新型コロナウイルスの感染拡大を機に国内に定着した「リモートワーク」という働き方が、転換期を迎えている。LINEヤフーやGMOインターネットなど、大手IT企業が続々と「原則出社」への方針転換を表明しているのだ。
会社を退職した人々の声をもとに、「出社回帰」の趨勢が転職市場にどのような影響を与えているのかを追った。

地方移住を決意、住居契約も済ませた後での「出社回帰」宣言

LINEヤフー、GMO…大手IT企業で続々起こる“出社回帰”...の画像はこちら >>
「経営上の方針転換も起こりうることは、自分なりに理解していたつもりです。ただすでに引越しの準備も進めていた中で、青天の霹靂だったことは否めませんでした」

過去をこう振り返るのは、2025年までLINEヤフーのメディア関連事業部に在籍していた柳葉真治さん(仮名、30代)だ。同社在籍時、日々の業務はWebツールで完結しており、’20年以降の出社頻度は月1回程度と、リモートワーク中心の働き方だった。

見通しが大きく変わったのは’24年末。同社が「コミュニケーションの質の強化」を背景として、’25年4月以降は所属部署に応じて原則週1回ないし月1回の出社を義務づけると公表。さらに‘26年4月には、原則として出社回数を週3回以上に段階移行することも発表されている。オフィス以外の好きな場所で働ける「どこでもオフィス」制度を’13年に設けるなど、早くからリモートワーク制度の充実に取り組んできた同社の方針転換は、世間で大きな話題をさらった。

柳葉さんにとってこの「宣言」が手痛かったのは’24年に入り、関東郊外への移住を決意し、すでに住居の契約も済ませていたためだ。リモートワークが4年以上続いており、しばらくは体制が変わらないだろうという判断のもとだった。

「’24年末の時点で、『週3回出社に段階移行の可能性がある』ともすでに聞かされていました。新たな住居から会社までは往復3時間ほどで、映画1本分を見られる時間を失うことになる。先々のことも考え、退職を決意しました」

転職活動を経て、現在はフルリモートができる他のIT企業で働く。
「会社は、従業員にとっての『セーフティ・ネット』ではない。組織を信じすぎず、いつ方針転換があっても動けるような心構えをしておくことが大切」と話す。

同社の発表によれば、LINEヤフーグループの’25年度の自己都合退職者数は2791人。’24年度は1695人で、前年度から約65%増えた。親会社に限らず主要子会社の退職者も含んだ数字ではあるものの、勤務体制の変更が退職を考える一因となった可能性も見て取れる。

「社内で『出社回帰』の発表があった時点で、周囲にざわめきはありました。特に子育て中の方は『リモートワークから時短勤務に戻さないといけない』と切実に戸惑われていた。在籍時に知っていたうちの何人かも、すでに退職しています」(柳葉さん)

出社後の通勤時間は「往復4時間」と知り、迷わず転職を決意

LINEヤフー、GMO…大手IT企業で続々起こる“出社回帰”宣言で退職を決意した社員の本音「すでに住居も契約したのに…」
新田さん。ユニークなTシャツは、オンライン会議で雑談ネタづくりの一環。「オンラインだからといって無味乾燥なコミュニケーションにならないよう心がけています」と話す
都内のIT企業でエンジニアとしてフルリモート勤務をしていた新田勝典さん(40代前半)も、会社の「出社回帰宣言」をきっかけに転職を決めた一人だ。

「技術力を提供するSES(システムエンジニアリングサービス)の一員として、主にシステムのバックエンド業務を担当していました。勤務場所はプロジェクトごとに異なりますが、自分の場合は出社義務がなかった。ただし部署内ではオンライン会議をマメに行い、顔を見ながら状況報告もしていたので、働く上で不都合はありませんでした」

状況が変わったのは’26年に入ってからだ。勤務先が他企業と合併し、今後は自社への出社が原則となる可能性が高いと上司から聞かされたという。

「元々うっすらと聞いていたので、初めはやむなしと思っていました。
ただし、出社先のオフィスは自宅から往復4時間もかかる場所にあった。子どもも小さく手もかかる状況だったことから、迷わず転職を決意しました。秋からは、リモートワーク可能な企業で働く予定です」

‘26年7月には、GMOインターネットも6年以上にわたって続けてきた在宅勤務の推奨を取りやめ、オフィス出社に回帰する動きを発表したばかりだ。二人のように、働き方が変わることで従業員が退職してしまうケースは、実際のところ増えているのだろうか。IT・Web・AI分野を中心とした転職サービス『マイナビ転職エンジニア求人サーチ』を運営する編集長の瀧川さおり氏は、次のように話す。

「首都圏のIT企業では、リモートワークの制度が充実しているところが多い。特に都心部で働くITエンジニアの方には、リモートワークはできて当たり前、難しければ転職するというご意向をお持ちの方は少なくありません」

ただしリモートワークという働き方が過渡期にある今、在宅勤務にこだわった求職活動ではミスマッチも起こりやすくなっていると続ける。

求人には「リモートワーク可能」とあっても、希望の形ではできないことも

LINEヤフー、GMO…大手IT企業で続々起こる“出社回帰”宣言で退職を決意した社員の本音「すでに住居も契約したのに…」
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『マイナビ転職エンジニア求人サーチ』に掲載されているIT企業の求人の一部。条件面ではリモート可能となっていても、「希望者の8割超がリモート実現」「リモートワーク率約80%」など、求人票では会社全体のことを示す文言になっていることも多い
「特に国内での新型コロナウイルス感染症拡大が落ち着いた’23年度以降は、出社+リモートを組み合わせた『ハイブリッド』型の勤務が増えています。部署や育児中の子どもの有無に応じ出社割合や回数を変える企業も多く、求人には『リモートワーク可能』とあっても、実際に面接に進むと希望の形ではできなかったり、入社後に勤務体制が変わったりすることも起こりやすくなっています」

ミスマッチを防ぐためには、面接時点で企業側に確認を取るのが一番だが、「人事担当も各組織におけるルールを正しく把握しているとは限らない。選考が進んだら、のちの同僚となる方との面談を設定してもらい、現場の事情や働き方について直接聞くのも良い」と話す。

企業側の目線に立った場合、人事制度の変更による社員の流出を防ぐにはどのような姿勢が必要となのか。人材研究所の安藤健氏はこう話す。


「組織が制度変更に失敗する場合、個人や組織が特定の状況に適応する準備が整った状態を指す『レディネス』が不足していることが多い。自社の制度を変える場合、事前にアンケートやインタビューを通じた意見収集の機会を設けることで、従業員の心持ちも変わってきます。逆にトップダウン式に制度を変えられると、従業員の側に『裏切られた』という心理は生まれやすくなるでしょう」

「出社回帰」が従業員の流出につながるというのは、出来事の一側面にすぎない。本質的に問われているのは、日頃から企業と従業員の間で意思疎通が図れているかどうかなのだろう。

瀧川さおり(たきがわ・さおり)
『マイナビ転職』編集長。新聞社、メーカーを経て、ITサービス等の会社を設立し2社の役員を兼務。マイナビ入社後は企業の中途採用支援やサービス企画、サイト運営に携わり、転職者に向けたノウハウや企業向けの雇用に関する情報を発信している

安藤健(あんどう・けん)
株式会社人材研究所ディレクター(人事コンサルタント)。青山学院大学卒業。採用・育成・評価/報酬制度構築など、人と組織に関わる経営課題を一貫して支援している。これまで数多くの組織・人事コンサルティングプロジェクトに従事し、大手企業での新卒・中途採用の外部面接業務を担当

<取材・文・撮影/松岡瑛理>

【松岡瑛理】
一橋大学大学院社会学研究科修了後、『サンデー毎日』『週刊朝日』などの記者を経て、24年6月より『SPA!』編集部で編集・ライター。 Xアカウント: @osomatu_san
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