2026年6月、電子データで作成し法務局に保管する新たな遺言方式が法制化され、遺言はさらに身近になります。一方、身近になるからこそ増えるかもしれない「遺言書を巡るトラブル」には注意が必要です。

事例を基にみていきましょう。


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遺言書が「有効」だからこそ起きたトラブル

 70代で亡くなった高橋和子さん(仮名)は、夫と子どもがおらず、両親や兄弟もすでに他界。晩年は、長年親しくしていた小林恵美さん(仮名・60代)が、通院や買い物など日常生活を支えていました。


 身寄りのいない和子さんは、そんな恵美さんに自分の財産(預貯金約2,500万円と、証券口座で保有する投資信託約1,800万円)を残そうと考え、自筆証書遺言を作成。そこには、「私名義の預貯金は、全て小林恵美に遺贈する」と記載されていました。


 相続開始後、恵美さんは遺言書を基に、金融機関で手続きを進めます。


 すると、銀行預金については払い戻しが認められたものの、証券会社から「投資信託は預貯金ではないため、この遺言だけでは恵美さんが取得する財産に含まれない」と説明され、解約や名義変更の手続きが止まってしまったのです。


 和子さんとしては、銀行や証券会社に預けている金融資産をまとめて恵美さんへ残すつもりだったのかもしれません。しかし、遺言書には、証券会社名、口座番号、投資信託の名称も、「その他一切の財産を遺贈する」という記載もありませんでした。


たとえ解約できても「全額」は受け取れない?

 和子さんには法律上の相続人がいないため、遺言の対象から漏れた投資信託は、通常の相続手続きで処理することができません。


 結局、恵美さんはまず相続財産清算人の選任を家庭裁判所に申し立て、その上で、自身が特別縁故者として財産分与を申し立てるという、恵美さんにとって時間も費用もかかる手続きが必要になってしまったのでした。


 さらに、特別縁故者の中でも「療養看護に努めた者」が受けられる財産分与は、投資信託のうち、家庭裁判所が「相当」と認める一部のみになることが実務上多いです。よって恵美さんは、手続きコストをかけたにもかかわらず、全額を相続することができなかったのでした。


遺言書が有効でも、財産を動かせるとは限らない

 和子さんの遺言書は、全文、日付、氏名を自書して押印するなど、法律上の形式を満たしていたため、自筆証書遺言の要件を満たしていました。しかし、遺言書が有効であることと、記載された財産の範囲が明確であることは別の問題です。


 一般に「預貯金」とは、銀行や信用金庫などに対する預金債権を指します。証券口座内の投資信託は、金融商品としては預貯金と異なるため、「預貯金を小林恵美さんに遺贈する」という文言だけで、投資信託まで含まれると当然に判断することは困難です。


 よって、仮に和子さん本人は「投資信託を含めた全財産を遺贈したい」と考えていたとしても、この遺言書の内容でそれはかないません。


 さらに、本件のように相続人がいない場合、遺言から漏れた財産は、家庭裁判所が選任する相続財産清算人による清算手続きの対象となります。恵美さんが特別縁故者として財産分与を申し立てる方法もありますが、家庭裁判所が相当と認めた場合に限られ、必ず財産を取得できるわけではありません。また手続きにも相応の期間と費用がかかります。


 なお、自筆証書遺言を法務局に保管する制度を利用しても、法務局が確認するのは主に形式面です。遺言内容の相談には応じず、保管によって遺言の有効性や内容の明確さが保証されるものでもありません。


トラブルを回避するための「具体的な対策」

 自筆証書遺言を作る際、預金口座や証券口座を具体的に記載することは重要です。しかし、全ての財産を漏れなく書き切るのは容易ではありません。


 例えば、遺言作成後に口座を開設したり、預金を投資信託へ移したりすると、遺言書に記載された財産と、死亡時に実際に保有している財産が一致しなくなることもあります。


 そこで重要なのが、「上記以外の一切の財産を小林恵美に遺贈する」など、個別に記載されていない財産の取得者を定める残余財産条項です。


 今回も、「預貯金を恵美さんに遺贈する」という記載だけでなく、残余財産を含めて恵美さんに遺贈する旨が書かれていれば、投資信託が遺言から漏れる問題を避けられたでしょう。


 もちろん、「〇〇銀行〇〇支店の預金」「〇〇証券の口座で保有する投資信託その他の金融商品」など、主な財産を具体的に示すことにも意味があります。ただし、個別列挙だけに頼るのではなく、最後に包括的な残余財産条項を置き、書き漏らしや将来の財産構成の変化に備えることが大切です。


 あわせて、預貯金の払い戻しや証券の名義変更・売却を行う遺言執行者を指定しておくと、死後の手続きを進めやすくなるでしょう。


 ただし、遺言執行者がいても、遺言の対象財産が曖昧であれば、金融機関の判断が止まる可能性は残ります。


 自筆証書遺言書保管制度は、紛失や改ざんを防ぐ上では有効です。しかし、法務局が遺言内容の妥当性や財産の書き漏らしまで保証する制度ではありません。


 財産が多い場合や相続人がいない場合、特定の知人へ財産を遺贈する場合には、公正証書遺言を利用し、専門家とともに個別財産と残余財産の両方を整理する方法が安全でしょう。


 大切なのは、財産を細かく書くことだけではなく、書き切れなかった財産の行き先まで決めておくことです。


遺言は「書いたこと」より「財産を動かせること」が重要

 自筆証書遺言は手軽に作成できますが、文言が曖昧であったり、財産の書き漏らしがあったりすると、有効な遺言書であっても相続の手続きが進まないことがあります。


 主な財産を具体的に記載するだけでなく、「その他一切の財産」を誰に引き継がせるかという残余財産条項を設ける、これを覚えておいてください。


 特に、相続人がいない場合や、知人への遺贈、証券や投資信託を含む場合には、公正証書遺言や専門家の確認も検討すべきでしょう。


 遺言は、作成すること自体ではなく、遺された人の役に立ってこそ、初めて意味を持つのです。


※本稿の事例は実際の事件を基にしていますが、守秘義務およびプライバシー保護のため、登場人物は全て仮名とし、人物関係、年齢、財産額その他の事情を一部変更しています。


(山村 暢彦)

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