しかし、その裏では、いじめや誹謗中傷、拒食症、芸能界でのハラスメント、洗脳被害など、壮絶な経験を重ねてきた。
「セクシー女優という職業がなければ、私はいなかったと思います」
そう語るRUUさんに、波乱に満ちた芸能人生とセクシー女優へ転身した理由、そして業界に対する率直な思いを聞いた。
6歳から始まった芸能人生
RUU:子役は6歳から12歳頃まで続けていました。当時は鹿児島に住んでいて、母が地元のミュージカルスクールに入れてくれたのがきっかけでした。そのスクールでミュージカルを始めて、鹿児島だけじゃなく福岡や東京でも公演をしていたんです。
――鹿児島にも本格的なミュージカルスクールがあるんですね。
RUU:元宝塚の先生が講師をされているスクールでした。そこから芸能界に進んだ方もたくさんいるんです。
――お母さんはどうしてそこへ入れようと思ったんでしょう。
RUU:芸能人にしたいというより、「いろいろな経験をさせたい」という考えだったみたいです。母は習い事をたくさんさせるタイプで、ミュージカルだけじゃなく、英会話や水泳なども習わせてくれていて、その中の一つがミュージカルだったという感じですね。
――RUUさん自身は、芸能界に憧れていたわけではなかったんですか?
RUU:全然憧れてなかったです(笑)。
――子どもの頃って、芸能人に憧れる子も多いじゃないですか。
RUU:私はそういうタイプではありませんでした。
――芸能界への強い憧れがあって始めたわけではないけれど、ミュージカルは楽しかった?
RUU:楽しかったです。歌ったり、踊ったり、お芝居をしたりすることが本当に好きになりました。その後、父の仕事の都合で熊本へ引っ越すことになったんです。それをきっかけにミュージカルは辞めて、熊本の芸能事務所に入りました。中学生から高校生まで、その事務所で活動していました。
芸能活動に対するやっかみで不登校に
――熊本ではどんな仕事をしていたんですか?RUU:モデルの仕事をしたり、熊本限定で流れるCMに出演したり、ローカル番組に出たりしていました。あとは福岡で開催されるイベントに出演したり、本当にいろいろ経験させてもらいました。
――その頃には「芸能の仕事を続けていこう」という意識はありましたか?
RUU:全然ありませんでした(笑)。当時はまだ中学生でしたし、将来のことなんて考えていなくて、ただ「楽しいからやっている」という感じでしたね。だから、東京へ出て成功したい、という思いも全然なかったです。
――一方で学生生活はどうでしたか?
RUU:中学生のときは不登校だったんですよ。テレビや雑誌に出るようになると目立ってしまって、「ブスなのに」とか「いなくなればいいのに」とか、そういうことを言われるようになりました。
――やっかみですね。
RUU:それで、中学2年生で近くの学校へ転校したんですが、そこでもいじめられてしまって、休み時間になるとトイレに隠れて過ごしていました。中学2年生も半分くらいしか学校へ行けなかったですね。なので、中学3年生の最後のほうで、ようやく少しずつ学校へ通えるようになりました。
――それでも芸能活動は辞めなかったんですか?
RUU:精神的にかなり病んでしまって、一時期は休みました。拒食症にもなり入院もしたんですよ。本当にガリガリになってしまって、点滴で栄養を摂る生活でした。腕では血管が取れなくなって、最後は足から点滴を入れていたくらいです。
――そこまで追い詰められていたんですね。
RUU:そういえば、学校行事でキャンプへ行ったときには、お茶を頭からかけられたこともありました。
声優事務所にスカウトされ上京
RUU:はい。でも中学校へほとんど通えなかったので勉強が全然できなくて(笑)。だから熊本では、自分の学力に合った高校へ進学しました。高校でも芸能活動はそのまま続けていて、東京に出てくるきっかけがあったんです。
――どういうきっかけですか?
RUU:当時はアニメブームで、声優さんがすごく注目されていた時代だったし、友達の影響で私もアニメを見るようになって、声優さんのお芝居に興味を持つようになったんです。その頃、個人的にブログを書いていたんですが、アニメや声優さんについての記事を書いていたら、ある日、東京の声優事務所のマネージャーから「一度お会いしてみたい」とメールをいただいたんです。
――それはすごい流れですね。
RUU:そうしたら、なんと声優事務所の社長とマネージャーが熊本まで来てくださったんですよ。そこで両親も交えて話し合いをして、「高校を卒業したら東京へ来ませんか」というお話をいただいたんです。
――ブログだけではRUUさんの声がわからないですよね。
RUU:そうなんです(笑)。
――高校生で突然そんな話が来たら驚きませんでしたか?
RUU:驚きましたけど、「これもご縁なのかな」と思いました。まずはお話を聞いてみようという気持ちでお会いして、それで「高校を卒業したら東京へ来ませんか」という話になったので、「じゃあ行きます」と決めました。
――声優事務所ですけど、一般的な芸能事務所に近い環境だったんですか?
RUU:そうですね。私が所属していた事務所は芸能活動にも力を入れていたので、声のお芝居だけじゃなく、ダンスや歌もできなければいけないという方針だったんです。だから、レッスンはかなり大変でした。
声優や大河女優を夢見た日々
――実際のお仕事はどうだったんですか?RUU:アニメのオーディションは本当に受からなかったです。何度も挑戦したんですけど、全部落ちてしまって、出演できたのはアプリゲームの収録が中心でした。あとは事務所主催のイベントで歌やダンスを披露したりしていました。
――声優は、かなり競争が激しい世界ですよね。
RUU:競争率もすごかったですし、例えば『ラブライブ!』のオーディションも受けましたけど落ちちゃいました。
――振り返ると、6歳からずっと芸能の世界にいることになります。
RUU:本当にそうなんですよ(笑)。
――そういう青春時代はどうでしたか?
RUU:私は高卒なので、大学生活には憧れがありました。サークル活動をしたり、普通の学生生活を送ったり、そういう経験をしてみたかったなって今でも思います。でも、当時は勉強ができないことが本当にコンプレックスだったけど、今になって思うと、勉強だけがすべてじゃないんだなって思えるようになりました。20代前半は芸能活動に必死で、「頑張らなきゃ」「結果を出さなきゃ」と、ずっとプレッシャーを感じながら生きてきたから、今のほうが、ずっと気持ちは楽ですね。
――その他には、どういうお仕事をしていたんですか?
RUU:人気バラエティ番組などの再現VTRには、一時期はレギュラーのような形で出演していました。でも、実際のドラマだと、セリフが一言、二言くらいの役がほとんどでした。あとは毎月のように舞台へ立っていましたね。
――もっと上へ行きたいという気持ちは芽生えてましたか?
RUU:もっと上へ行きたいという気持ちはありましたよ。NHKの大河ドラマに出たかったので、乗馬、茶道、着物の着付けとか習ってましたね。
――実際にNHKのオーディションを受けに行ったことはありますか?
RUU:何を受けたのかはもう忘れちゃったんですけど、オーディションを受けに行ったことはありました。連続ドラマにも出演したことがあるんですが、セリフは二言ぐらいしかもらえなかったですね。
――メインを張る俳優と、そうでない人の違いは何だと思いますか?
RUU:枕ですかね(笑)。ははは。それは冗談ですけど、主役級の俳優さんはオーラがありますね。
芸能界に潜むハラスメントと枕営業の誘いを断った代償
――いま「枕営業」の言葉が出ましたけど、RUUさんは実際に経験がありますか?RUU:私は枕営業をしたことはないんですけど、決定権を持っている人たちって、近づき方がすごく上手いんです。自然と「お偉い方の言うことを聞かなきゃいけない」という空気にさせるんです。例えば、「今度、打ち合わせをしよう」って言われるんです。最初はスタッフさんが4~5人いて、みんなでお店に入って普通に打ち合わせをするんですけど、いつの間にか自然な流れで2人きりになっちゃうんですよ。
――周りの人が少しずつ抜けていくんですね。
RUU:「ちょっと出ないといけなくて」「打ち合わせがあって」とか言って、出ていっちゃうんですよ。実際に私が経験したのは、「君の芝居が見たいので、この中から選んで芝居をしてほしい」と言われ、ドラマの台本を何冊も持ってきて、別室へ連れていかれたことがあります。そこで、お触りが始まるんです。
――飲み屋の個室みたいなところですか?
RUU:そうです。そこからまた別の部屋に連れていかれ、2人きりの状況にさせられることが多かったです。
――RUUさんは、もちろん断ったんですよね?
RUU:もう、気持ち悪くて無理ですもん!
――昔はそういうことが普通だったんですか?
RUU:周りからそういう話を聞いていたので、「こういうことは普通にあるものなのかな」と思っていました。女の子に手を出す舞台監督もいて、「家まで送るよ」と言われてバイクに乗せてもらったら、そのまま自宅に連れていかれて、襲われそうになったっていう話を同じ舞台の女の子たちとしていたこともあります。「私もあった」と話す子もいて、居酒屋で盛り上がるくらいだから、珍しい話ではなかったですね。
――当時は泣き寝入りするしかなかったんですか?
RUU:私もセリフの多い主役級の役をいただいたことがあったんですけど、ロケ先で監督からの誘いを断ったことがあるんです。ウィーンまで行って撮影していたんですが、そのことで現地で役を降ろされてしまい、最終的には、ただ映っているだけの役にまでさげられたことがあります。
――それはひどい! 最近は、演技指導の名の下に行われるハラスメントも問題になっています。有名な演出家による厳しい演技指導が「伝説」として語り継がれていますが、そこには洗脳的な側面もあるんでしょうか?
RUU:それはあると思います。実は私も、ある芸能関係の人に洗脳されちゃったんです……。
洗脳被害と4年間の裁判
――「枕営業」ではなく「洗脳」ですか!?RUU:大河ドラマに出たいという夢があったので、最初は普通にお芝居の指導だけ受けていたんです。でも、相手は私のことを本気で好きになっちゃったんですよね。それで「お金は全部出すから、乗馬とか茶道とか着物の着付けをやった方がいい」って言われて、やることになったんです。私も夢のためだし、勉強にもなると思ってやっていました。でも、その人がどんどん私にのめり込んでしまって、電話はずっと繋ぎっぱなしだったり、夜中までメールやLINEが続いたりして、しかも相手がいろいろ考えさせられるようなことばかり言ってくる人で、私は精神的に追い詰められて、鬱病になったんです。
――その後、どうなったんですか?
RUU:毎日すごく泣いてばかりで、なんで泣いているのか自分でもわからないくらい、おかしくなっちゃったんですよ。でも、その人は私を出版社やテレビ局に売り込むために動いてはくれていたんです。ただ、ほぼ毎日その人と一緒にいないといけない状況だったんです。そうしているうちにコロナ禍になって、会えなくなったんですけど、電話はずっと繋ぎっぱなしでした。
――監視しているんですかね。
RUU:当時は母と住んでいたので、私が鬱病になったことを知った母が「もう会わない方がいい」と言って、全部無視したんです。そうしたら、弁護士を通じて「今まで使った700万円を返せ」という内容証明が届いたんです。それで裁判になって、4年続きました。民事だったので、最後は和解しましたけど。
――その人はどんな人だったんですか?
RUU:今になって思えば、本当かどうかわからないんですけど、キャスティングとかやっていて、テレビ局や出版社に知り合いがいっぱいいる人なんです。
――いわゆる「芸能ゴロ」みたいな人ですね。
RUU:鬱病になって家に引きこもり、本当に「死にたい」と思う毎日でした。涙が止まらなくて、駅のホームから飛び降りそうになったことも何度もありました。でも、自分がいなくなったら両親は悲しむし、どうしようって悩む日々でしたね。それで、「死にたい。家に帰れない」という状態になって、父に「死にたくてどうしようもないの」と何時間も電話をして、落ち着いてから家に帰る、ということを繰り返していたんです。
――キツい日々ですね。
RUU:それでも、私は芸能活動しかやってこなかったので、一般企業で働く自信もなくて、まったく新しい世界に踏み込む勇気が持てなかったんです。そこで、芸能関係で私ができることとして思いついたのが、セクシー女優だったんですよ。セクシー女優なら全部さらけ出している世界だから、枕営業みたいなこともないだろうと思ったんです。それで自分で事務所を調べたんですけど、いざやってみようと思っても、芸能時代は水着の仕事もしたことがなかったし、まして人前で裸になるなんて、とても勇気が出なくて悩みました。そんなときに、「まずは水着の仕事から始めてみては」「やってみて、嫌だったら辞めればいいよ」と言ってくれたセクシー系の芸能事務所があったんです。それで水着の仕事を1年間やってみたら、すごく楽しかったんですよ。そこからセクシー女優になることを決めました。
グラビアから新たな挑戦、そしてセクシー女優に
RUU:父には話しました。父は私が死にたい時期を知ってるので、「居場所が見つかって良かったね」って言ってくれました。母は多分知ってると思いますけど、仕事の話は一切しませんし、向こうも聞いてこないです。
――それで、RUUさんが言っていた「一般企業で働く自信もない」という点ですが、世の中にはそういう方が一定数います。そういう人にとってセクシー女優は、セーフティネットのように感じますか?
RUU:セクシー女優という職業がなければ、私はいなかったと思います。本気で死んでたかもしれないですね。
――まさにセーフティネットですね。
RUU:でも、セクシー女優のことを悪く言う人もいるので、そういうイメージを変えたいとは思っています。
偏見を変えたいという思い
RUU:難しいですよね。でも、私みたいに芸能やグラビアから来た人もいるし、セクシー女優に憧れて入る人もいるんですよ。
――それを言えば言うほど、疑う人間もいるんです。でも、それを言ったらどの職業も同じになりますよね。まあ、一般化してはいけないことかもしれないですけど。「私たちはあなたたちの日常を邪魔しません。その代わり、あなたたちも私たちの仕事を邪魔しないでください」という考え方もあります。
RUU:確かにそうですね。果たすべきことを果たしているわけですからね。
――ただ、セクシー女優自身が声を上げると、どうしても「言わされているのではないか」と見られてしまう難しさがあります。そう考えると、社会と距離を置き、あえて反応しないという方法も一つの選択肢なのかもしれません。これは業界に関わる男性側の私(※ライター/カメラマン・神楽坂文人)だからこそ言える部分もあると思います。しかし、実際に偏見を向けられる立場にいるセクシー女優からすれば、そう簡単に割り切れる問題ではないですよね。でも、RUUさんがセクシー女優になり、救われたというのは大きなことですよね。
RUU:本当にそう思います。特に当時所属していた事務所には助けてもらったという気持ちが強いです。もし、事務所や周りの人たちに出会えていなかったら、今の自分はいなかったと思います。
――当時、すごく悩んでいた自分に今声を掛けるとしたら、何と言いますか。
RUU:「一人じゃないよ」と言ってあげたいですね。本当に苦しい時期で、死にたいと思ったこともあったけど、両親がいたから踏みとどまることができました。
――その父親には職業を認められているわけですからね。
RUU:父には比較的、何でも話せましたし、父は今でも私のSNSをチェックしてくれています。
――そこはすごく温かい関係ですね。では最後に、この業界について誤解されている部分も多いと思いますが、これからこの業界に来る女性に対して、伝えたいことはありますか?
RUU:まず、「枕営業はありません」ということは伝えたいです。そこが一番、世間から誤解されている部分だと思います。それに撮影でも、嫌なことは嫌と言えますし、自分の意思を伝えることはできます。今のセクシー女優は作品出演だけではなく、イベントやライブ、映画など、いろいろな活動の場があります。自分の可能性を広げたり、自分らしさを見つけたりできる仕事でもあると思っています。
※ ※ ※ ※ ※
RUUさんが繰り返し口にしていたのは、「一人じゃない」という言葉だった。
どん底にいた自分を支えてくれた家族や周囲への感謝、そして今だからこそ語れる過去の経験。その一つひとつが、現在のRUUさんという人間を形作っているのだ。
華やかな経歴だけでは見えてこない苦悩と再生の物語は、一人の女性が自分の居場所を見つけ、自分らしい人生を歩んでいくまでの軌跡そのものだった。
X:@Totsuka_ruu
<取材・文・撮影/神楽坂文人(X:@kagurazakabunji)>
【神楽坂文人】
世界一セクシー女優を取材しているカメラマン、ライター、インタビュアー。元成人誌編集者のため、最後の砦として活躍中。年間イベント取材数300本超え! 年間インタビュー数200本超え! バイクで都内を駆け巡り1日で複数の仕事を受けている。X(旧Twitter):@kagurazakabunji
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