【現地ルポ】「通報制度」に揺れる茨城で見えた「フホー(不法就...の画像はこちら >>

茨城県の農地では夕暮れ時になると、仕事を終えた外国人就労者たちが自転車で帰宅する姿があちこちで見られる

茨城県が5月から開始した「不法就労通報報奨金制度」。内容が報道された直後から、「差別を助長する」「排外主義的だ」という声が多く上がったが、「必要悪」として農家に欠かせない存在となった「フホー」を巡る問題は、一面的な見方では片づけられなくなってきている。

徹底取材して見えたものとは――。

* * *

【ある不法就労外国人の告白】

「若い人は全然ない。おじいちゃんとおばあちゃんだけ」

元技能実習生のベトナム人男性、グェン・コアさん(32歳)は、拙い日本語でそう語った。今年5月上旬まで働いていた茨城県神栖市の農家はどこも高齢者ばかりで、若い働き手がほとんどいないという意味だ。ベトナム語に切り替えて続ける。

「畑ではホウレンソウやトウモロコシ、大根などを作りました。トウモロコシの収穫時期になると朝5時から働き始め、パック詰めの作業もあるので仕事は深夜まで続きます。時給は900円で、1ヵ月当たり25万~30万円になります」

茨城県の最低賃金(1074円)を下回っているとはいえ、コアさんの出身地ホーチミン市の平均収入は1ヵ月当たり900万~1200万ドン(約5万4000~7万2000円)で、農家での収入はその4~5倍だった。

この給与格差があるため、技能実習生を中心とする外国人は次から次へと来日し、人手不足に悩む農業や建設業の雇用主は彼らを受け入れてきた。国内にいる技能実習生は現在、約46万人に上り、このうち40%がベトナム人、27%がインドネシア人で、7割近くを両国の出身者が占める。

【現地ルポ】「通報制度」に揺れる茨城で見えた「フホー(不法就労外国人)問題」の核心
「もうベトナムに帰国するから」と顔出しで撮影に応じたコアさん。「収穫の時期は1日3時間睡眠で働いていました」と振り返る

「もうベトナムに帰国するから」と顔出しで撮影に応じたコアさん。「収穫の時期は1日3時間睡眠で働いていました」と振り返る

この「技能実習制度」はこれまで、低賃金やパワハラなどの過酷な労働環境を理由にさまざまな批判にさらされてきた。

コアさんが働いていた茨城県の農家では近年、技能実習のため来日するも、なんらかの事情で在留資格を失い、不法に働く外国人が増えているという。かくいうコアさんも、そのひとりだった。

「農家は日本人だけでなく中国人も多くいました。皆、私は『フホー』だと知っていました。それでも仕事がたくさんあって人手が足りないため、雇うしかなかったのです」

茨城県では、在留資格のないまま不法に就労する外国人のことを「フホー」と呼ぶ。

フホーのコアさんは、来日時の旅券はすでに紛失してしまい、最近、新たな旅券を在日ベトナム大使館で発行してもらった。中のページには、出頭確認書が張りつけられている。この5月半ば、東京都千代田区にある出入国在留管理庁に出頭し、ベトナムへ帰国する手続きをしたためという。

【現地ルポ】「通報制度」に揺れる茨城で見えた「フホー(不法就労外国人)問題」の核心
コアさんの旅券に張りつけられていた出頭証明書。「自分が長男なので、病気になったお父さんの世話のために帰国を決めました」(コアさん)

コアさんの旅券に張りつけられていた出頭証明書。「自分が長男なので、病気になったお父さんの世話のために帰国を決めました」(コアさん)

「私は7年間、日本で不法滞在を続けていました。ですが、母国にいる父親の病状が優れず、帰国することにしました」
 
コアさんのような外国人の不法就労者を減らすことを目的に、茨城県は5月11日から「通報報奨金制度」を始めた。この制度は、不法就労者を雇用する会社やブローカー(仲介者)を通報対象とし、就労者個人は対象外。

摘発につながる情報提供者には1万円を支払う仕組みだ。

今年2月に制度の導入方針が明らかにされると、議論が渦巻き、県弁護士会や市民団体などからは「外国人への差別や偏見を助長する」と反対の声が相次いだ。

実際のところ、茨城県内の不法就労者の数は2022年から4年連続で全国最多を記録しており、この4年間で2.7倍以上と急増している。

直近のデータによると、昨年、全国で摘発されるなどした不法就労者は1万3435人。そのうち茨城県は3518人だ。そして茨城の不法就労者のうち7割が、コアさんのような農業従事者に集中している。

不法就労者の野放し状態は、治安の悪化や犯罪の増加につながるのでは、という懸念の声が市民からも上がっていた。

【現地ルポ】「通報制度」に揺れる茨城で見えた「フホー(不法就労外国人)問題」の核心
不法就労外国人対策として創設した「通報報奨金制度」に関する一部団体の反対意見に対し、記者会見で反論する茨城県の大井川和彦知事(写真/時事通信社)

不法就労外国人対策として創設した「通報報奨金制度」に関する一部団体の反対意見に対し、記者会見で反論する茨城県の大井川和彦知事(写真/時事通信社)

同県の大井川和彦知事は4月の記者会見で、制度の意義をこう強調している。

「人口減少社会の中で外国人材の活用は地域社会の未来を大きく左右する。人手不足だからこそ適正な雇用秩序が必要だ」

確かに正論だ。不法就労者がいなくなるに越したことはない。だが、この問題は外国人だけに責任があるのだろうか。

取材を進めていくと、地域社会のいびつな現実も浮き彫りになってきた。

【一時期は路上生活に。「悲しかったです」】

前述のコアさんが来日したのは18年の暮れ。ホーチミン市の送り出し機関(人材派遣会社)を通じて、技能実習生として福岡県内の建設会社で働くことになった。仕事は足場の組み立てだが、いざ現場で働き始めると、事前に伝えられていた待遇と異なっていた。

「月給は18万円と聞いていたのに、実際に支給されたのは7万円。いろいろと引かれたみたいです。残業代もなし。日本語を勉強する期間も短かったから、日本人の同僚とコミュニケーションも取れないし、いじめられた」 

コアさんは間もなく職場を逃げ出した。技能実習生は原則、職場を変更できないため、この時点で在留資格を失い、不法滞在になる。ただ、来日のための手続き、日本語学校の授業料や渡航費など合わせて約100万円を借金しているため、母国に帰国するわけにもいかず、不法滞在とはいえ仕事を探さなければならない。

このように、最初の職場でマッチングに失敗し、つまずく実習生のケースは枚挙にいとまがない。

人手不足対策として19年度に創設された「特定技能制度」では転職が可能だが、その多くは、技能実習から在留資格を切り替える移行組だ。結局、技能実習中に職場を逃げ出す失踪者が相次ぐ状況は以前とさほど変わっていない。

そんな彼らにとっての救済措置が、ネット上で飛び交う生の情報である。例えば『ボドイジャパン』というFacebookのグループには、求人募集や求職者に関する投稿があふれている。「ボドイ」はベトナム語で「兵士」を意味するが、実態は不法滞在者を中心とする在日ベトナム人のコミュニティで、なんと約16万人が登録している。

「月曜から土曜までフルタイムで働ける、キャベツの収穫作業ができる方を2~3名募集しています」

「名古屋周辺で解体のアルバイトを探しています」

中には露骨に最低賃金を下回っている募集もあるが、こうした投稿を頼りに、ベトナム人たちはより良い待遇の職場を求めて日本各地をさまよっている。

そうしてコアさんも福岡県から埼玉県にたどり着き、建設会社で働いた。日本人の社長は親切で、不法就労でも雇ってくれたという。

「住む場所は古い家でしたが、家賃も光熱費も無料でした。残業代も少し出ました。おかげで毎月、母国に15万円ほどを送金できました」

そんな生活が3年続いたが、「不法就労者の取り締まりが厳しくなっている」という噂を聞いたコアさんは、建設会社を辞め、ついに路頭に迷う。駅や公園で2週間、路上生活を送った。

当時を思い出しながらコアさんがこう嘆息する。

「手元に現金が5000円しかなく、毎日、コンビニで買うおにぎりと水で生活していました。スマホはコンビニで充電し、公園の水で顔を洗っていました。悲しかったです。でも母国の家族を助けるため、この状況を乗り切るしかないと自分に言い聞かせました」

知人の助けを借り、なんとか千葉県銚子市の農家に身を寄せた。その3ヵ月後に隣の茨城県へ移動し、神栖市の農家で3年間働いて現在に至る。不安定な7年間だったが、真面目に仕事したおかげで借金はとっくに返済し、700万円を貯金できた。母国に家も買った。

「日本が好きになったので、本当はこのまま残りたい。でも家族の事情で帰ります」

コアさんは「ほかにも農家には不法就労者がたくさんいるが、詳しくは言えない」と口を閉ざす。

【現地ルポ】「通報制度」に揺れる茨城で見えた「フホー(不法就労外国人)問題」の核心
東京都千代田区にある、出入国在留管理庁が入る合同庁舎。本庁のほか、外国人の不法な出入国を取り締まるための管理局・支局・出張所が日本国内に点在する(写真/共同通信社)

東京都千代田区にある、出入国在留管理庁が入る合同庁舎。本庁のほか、外国人の不法な出入国を取り締まるための管理局・支局・出張所が日本国内に点在する(写真/共同通信社)

【「フホー」が必要な事情】

茨城県は農業産出額が全国第3位を誇る〝農業大国〟だ。

ただ、ほかにも農家で働くことのできる地域が多くある中、なぜ茨城に不法就労者が集まってくるのか。JA茨城県中央会で農業政策アドバイザーを務める萩谷 茂さんが解説する。

「茨城県の農業は、広い農地がある北海道とは異なり、機械による自動化が難しい。例えば白菜をひとつひとつ収穫するような手作業が多いため、どうしても人手がかかるのが特徴。ところが日本の若者たちはこうした仕事をやりたがらないから、外国人に頼らざるをえないのです」

県内の畑や田んぼが広がる地域では夕暮れ時になると、農家での仕事を終えたアジア系の外国人たちが、自転車で帰宅する姿に出くわす。一昔前は学校帰りの子供たちが自転車に乗っていた懐かしい光景が、少子高齢化による人手不足の影響で、外国人に変わっていた。

萩谷さんが続ける。

「農家が作る作物によっては短期間の収穫作業時に集中して人手がいる場合があります。ところが、技能実習で定められている1年以上という長期で外国人を雇えるほどの仕事がない。

そんなときに『1週間だけでも働けますよ』と紹介された外国人の中に、フホーが含まれていることがあります。特に高齢者の農家は、知らずにフホーを雇っていたというケースも考えられますから」

茨城県水戸市にある八木岡農園の代表、八木岡 慎さん(27歳)は、知人の農家から聞いた話として「不法就労者はとにかくよく働く」と説明する。

「フホーは立場上、どうしても雇ってほしいから『何時間でも働きますよ』とアピールするそうです。だから働きぶりは半端じゃないと。みんな口には出さないですけど、フホーのほうがいいって心の中で思っている農家さんはいるはずです」

技能実習生を正規で雇用する場合、雇用主は管理団体に毎月、管理費用を約2万5000円、これに加えてビザの更新料数万円なども支払わなければならない。しかしフホーを雇う雇用主の場合はこうした負担がなく、最低賃金も守る必要がない。

つまり安く雇えるため、正規の就労者を抱えている雇用主にとっては不公平だ。ゆえに通報制度には賛成の立場を取っている八木岡さんだが、葛藤もある。

「水害が発生したときとか、外国人労働者が災害復旧事業の人手として優先的に集められてしまうと、農家は困りますよね? だから私もいつ何時、フホーを雇う側に回ってしまうかもしれないという不安はあります」

制度については在留外国人の間でも話題になり、前出のコアさんもSNSで知った。

「農家同士で『あそこの農家にはフホーがいるのでは』と疑いの目を向けると、トラブルになるのではないか。フホーだから悪い人間というわけではないのは伝えたいです」

確かに外国人の不法就労者には、コアさんのようにのっぴきならない事情でそうなってしまった人も多く、何も全員が「悪い人間」とは限らない。だが、正規の在留資格で就労する外国人からはこんな不満も漏れる。前述の八木岡農園で働くネパール人のアラム・エムデー・タウキルさん(25歳)は、こう強調する。

「不法滞在の外国人たちの就労が許されれば、正規に滞在している外国人の働き口が奪われてしまう。こっちは税金や年金も払っているのに、払わないで仕事している状態はないほうがいい」

やはり、不満の根底にあるのは不公平感だ。

【現地ルポ】「通報制度」に揺れる茨城で見えた「フホー(不法就労外国人)問題」の核心
採れたてのトウモロコシにかぶりつく、ネパール出身のアラムさん(右)と、その様子を見てほほ笑む八木岡さん(左)。八木岡さんは「生ですぐに食べるととても甘いんですよ。これは農家の特権です」と笑う

採れたてのトウモロコシにかぶりつく、ネパール出身のアラムさん(右)と、その様子を見てほほ笑む八木岡さん(左)。八木岡さんは「生ですぐに食べるととても甘いんですよ。これは農家の特権です」と笑う

【現地ルポ】「通報制度」に揺れる茨城で見えた「フホー(不法就労外国人)問題」の核心
トウモロコシを刈り取るアラムさん。「日本で頑張って働いてお金をためて、帰国しても農業を続けたいですね」と意欲を見せる

トウモロコシを刈り取るアラムさん。「日本で頑張って働いてお金をためて、帰国しても農業を続けたいですね」と意欲を見せる

【通報制度の効果はいかに】

八木岡さんは実名で取材に応じてくれたが、制度がすでに始まっているため、多くの農家は取材に対して慎重な姿勢だった。インドネシア人とベトナム人を数人雇用している野菜農家の男性もこう語る。

「うちは一年を通して作物を栽培できているので、合法的に外国人を雇えます。ですが、農家の窮状を考えるとフホーを雇うのは仕方がないと思います。それに昨今の排外的な風潮には違和感を覚えます」

関係筋によると、制度が始まってから約1ヵ月が経過した時点で、通報件数は15件だった。このうちフホーが最も集中している農業従事者に関するものは1件だけ。インドネシア人を複数雇用している果物農家の男性は言う。

「フホーを雇っている農家は噂で聞きますが、やはり地域のつながりがあるから、農家で通報する人は少ないでしょう。制度は取り締まりが目的ではなく、自主的に正規雇用しましょうという注意喚起と理解しています」

制度に賛成の農家は多い一方、人手不足に悩む中、フホーはある種の「必要悪」というのもまた共通認識である。ただし、フホーの生活基盤を支えるべく、裏で動いている外国人の協力者や犯罪組織の存在もある。

前出のコアさんも、不法滞在だったため銀行口座を開設できなかったが......。

「だから本国の家族に送金する際は、合法に滞在している知人に頼んでいました」

無免許で日本国内から本国へ送金する「地下銀行」を運営する犯罪組織も暗躍しており、中国人やベトナム人が逮捕される事件は相次いでいる。このほか在留カードの偽造も多い。事情に詳しいベトナム人の男性が語る。

「偽造カードは中国人が作っているようです。それをベトナム人のブローカーが5000円ぐらいで売りさばくのですが、その際、2万~3万円で農家や工場などの仕事もあっせんしています。つまり『偽造カードの密売』と『仕事紹介』をセットでやっているブローカーがいるんです」 

この男性によると、フホーは職場を転々とするため、彼らの引っ越しを手伝う白タク(違法タクシー)業者も水面下で動いているという。

「例えば、SNSのグループで『茨城から都内に行きたいです。誰か運んでください』と投稿したら、白タクが来てくれます。フホーは免許を持っていないので、正規のベトナム人滞在者がアルバイト代わりにやっています。

時間はもっぱら仕事終わりの夜ですね。もともとはベトナムにも白タクの文化があって、それが日本に持ち込まれたのです」

このほか不法就労者らへのアパートあっせん、医師免許のない医療行為、無許可の処方薬の販売などフホーを対象にした闇商売が横行しており、彼らを取り巻く世界をより複雑にしている。

【現地ルポ】「通報制度」に揺れる茨城で見えた「フホー(不法就労外国人)問題」の核心
外国人就労者の買い物客が多い茨城県鉾田市のスーパー。棚に並ぶ商品も輸入品が多く、店内は異国情緒が漂う

外国人就労者の買い物客が多い茨城県鉾田市のスーパー。棚に並ぶ商品も輸入品が多く、店内は異国情緒が漂う

【現地ルポ】「通報制度」に揺れる茨城で見えた「フホー(不法就労外国人)問題」の核心
鉾田市のスーパーの入り口で販売されていたパクチーの苗(看板にはタイ語で1本100円と記載)。周辺には外国人経営者が営業しているアジア系の飲食店も多い

鉾田市のスーパーの入り口で販売されていたパクチーの苗(看板にはタイ語で1本100円と記載)。周辺には外国人経営者が営業しているアジア系の飲食店も多い

フホーの温床とされる技能実習制度に代わり、27年度から「育成就労制度」が施行される。来日に向けて送り出し機関に支払う費用の上限が設定されるなど、これまで借金返済に追われていた外国人の負担は軽減されそうだ。

とはいえ、1年以上転職が認められない規定は変わらないため、より良い職場を求めて失踪する外国人は一定数生じるはずだ。こうした制度上の難しさに加え、農家側の人手不足という根っこの問題が解消されない限り、その隙間を埋める「フホー」は後を絶たないだろう。

●水谷竹秀(みずたに・たけひで) 
ノンフィクションライター。現在、東京を拠点に各国で活動。2011年『日本を捨てた男たち』(集英社)で開高健ノンフィクション賞受賞。近著に『ルポ 国際ロマンス詐欺』(小学館新書)など。

取材・文・撮影/水谷竹秀

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