ジャーナリストの石戸諭氏は、高市陣営の中傷動画問題は民主主義の根幹に関わる深刻なテーマである一方、現状では首相本人の進退に直結する決定打には乏しいとみる(以下、石戸氏の寄稿)。
首相の進退を左右する段階ではない
『週刊文春』がリードする高市早苗首相陣営の中傷動画問題が、じわじわと広がりを見せている。ことの発端は4月だ。暗号資産サナエトークンの開発責任者として話題を集めたIT企業経営者・松井健氏が、高市事務所の公設第一秘書と相談のうえで自民党総裁選や衆院選の対立候補にネガティブな印象を与える動画を作成したと証言した。当初、高市首相は松井氏に関して「秘書も面識のない方」と真っ向から否定していたが、5月19日には「会ったことがない」に修正した。さらに6月10日には、秘書と松井氏によるオンライン会議を否定した国会答弁の訂正を申し出る事態にまで発展した。
「選挙を揺るがす中傷動画は民主主義の根幹に関わる」「総理の嘘」という批判はよくわかる。だが、それでも道義的責任までだ。現状、首相本人の進退問題に波及する要素は乏しい。高市陣営が松井氏に対して明確に中傷動画の作成を指示したという証拠は提示されていないうえに、中傷動画を規制する法もない。
高市政権の危うさが出た
高市首相にとって最悪の展開は、衆院選の中傷動画問題と暗号資産との間に関連があると証明されることだろう。松井氏が無報酬で動画を作成していても、その見返りとしてサナエトークンの発行が認められ、利益を得る前提があれば、公職選挙法違反に問われる可能性もあるからだ。問題を俯瞰して見ると、責任の一端は高市首相にあると言わざるを得ない。「週刊誌よりも秘書を信じる」と明言して秘書の弁明を国会答弁に採用し、それを修正・訂正したことで問題は広がった。野党が秘書の参考人招致を求める理由も一定の筋はある。
引くところは引いていいはずだが、引かない。高市政権の危うさはここにある。消費税減税を巡る議論しかり、「骨太の方針」しかり、日本経済の今後を左右する問題は山積するが、首相の強気すぎる態度、トップダウンで決める姿勢が政策を停滞させてしまう。
他方で中傷動画問題にこだわりすぎることは野党にとっても良いことではない。「政策論争よりも週刊誌報道の裏取りを国会で優先」と揶揄され、支持率は低迷し続けている。
スキャンダルは往々にして政局の一発逆転材料にはならない。「秘書が間違いを犯した」と謝れば収束しそうな問題で、かくも強気を貫く首相が日本経済のリスクに……。そんな政治にならないことを願うばかりだ。
【石戸 諭】
ノンフィクションライター。’84年生まれ。大学卒業後、毎日新聞社に入社。その後、BuzzFeed Japanに移籍し、’18年にフリーに。’20年に編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞、’21年にPEPジャーナリズム大賞を受賞。近著に『「嫌われ者」の正体 日本のトリックスター』(新潮新書)
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