マイケルはヒップホップ的な人物だった
「マイケル・ジャクソンは、ラッパーにもリスペクトされている」と書いたら、驚くだろうか。意外なことに、それは事実である。
銃をチラつかせながら、ドンペリを飲み干し、マリファナを吸いまくり、水着ギャルをはべらせてウェイウェイ騒いでいる……というようなイメージが強いラッパーと、平和主義でアルコールは飲まず、マリファナどころかタバコも吸わず、女性に対してかなりシャイなマイケルは、まったく別の世界に生きているように思える。
事実、ヒップホップ黎明期の1980年代において、ヒップホップはマイケル・ジャクソンに欠けていた「荒々しさ」を補完する存在として現れた。この頃は、アフリカ系コミュニティからの風当たりも強かった。有力な指導者であるルイス・ファラカーンやジェシー・ジャクソンらは「かつてアフロヘアだった彼が、黒人らしさを捨てて白人に近づこうとしている」などと、マイケルに裏切り者のレッテルを貼るような批判を行っていた。
しかし、ヒップホップをロックに比する一大音楽ジャンルへと拡大したヒップホップ第二世代のラッパーたち(1960年代末~70年代前半生まれ)にとって、マイケルはアイコンであり続けた。なにしろ彼らにとってマイケルは、物心ついた時には既にスーパースター。しかも労働者階級家庭の9人きょうだいの7番目の子という、自分たちと同じような境遇からミリオネアになったヒーローだったからだ。「正しい黒人らしさ」を説くお堅い指導者たちと、ゼロから自身の帝国を築いたマイケル。ストリートの子どもたちがどちらに憧れるかは明白だろう。
対するマイケルの方もストリート・カルチャーへの憧れを常に抱き続けていた。
マイケル自身に、人種や性別はおろか人間という枠組みさえ超えたいという願望があったことは否定しようもない事実である。だが彼がキャリアを通じて師事したモータウンのベリー・ゴーディ、フィラデルフィア・インターナショナルのケニー・ギャンブル&レオン・ハフ、そしてクインシー・ジョーンズといったプロデューサーたちはすべてアフリカ系、かつ腕利きのビジネスマンだった。弁護士やスタッフに白人を雇うことはあっても、主導権を握っていたのは常にマイケル側である。
黒人音楽を頑なに排除していたMTVに対し、当時のCBSレコード社長ウォルター・イエトニコフを使って「マイケルのMVを流さないなら、うちのレーベルの白人ロックアーティストのMVをすべて引き揚げる」と脅しをかけた手法は、後年デス・ロウのシュグ・ナイトや、バッド・ボーイのパフ・ダディなど、ヒップホップ・レーベルの経営者たちが白人主導の音楽ビジネス界で戦う際の青写真となった。つまりマイケル・ジャクソンとは、そもそも相当ヒップホップ的な人物だったのだ。
このため1990年代初頭、マイケルが児童性的虐待疑惑で主要メディアから過酷なバッシングを浴びた際、ラッパーたちは「これは白人によるリンチだ。血の滲む努力をして、トップに立ったマイケルを、黒人だからという理由でスキャンダルを捏造してでも引きずり下ろそうとしている」と捉え、異議を唱えた。そして彼らのステイトメントは、かつてマイケルを批判したアフリカ系コミュニティのリーダーたちをも支援の側に立たせるコペルニクス的転回をもたらしたのである。
「見た目がどう変わろうが、俺たちと同じ黒人の成功者。
マイケルの魂を宿したヒップホップ名曲10選
1. ノーティ・バイ・ネイチャー「O.P.P.」(1991)
【ネタ】ジャクソン5「ABC」(1970)
ニュージャージー出身のトリオによるメジャーデビュー作からのリード曲。前年にMCハマーがリック・ジェイムズ「Super Freak」をサンプリングした「U Can't Touch This」が大ヒットしたのを受け、彼らは、ジェイムズと同じモータウン所属だったジャクソン5の大ヒット曲「ABC」をサンプリングして極上のパーティ・チューンに仕立てた。タイトルの意味が下ネタ("Other People's Pussy / Penis")という、キッズ・ソウルである原曲とのギャップもウケて、全米最高6位の大ヒットを記録。
2. デ・ラ・ソウル「Breakadawn」(1993)
【ネタ】マイケル・ジャクソン「I Can't Help It」(1979)
文化系ラップ集団”ネイティブ・タン”の代表格による、サードアルバムからのリード曲。「夜が明けるまで、このパーティーを終わらせない」というリリックを包み込むメロウなトラックは、スティーヴィー・ワンダーがマイケルに提供した『Off The Wall』収録曲のイントロをループさせたもの。さらにスモーキー・ロビンソンの「Quiet Storm」のヴォーカルパートを重ねることで、スモーキー、スティーヴィー、マイケルというモータウン3大スターを1曲に召喚する高次元な遊び心をみせた。
3. ナズ「It Ain't Hard to Tell」(1994)
【ネタ】マイケル・ジャクソン「Human Nature」(1982)
ヒップホップ史上最高のリリシストと呼び声高いナズのデビュー作『Illmatic』からのリードトラック。まず耳に入ってくるのは、不穏な吐息のような声のループ。耳をすますと、それは「Tell'em that it's...(奴らに言ってやれ)」と言っているように聞こえる。
4. LL・クール・J「Hey Lover feat. Boyz II Men(1995)
【ネタ】マイケル・ジャクソン「The Lady in My Life」(1982)
80年代に16歳でデビューしたLL・クール・Jが、「大人のラッパー」としての艶を確立した大ヒット作。当時人気絶頂だったヴォーカル・グループ、ボーイズ・Ⅱ・メンを迎えた極上のラブ・ラップの土台となったのが、『Thriller』のラストを飾る繊細なバラードだった。甘美なメロディとラップの融合によって全米最高3位を記録。
5. キングピン・スキニー・ピンプ「All About Them Prophets feat. Prophet Posse」(1996)
【ネタ】マイケル・ジャクソン「Earth Song」(1995)
のちにヒップホップ・アクトとして初めてアカデミー賞を獲得するメンフィスの重鎮「スリー・シックス・マフィア」のDJポール&ジューシー・Jによる、初期の傑作プロデュースワーク。10人以上のラッパーがしのぎを削るバックで、全編にわたって鳴り響く哀愁を帯びたピアノは「Earth Song」のイントロ。環境破壊を哀悼する壮大な調べが、メンフィスのゲットーにおける「非情な掟」を象徴するダークな旋律へと見事に転化されている。
6. パフ・ダディ「It's All About the Benjamins feat. Lil' Kim, The Lox and The Notorious B.I.G.」(1997)
【ネタ】ジャクソン5「It's Great to Be Here」(1971)
当時ヒットメイカーとして頂点にいたパフ・ダディが、仲間とともに富と成功を誇示するマネー・アンセム(Benjaminsとは、独立の英雄ベンジャミン・フランクリンの肖像が印刷された100ドル札のこと)。ミニマルなトラック上でマイクリレーが続く中、この曲の発表3ヶ月前に射殺されたビギーがマイクを握った瞬間、トラックがジャクソン5の隠れ名曲の華やかなイントロへと一変する。このドラマチックな演出は、「ビギーは死してもなおキング」という事実をヘッズの脳裏に焼き付けたのだった。
7. 2パック「Letter 2 My Unborn」(2001)
【ネタ】マイケル・ジャクソン「Liberian Girl」(1987)
東海岸のビギーに対し、西海岸のキングとして君臨していたのが、2パックだった。1996年に射殺される直前に遺した音源をコンパイルした本作は、まだ見ぬ我が子へストリートを生き抜く教訓を語りかけるメロウ・チューン。下敷きとなった「Liberian Girl」のたゆたうような優しいシンセサウンドは、武骨な2パックが抱く我が子への無償の愛を象徴するかのようだ。
8. ジェイ・Z「Izzo (H.O.V.A.)」(2001)
【ネタ】ジャクソン5「I Want You Back」(1969)
ビギー亡き後、名実ともに東海岸ラップ界の頂点に立ったのがジェイ・Z。彼の戴冠を決定づけたナンバーが、自らの愛称を冠したこの曲だった。ジャクソン5の誰もが知るキャッチーなピアノのイントロや手拍子を、新進気鋭のプロデューサー、カニエ・ウェストが細かくチョップして再構築。サンプリングというヒップホップの伝統を用いて、ジェイ・Zの”王者感”をポップに提示してみせた。
9. カニエ・ウェスト「Good Life feat. T-Pain」(2007)
【ネタ】マイケル・ジャクソン「P.Y.T. (Pretty Young Thing)」(1982)
前述の「Izzo」をプロデュースしたカニエ・ウェストは、のちにラッパーとしてソロデビューし、ジェイ・Zをも脅かす時代の寵児となる。アルバム『Graduation』の本作収録のこの曲で、彼はついに天下取りを宣言した。ボコーダーを使用したロボット声が印象的な原曲の魅力を、オートチューンの魔術師T-ペインを招くことで増幅。マイケルのキャッチーな遺伝子を受け継ぐことで、自らをゼロ年代のポップアイコンへと昇華させた。
10. J・ディラ「Time: The Donut of the Heart」(2006)
【ネタ】ジャクソン5「All I Do Is Think of You」(1975)
32歳の若さで夭折した天才プロデューサーが、病室のベッドで作り上げ、死のわずか3日前に発表した不朽のビート集『Donuts』。
こうして並べてみると、意外にも地味でミッドテンポ~スローな楽曲がネタとして多く選ばれていることに気づく。逆に言うと、「Wanna Be Startin' Somethin'」や「Smooth Criminal」といった、マイケルならではのド派手なファンクチューンは好まれていない。これはビートへの細かいノリや意図的なズレにこだわるラッパーたちにとっては、曲のテンポが早すぎて工夫を凝らしたラップが乗せにくいという技術的な理由があるからだろう。
しかし、レイドバックした楽曲が愛される理由はもうひとつある。根っからのダンサーであり、「リズムの化身」であったマイケルは、バラード曲であっても常に細かなビートへのアプローチを意識した歌唱を行っていた。彼の「声」そのものが醸し出す圧倒的なグルーヴ感に、ラッパーたちはラッパーとしての理想像を見出していたのではないだろうか。ただし、マイケル本人は生前、ダンサブルなナンバーへのこだわりが人一倍強いあまり、ラッパーたちが喜ぶような楽曲を自ら進んで作る気にはなかなかなれなかったようだ。
そんな彼の姿勢に明確な変化が見えたのが、2001年のアルバム『Invincible』だった。同作には、前述のデ・ラ・ソウル「Breakadawn」経由で「I Can't Help It」をリメイクしたかのような「Break of Dawn」や、ヒップホップR&Bデュオ「フロエトリー」のマーシャ・アンブロージウスがソングライティングに関わった「Butterflies」が収録されている。
ストリートから這い上がり、世界の頂点に君臨したキング・オブ・ポップ。彼がようやくラッパーたちと真に共鳴し始めた矢先、時代の針は止まってしまった。もしマイケルがさらなるラブコールに応え、その「声そのもののグルーヴ」をストリートの流儀に委ねていたら、一体どんな奇跡が起きていただろう。今となっては、その早すぎる不在が悔やまれてならない。
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『Michael/マイケル』
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脚本:ジョン・ローガン(『アビエイター』 『グラディエーター』)
製作:グレアム・キング(『ボヘミアン・ラプソディ』)、ジョン・ブランカ、ジョン・マクレイン
出演:ジャファー・ジャクソン、ジュリアーノ・ヴァルディ、コールマン・ドミンゴ、ニア・ロング、ケンドリック・サンプソン、マイルズ・テラー、ローラ・ハリアー、ケイリン・ダレル・ジョーンズ他
■配給:キノフィルムズ
■コピーライト:®,TM & © 2026 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.
https://www.michael-movie.jp/
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