプトマニアなど、さまざまなアディクション(依存症)問題に携わる。専門は加害者臨床で、現在まで2500人以上の性犯罪者(小児性犯罪者は200人以上)の再犯防止プログラムに携わり、性犯罪加害者の家族支援も含めた包括的な地域トリートメントに関する実践・研究・啓発活動に取り組んでいる。著書に『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)、『「小児性愛」という病 それは、愛ではない』(ブックマン社)、『セックス依存症』(幻冬舎新書)、『盗撮をやめられない男たち』(扶桑社)、新刊に『子どもへの性加害 性的グルーミングとは何か』(幻冬舎新書)、『つながりを、取り戻す。』(ブックマン社)などがある。
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(西川口榎本クリニック副院長(精神保健福祉士・社会福祉士) 斉藤 章佳)

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