中国の不動産大手・恒大集団は、約1兆9100億円を投じて南シナ海の人工島「海花島」を開発した。20万人のリゾートを目指したが、習近平政権の不動産規制で開発は頓挫。
マンション39棟は撤去命令を受けた。建物は廃墟となり、富豪の別荘と謳われた島はいまや出稼ぎ労働者の住処になっているという。この人工島に、海外メディアが注目している――。
■「富豪の夢のヴィラ」の変わり果てた姿
南シナ海の沖合に建つ、豪華なヴィラ。かつて、ロシアのオリガルヒ(新興財閥)のような富豪にふさわしい別荘だと宣伝されていた。
しかし現在、割れた窓からは風が音を立てて吹き込んでくる。家具もない部屋の床では、勝手に入り込んだ出稼ぎ労働者たちが寝起きしている。
問題のこの地は、「海花島」と呼ばれる人工島だ。英語名オーシャン・フラワー・アイランドとも言われ、北京から約2000キロ南に浮かぶ熱帯の島、海南島の儋州(たんしゅう)市沖に位置する。2010年代、観光客の誘致と不動産開発を目的に海を埋め立てて造られた。
UAE英字紙のナショナルは、世界最大とされる人工島として紹介。ロイターは、「世界最大の人口リゾート島」だと報じた。
堤道で結ばれた3つの人工島を合わせた広さは、ドバイのヤシの木型の人工島であるパーム・ジュメイラの1.5倍に達するという。中国の不動産大手、恒大集団(エバーグランデ)は開発に約120億ドル(約1兆9100億円)を注ぎ込んだ。
だが、その大半は借金である。しかも、目標とする20万人が滞在可能な住宅・宿泊施設を建てるには、230億ドル(約3兆6600億円)が必要だと恒大自身が認めていた。資金は必要額に届かず、開発は夢半ばで止まった。
未完成のまま放置された島の現状を、ニューヨーク・タイムズが今年1月に報じた。基礎工事の最中に建設が止まった場所には雨水がたまり、いまでは誰も意図しなかった釣り場になっている。
今や残骸と化したこのリゾート島に投じられた資金と、計画を信じて住宅を購入した人々の無念はあまりに大きい。終わりの見えない中国の不動産危機を象徴する光景の一つとして、海花島は半ば朽ちた姿を南シナ海に晒している。
■「一戸も売れない」39棟のマンション
発端は2011年だった。休暇で滞在していたシンガポールの部屋に、男は一人こもっていた。
机の上で描き上げたのは、熱帯に咲くブーゲンビリアの花を優美な曲線で象った人工島の設計図だった。
その男こそ、集団の創業者、許家印(きょ・かいん)氏である。
海花島の計画は、この一枚の図面から始まった。ニューヨーク・タイムズが取り上げた恒大自身の説明によると、許氏はその後時間をかけ、「細部のすべてを綿密に監督した」という。ナショナルは、建設に10年以上を要し、2020年に開業を迎えたと伝えている。
島の多くを占める計画だったのは、最大20万人分が滞在できる宿泊施設だ。加えて、遊園地、オペラハウス、水族館、免税ショッピングモールも並ぶはずだった。
公式の英語版プロモーション映像は、「中国がまたやってのけた。この地球上に、海花島を上回るエンターテインメント施設は存在しない」と高らかにうたっている。
だが、計画通りの華やかな島が完成することはなかった。
ニューヨーク・タイムズによると、ほぼ完成しながら一戸も販売できず、高層マンション39棟は現在、瓦礫の散らばる荒れ地に虚しく佇む。押し寄せる観光客を見込んで建てられた5100室のホテル「ザ・キャッスル」では、2つの屋外プールは水が抜かれ、年間の大半はほぼ空室のままだ。
商店街には各国の様式をまねた建物が並ぶが、訪れる者はほとんどおらず、まるで人けのない映画セットのように静まり返っている。

■一致した地方都市の悲願と富豪の野心
恒大が海花島に着工したのは2012年だった。
英経済紙のフィナンシャル・タイムズによれば、儋州市の当局者は海南島南部の観光都市・三亜に並ぶ一大リゾート地を思い描いていたという。地方都市の悲願と、一人の富豪の野心。両者の思惑が一致した。
構想を承認したのは、儋州市の元市長であり、共産党の地方組織のトップにあたる党委書記も務めた張琦(ちょう・き)氏である。
しかし、承認過程には問題があった。ロイター通信によれば、儋州市側は埋め立ての審査を通りやすくするため、用地を36件の小さな事業として違法に分割して受理していたという。
中国では一定の面積を超える埋め立てには中央政府の承認が必要になるが、面積を基準未満に小分けすれば、市の裁量だけで処理できる。海花島の埋め立ては、こうして地元の判断の範囲内に収められ、わずか2営業日でスピード承認された。
■計画に終止符を打った習近平の規制強化
ところが、習近平政権によるその後の方針転換を受け、恒大は経営破綻に追い込まれる。
ワシントン・ポストが振り返るように、規制当局が2020年に不動産業界の過剰な借り入れを規制すると、借り入れを頼りに事業を急拡大させてきた恒大は資金調達の道を断たれた。
さらに2021年には開発業者への融資を制限する方針が示され、国有色の強い銀行からの資金供給も途絶える。
中国の開発各社は相次いで債務不履行(デフォルト)に陥り、恒大もこれを免れなかった。こうして、海花島で忙しなく動いていた重機の音はぴたりと止まった。
不動産の比重を下げる方針のもと、住宅価格は2021年のピークから約3割下がっている。ブルームバーグによると、失われた家計資産はある試算で18兆ドル(約2870兆円)、日本のGDPの4倍を超える規模にのぼる。
承認した者にも、やがてツケが回った。党委書記として海花島計画を承認した張氏は2020年、汚職で有罪となり終身刑を言い渡された。複数の不動産・インフラ案件に絡み、開発業者らから多額の賄賂を受け取ったとされる。
2021年12月には、建築許可を違法に取得したうえ、環境・建築規制にも違反したとして、海花島の高層マンション39棟・約3900戸に対し、10日以内という厳しい期限付きで撤去命令が出された。だが、命令から数年を経たいまも、その大半は撤去されないまま残されている。
■70歳の購入者は投資額の半分を失った
こうして工事が止まった海花島だが、そこにはすでに人が暮らしている。
住宅エリアの大通りには、まんじゅうや火鍋を出す中国北方料理の食堂が並び、その先には高齢者向けの介護施設や医療施設が軒を連ねる。こうした島の姿は、開発計画が想定していた理想とまったく異なる。

恒大が手本にしたドバイの人工島、パーム・ジュメイラに集まるのは、日当たりのよい別荘を求めるセレブたちだ。一方で海花島に集まったのは、暖かい土地で冬を越したいと考えた中国北部の定年退職者たちである。
彼らは温暖な気候に加え、物件の値上がりによる差益も当て込んだ。島の物件の販売価格は、2015年から最高値をつけた2021年までに、わずか6年で3倍以上になった。早いうちに安値で買った人ほど、含み益が大きかった。
中国東北部の黒竜江省から来た70歳のある男性は、5年前にマンションの一室を買った。ニューヨーク・タイムズによれば、当時の販売事務所には買い手が殺到していたという。不動産価格の高騰が続くなか、恒大の物件は一般の人が持ち家を手にできる貴重な手段でもあった。
ところが、半ば廃墟となった現在の海花島では物件の価値が大きく目減りし、特に値上がり後に遅れて買った人々は大きな損失を被った。この男性も、いま部屋を手放せば、つぎ込んだ資金の半分を失うという。
かつてのにぎわいはなく、販売事務所はいま静まり返っている。床には古いパンフレットや売買契約書が散らばったままだ。

■中国全土に広がる「爛尾楼」
海花島で人々がマイホームを夢見て破綻に終わったこの構図は、内陸の都市にもそのまま当てはまる。
南京郊外の高層マンションの一室を買った61歳の女性は2023年10月、匿名を条件にカタール国営衛星テレビ局のアルジャジーラの取材に応じた。彼女によると、契約は2017年。頭金として販売価格の6割を支払ったという。
老後の蓄えの大半を投じた決め手は、南京に住む娘と2人の孫のすぐそばで暮らせることだった。「販売員がその一帯の開発計画を見せてくれたとき、夫と私が思い描いていた老後が手に入ると思ったのです」と女性は振り返る。
だが2019年、工事が止まった。女性によれば「デベロッパーの資金が尽きたからだと言われた」という。購入から5年がたっても、部屋は未完成のままだ。女性は涙ながらに、「これは私たちだけの話ではありません。残念ながら、中国じゅうで起きているのです」と語る。
彼女と近隣の購入者たちは待ちきれず、水道や電気が通じておらず、ドアや窓すらない部屋に家具を運び込み、共同で仮設トイレを設けて暮らし始めたこともあった。「私たちが移り住んだのはがらんどうの器でしたが、地域として助け合えばやれると考えたのです」
トラブルに巻き込まれているのは、この女性だけではない。中国語で「尻尾の腐ったビル」を意味する爛尾楼と言えば、工事が途中で止まった建物を指す。こうした物件は、都市の中心部や郊外を問わずあちこちに点在する。
■習近平にすり寄っても防げなかった破綻
工事が止まったからといって、支払いが免除されるわけでもない。中国では建物の完成前から住宅ローンの返済が始まり、その資金が建設費に充てられる仕組みだ。引き渡されていない家のローンの支払いを拒む動きは、米ニュース誌のタイムが2022年7月の時点ですでに、中国31省のうち24省、235件の住宅開発プロジェクトに広がっていると報じている。
不動産をめぐる混乱は泥沼化しており、恒大の許家印氏はついに当局に拘束されるに至った。
1996年に広州で恒大を創業した許家印氏は、借入金を元手に、280都市で1300件を超える開発を手がける最大手の座に就いた。事業が大きくなるにつれ、政治との距離も縮まっていく。タイムによれば、共産党員としての党歴は30年を超える。
習近平国家主席とは、サッカー好きという共通点がある。それをアピールするために、サッカーチームの広州FCを丸ごと買収した。2021年、習近平氏が天安門広場で共産党創立100周年を祝ったとき、広場を見下ろす場所に許氏はいた。
だが、政治の中枢に近づいても、恒大のデフォルトは避けられなかった。恒大株が暴落し、会社の流動性を支えようと私財を投じたことで、個人資産は2020年7月の398億ドル(約6兆3400億円)から、2023年8月には17億ドル(約2710億円)へと減少。96%が消えた。
■過去最大、13兆円の粉飾決算
破綻の後、恒大の帳簿が精査され、数々の虚偽が明るみに出る。2024年3月、中国証券監督管理委員会は、中核子会社の恒大地産が売上高を架空計上していたと認定した。CNNによれば、2019年と2020年の2年間で、水増しの総額は5641億元(約13兆3000億円)。中国本土の証券市場で過去最大の粉飾決算である。
中国証券監督管理委員会は恒大地産に41億7500万元(約985億円)の罰金を科し、許氏個人にも4700万元(約11億1000万円)の罰金と証券市場からの生涯追放を言い渡した。
許氏は2023年9月に拘束された。ワシントン・ポストが報じたように、今年4月の公判で、無許可で一般から資金を集めた罪や詐欺、法人による贈賄などを認めている。
不動産市場をめぐる混乱を、中国の中央政府はどう処理しているのか。
政府がまず手をつけたのは、市場をめぐる言論統制だった。ニューヨーク・タイムズは、中国当局が最近、不動産市場の先行きを悲観するネット上の投稿の検閲を始めたと指摘する。落ち込みに底が見えないからだ。中国国家統計局が2026年1月に公表した統計によると、新築住宅の販売は15年以上ぶりの低水準まで冷え込んだ。
しかし、その場しのぎの対応では、問題が消え去るわけではない。海花島の大部分は今、対岸の儋州市の政府が管理しているが、市政府は島の扱いを決めかねている。
ニューヨーク・タイムズの取材に、島を訪れた儋州の住民は、「ここは死んだ場所だ」と語った。島に何人が暮らしているのかも、はっきりしない。売り出しの初期に物件を購入した数千人がいることは分かっているが、恒大が当初見込んだ最大20万人には、遠く届かない。
■中国人が手放せない一攫千金の幻想
海花島から見て本島に当たる海南島でも、非常によく似た開発の行き詰まりが過去に起きている。1993年、中国を襲った最初の不動産危機の舞台が、まさにこの島だった。
北方からの移住者を当て込んだ建設ブームが起きたが、中国政府が金融引き締めに転じると価格は暴落し、省都・海口では開発業者の95%が倒産した。フィナンシャル・タイムズは同島を「中国不動産危機の縮図」と評した。政策変更から開発停止に至るまで、一連の流れは今回とまったく同じだ。
それでも「造れば人はやってくる」という発想は、放棄された海花島で今なお根強い。市政府も、恒大の当初構想をほぼそのまま引き継ぎ、島を「唯一無二のライフスタイル・コンセプト」と銘打って観光客や住宅の購入希望者に売り込んでいる。
同じ発想は、買い手の側にもある。中国北部・河北省出身で銀行員を退職したワン・シエン氏は、恒大の創業者については、「行き過ぎたし、自分は何でもできると思っていた」と認める。一方で、今後10年で約3億人の中国人が定年退職を迎え、その多くが日当たりがよく安全な土地での暮らしを求めるはずだとも持論を展開。「そのうち1パーセントでもここに来れば、この場所は大成功する」と、海花島の再興を夢見る。
開発業者も、値上がりによる含み益を当て込む購入者側も、そして地方政府でさえも、不動産で一気に富を掴むという幻想を、いまだ手放そうとはしない。

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青葉 やまと(あおば・やまと)

フリーライター・翻訳者

1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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