今年の欧州は地球温暖化に加え、ヒートドーム(熱のドーム)という高気圧が停滞し、西の方角から雨雲が流れ込むのを妨げ、6月という早い時期に猛暑となった。フランスの首都パリで40.9℃、南部ピソスで44.3℃、スペイン南部のアンドゥハルで45℃を記録し、ドイツ、チェコ、ポーランドでも軒並み40℃を超えた。
筆者の住むロンドンも、例年7、8月でも最高気温が25℃以下の日が多く、湿度も低い爽やかな「イングリッシュ・サマー」が当たり前だったが、今年は5月下旬に30℃以上の日が5日間もあり、夏に入る前から異常な暑さとなった。
■ホースを使用すれば21万円の罰金が…
さらにイングランドでは雨がほとんど降らず、渇水になり、節水のためホースやスプリンクラーの使用が禁止され、違反すると最高1000ポンド(約21万4000円)の罰金が科される事態になった。筆者の家の庭は、テニスコート片面くらいの大きさがあり、バラ、モクレン、リンゴの他、高さ7~10mのコニファー(針葉樹)やスギが5本くらい生えていて、普段はスプリンクラーで水を撒いているが、今は、2日に1回くらいバケツで1時間ほどかけて水撒きをしなくてはならない。共同菜園を借りている人たちなどは、早朝から蛇口の取り合いになっている。
英国の気象庁は、地球温暖化と温暖化による気流の変化で、来年以降もこうした状況が今より高い頻度で起きると予想している。これまで暑さ対策が要らなかった英国だが、政府は、新たな貯水インフラの建設、水道会社の配水管の漏洩対策、暑さで膨張しやすい鉄道線路の交換、医療機関の暑さ対策など、ニューノーマル(新常態)への対応を急いでいる。
■日本発の「納涼アイテム」が英国で普及
英国とは対照的に、日本は奈良・平安の時代からさまざまな暑さ対策をやってきた。簾(すだれ)、葦簀(よしず)、深い軒と縁側、風が通りやすい家の構造、麻の服、氷水、アイスコーヒー、麦茶、冷やし中華、そうめん、水ようかん、ビアガーデン、ハンディファン、ファン付き作業服など、日本に一時帰国するたびに、独自の納涼アイテムを見て感心する。
英国でも、筆者が住み始めた1988年には存在しなかったアイスコーヒーが日本の影響などで2000年くらいから普及し、最近は日本・韓国・中国に旅行した人たちがハンディファンを持ち帰り、広く使われるようになった。おそらくファン付き作業服も今後全世界的に普及するだろう。
ただ日本を見ていて、一つ大きな問題だと思うことがある。それは東京や大阪といった大都市への異様な人口集中と、それがもたらす酷暑だ。
筆者のように家も土地も広々とした地方(北海道)出身者から見ると、東京に住みたいとは到底思えない。あえてそこに住む一番の理由は、仕事があるからだろう。仮にそうだとしても定年になったら、地方に帰ればいいと思うのだが、今度は子供たちが東京にいて、孫の顔も見たいからと留まり続ける。子供たちが東京にいるのは、主に高校・大学の選択肢が多いという教育の問題と、その後の就職の選択肢が多いからだ。かくして地方出身者が都会に吹き溜まり、ますます過密化し、酷暑をつくり出している。
■ニューヨークよりも昼間人口が激増する東京
ロンドンの証券会社時代の上司だった日本人がニューヨークに駐在していた頃、「ニューヨークっていうのはさあ、住むようなところじゃなくて、金を稼ぎに来るところだよ」と喝破していて、なるほどなあと思ったことがある。元上司がいっていたのは、特にマンハッタンを指してである。
マンハッタンにはセントラル・パークを東西から挟むアッパー・サイドの高級住宅街や、学生や比較的若い層が住むグリニッジ・ビレッジやイースト・ビレッジといった住宅街がある。しかし、夜間の人口(常住人口)が160~170万人であるのに対し、昼間の人口は2.5倍の約400万人に膨れ上がる。まさに「金を稼ぎにやって来るところ」である。
実は東京には、マンハッタンよりも昼間の人口が膨れ上がる場所がある。
■車、室外機、人混み…大量の熱源が東京を熱する
2025年の東京の昼間の人口の約62%が勤労者、約11%が学生、その他が27%で、働いている人が圧倒的に多い。こうした人口(特に勤労者人口)の集中によって何が起きているかというと、以下の4つである。
①オフィス街のエアコンなどから出る人工排熱量は、住宅街の5~10倍以上のため、勤労者が一斉にデスクワークや経済活動を行なうと、エアコンの室外機から大量の熱風が大気中に放出される。前記5区の人工排熱は、太陽から降り注ぐ日射エネルギーの3分の1~半分にも相当する膨大なものとなり、酷暑に拍車をかける。
②毎日1000万人を超える人々が移動するため、バス、営業車、トラックなどのエンジンやエアコンから放出される排熱が、アスファルトで覆われた道路上に蓄積し、表面温度が50~60℃に達することもある。鉄道の運行や駅構内の冷房に伴う排熱や人間の体温(代謝温)そのものも前記5区の場合約352万人分が上乗せされるので、無視できない熱源となる。
■夜になっても気温が下がらない理由
③ビルのコンクリートやアスファルト道路が、日中太陽熱や人工排熱を極限まで吸収し、それを夜間にじわじわと放出するので、夜になっても気温が下がらず、熱帯夜の原因になる。(ちなみに筆者が住む英国の煉瓦の家も同様で、分厚い煉瓦の壁が日中熱を吸収し、夕方から夜にかけてそれを放出するため、日没後のほうが家の中が暑くなる。)
④大量の勤労者を収容するために密集・林立する高層ビルによって、熱が上空に逃げにくく、風(特に海からの風)も遮られて入ってこなくなり、一帯に暑さを閉じ込めてしまう。
かくして人口とオフィス街と高層ビルが増えれば増えるほど、東京(や大阪)は、巨大なヒートアイランド(蓄熱体)と化す。このことは数字で示すまでもなく、実際にその場にいれば、肌で実感できるはずだ。
■日本の都市計画は発展途上国並み
筆者は常々、東京や大阪の過密ぶりは諸外国に比べても異常だと感じてきた。あそこまで人や建物が密集し、みんなで「暑い、暑い」といっているのは、フィリピンのマニラ、バングラデシュのダッカ、ソマリアのモガデシュ、インドの諸都市のような都市計画が脆弱ないしは存在しない発展途上国での話で、先進国ではあり得ない。
これはドイツやスイスに行くとよくわかる。両国ともヨーロッパで最も国土の多極分散が進んだ国で、行政機関、裁判所、大学、大手企業、国際機関などはすべて国内各地に高度に分散し、国土が無駄なく使われ、都市も密集していない。
たとえばドイツの場合、ボンには国防省、財務省、保険省など、カールスルーエに連邦憲法裁判所と連邦最高裁判所、フランクフルトにドイツ連邦銀行(中央銀行)、ニュルンベルクに連邦雇用庁、ヴィースバーデンに連邦統計局がある。また全国のどの州の主要大学でも均質で高い水準の教育と研究が行われており、ハーバード大学、東京大学、ソウル大学のようなトップ校は存在しない。
■大手企業と行政を分散させる伝統的政策
大手企業も、ミュンヘンにBMW、シーメンス、アリアンツ、シュトゥットガルトにメルセデス・ベンツ、ポルシェ、ボッシュ、ウォルフスブルクにフォルクスワーゲン、フランクフルトにドイツ銀行、ルフトハンザ航空、ルートヴィヒスハーフェンにBASF、ノルトライン=ヴェストファーレン州にE.ON、DHLグループ、ドイツテレコム、ヴァルドルフにSAPと、全国に分散していて、東京のような経済首都は存在しない。国際機関は、ボンに国連気候変動枠組条約(UNFCCC)、ハンブルクに国際海洋法裁判所、フランクフルトに欧州中央銀行(ECB)等があり、やはり全国各地に分散している。
ドイツは1871年にドイツ帝国として統一されるまで、多数の独立した小王国、公国、自由都市からなり、第二次大戦後に制定されたドイツ連邦共和国基本法(憲法)でも、地域間の格差をなくし、全国で同等の生活条件を保障することが義務付けられ、中央政府は各地方の均衡ある発展を重視する政策を続けている。
■だから地方にいても一流企業に就職できる
こうした機能分散のおかげで、ドイツには人口が100万人以上の都市は、ベルリン(約368万人)、ハンブルク(約186万人)、ミュンヘン(約150万人)、ケルン(約102万人)の4つしかない。
どこの町にいても国内トップクラスの質の大学があり、一流の就職口があるので、東京のような一極集中や過密化は起きず、ヒートアイランド現象とも無縁である。
スイスも同様で、行政機関や大学が、特定の都市に一極集中せず、国全体に意図的に分散されている。人口が多い上位5都市を見ても、チューリヒ(約44万人)、ジュネーブ(約21万人)、バーゼル(約18万人)、ローザンヌ(約15万人)、ベルン(約14万人)と、皆小~中規模で、街は空間や自然が豊かで、非常に住みやすい。
■それなのに所得は日本人の1.7倍…
先月、ミュンヘンに行ったが、空港に向けて飛行機が降下を開始すると、眼下に薄茶、茶、薄緑、緑の色のパッチワークのような畑が広がり、濃緑色の林が点在し、土地が無駄なく使われているのが分かる。ミュンヘン空港は、アフリカのジンバブエの空港のように、広々とした畑と林の真ん中にあり、1972年に五輪も開催されたドイツを代表する都市の空港とは思えず、国土の多極分散を実感させる。
ミュンヘン市内も公園や空間が多く、朝や夕方は交差点のところに自転車通勤をする人たちの列ができる。2004年に行なわれた住民投票で、市のシンボルであるフラウエン(聖母)教会の高さ100mの鐘楼以上の高層建築を建てるのが禁止されたこともあり、高層ビルは存在せず、建物はだいたい5~8階建てで、10階建て以上のものはほとんどない。
そのためドイツでは年収に比して不動産価格も全般的に安い(ドイツ人の平均年収は日本人のおよそ1.7倍)。一番高いミュンヘンでは近年不動産価格が高騰しているが、それでも70平方メートル程度の新築マンションだと(日本円換算で)1億4552万円(中古1億1121万円)、首都ベルリンで1億749万円(同7165万円)、全国平均では7359万円(同4574万円)といったところだ。住宅地は空間や緑が多く、環境の良さは日本とは比べものにならない。
■だから高い給与で効率よく働き、子育てしやすい
東京23区では新築マンションの平均価格が1億3000万円~1億6000万円まで上昇し、都心部の2~3億円超の物件は買い手の2~5割が外国人(うち6割が台湾人で、以下、中国人、シンガポール人)ともいわれ、日本でありながら、日本人が買えないといういびつな状況になってきている。
普通のサラリーマン家庭、ましてやこれから子育てをしようという若いカップルにとって、東京の新築マンションなど、とても手が届かない。そのため子づくりを控えたりして、少子化にますます拍車がかかる。
それでも仕事や教育を求めて人が東京(や大阪)に集まるので、建物や人が密集し、ヒートアイランド現象も起きる。逆に地方は過疎化で立ちいかなくなり、せっかくの安い土地や豊かな自然という貴重な資源が活用されず、これまたいびつな状況になっている。
片やドイツやスイスでは、不動産が安い地方に住んでいても、一流の仕事、高度な教育、中央の行政サービスにアクセスできる。広い家に住めるのでストレスを感じることもなく、短い通勤時間で身体への負担が軽減され、プライベートの時間にも余裕ができるので、労働生産性にも差がつき、国全体のGDP(名目)では2023年に人口が3分の2(約8430万人)しかないドイツが日本を追い抜き、直近(2025年)の一人当たりGDPではドイツが6万439ドル(世界18位)に対し日本が3万5973ドル(同38位)と大きく水をあけられ、合計特殊出生率(2024年、世界銀行統計)でもドイツの1.36に対し日本は1.15で後塵を拝している。
スイスに至っては、一人当たりGDPが11万5620ドル(世界第4位)と日本の約3.2倍で、合計特殊出生率は1.29である。
■単なる暑さ対策ではなく、日本の救済策である
今はIT技術の発達によってリモートワークができる時代である。英国はコロナ禍の際、先進国でも一番早く2020年12月9日からワクチンの接種を始めたが、10人からなる首相直属の「ワクチン・タスクフォース」の指揮を同年4月からとったケイト・ビンガム氏(女性)は、ほぼずっとウェールズの自然豊かなワイ・ヴァレー(Wye Valley)の家に家族といて、オンラインで仕事をした。
当時、世界に300件程度あったワクチン開発計画の中から有望なものを特定し、第I相・第II相・第III相の各試験(治験)、薬事申請、同承認、製造開始など、研究開発の各段階ごとに「マイルストーン・ペイメント」を行ない、アストラゼネカ、ファイザー、モデルナ、ノヴァックス、ジョンソン・ジョンソンなどから4億5700万回分以上(全人口の約3.4倍分)のワクチンの調達に成功した。日本にたとえるなら木曽の山中にいて、世界中のワクチン・メーカーや関係者とコンタクトをとり、仕事をやり遂げたようなものだ。
多極分散型国土は一朝一夕に実現できることではないのは承知しているが、筆者は、都市部の酷暑のみならず、現今の日本のじり貧状態を打開する有力な方策は、各種組織・機能の地方分散であり、ビンガム氏を見習ってIT技術を積極活用し、少しでもそれに近づけるよう努力すべきだと考えている。
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黒木 亮(くろき・りょう)
経済小説家
1957年、北海道生まれ。ロンドン在住。早稲田大学法学部卒業後、カイロ・アメリカン大学大学院(中東研究科)修士号取得。銀行や証券会社、総合商社に23年あまり勤務後、2000年に『トップ・レフト』で作家デビュー。最新刊は『マネーモンスター』。
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(経済小説家 黒木 亮)

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