ベッセント米財務長官が促した足元の円高、日本国債の持ち直し。その日米協調介入、日銀への利上げ期待、さらに米国の意図まで体系的に一挙解説。

一過性の変動か、トレンド転換か、日米政策の舞台裏から相場の「潮目」を読み解きます。


15兆円規模の為替介入でも160円→155円のドル円が「15...の画像はこちら >>

サマリー

●円:日米金融政策の変化が大幅な円安の潮目を変える可能性は?
●国債:長期金利上昇を単に「日本売り」といった悲観論で考えてはいけない理由とは?
●株:一時的な円高ショックがあっても、AI関連を中心に堅調を期待する背景は?


円と国債の反発

 ドル円相場は一時、ほぼ7カ月ぶりに152円台まで円高に振れました。日本国債は買い戻されて、10年金利は3%台に上昇した後、2.8%台へと低下しています。何が起こっているのでしょう。


 円安、国債安は、何かと「日本売り」「骨太ショック」「日本発世界危機」など「日本下げ」「高市下げ」のように語られてきました。日本国内は株高以外の市場の変化に対して、不安を抱き、悲観論や警告論がやたら流布される傾向があります。


 いざ円高が進むと、今度は、株安などその悪影響を見て、「円高怖い」論調が出回るでしょう。国債の金利が多少下がったところで、日本財政の悪化は避けられないといった警戒論調が続くでしょう。


 筆者はトウシルで、たびたび「悲観論者は賢く聞こえる、楽観論者は金をもうける(Pessimists sound smart, optimists make money.)」という格言めいた言葉を紹介してきました。投資家たるもの、悲観や警告を頭の中に入れつつも、それにとらわれるより先に、ある種の楽観を失うことなく、相場変動のメカニズムを淡々と追求することが必要、と考えています。


 円高、日本国債高(金利低下)は相場が大きく変わる潮目になるのか、それは日本の経済、政策、他の市場、とりわけ株にどういう意味があるのか、どう影響するのかを、冷静に整理します。


円の潮目は来るか

 日本当局は円安を阻止するために、4月末から5月初めに11.7兆円、7月末から8月初めに15.4兆円もの円買いドル売り介入をしました。それでも、155円を越えられず、やがて160円台に戻っています。この介入を、効果もないのに外貨準備を無駄遣いしたとする批判論調が少なくありませんでした。


 日本当局によるドル売り円買いの為替介入がある度に、筆者が指摘してきたことは、それが目先の市場の需給を変えて、投機筋の円売りポジションの巻き戻しを誘発する効果しかない、ということです。それを知る投機筋は、介入によるドル円の押し目を好機として買い向かい、相場を押し返します。


 ただし、足元の円高の進行に至る状況は様相を異にします。米国が日本の介入に協調しているのです。むしろ米国が行き過ぎた円安の是正を主導して、日本にアクションをとるよう圧力をかけているともいえます。ここで重要なことは、為替介入以上に、米国が日本銀行に利上げを求めていることです。


 為替相場の方向転換は、介入によっては実現できない一方、金融政策には効果が認められます。日米の金利格差が変化すれば、為替相場はある程度なびくことになるでしょう(図1)。


<図1>米日主要金利とドル円相場
15兆円規模の為替介入でも160円→155円のドル円が「153円を割る円高」に…相場の潮目が変わったか?【株式・債券への影響は】
出所:Bloomberg、田中泰輔リサーチ

 しかし、脱デフレを成し遂げたばかりの日本では、日銀は利上げを慎重にしか進めてこられませんでした。さらに、高圧経済運営を「良し」とする高市政権は、利上げに反対する立場とされます。


 結果として、世界で買いたい通貨・資産があるなら、依然として実質金利(=政策金利-インフレ率)がマイナスの円を借り入れる「円キャリー(円売り)」が得策というナラティブ(物語)が、世界にはびこったままになりました。


円安ナラティブが変わるには

 このナラティブが、日米金利差がすでに円高方向に動いているのに、世界の投資家を円ショートに傾け続けさせた原因です。


 市場の動きに精通するベッセント米財務長官は、早くから、日銀がしかるべき利上げを進めれば、円安を是正できると指摘してきました。


 ベッセント米財務長官は為替介入で協調しながら、日銀が利上げを進めるよう、口先介入を継続しています。さすがに、日銀金利は来年半ばにも2%へ到達、その後それ以上もありうるという、利上げペースの加速予想が強まりました。


 為替変動の基本メカニズムと、今般の日米当局の働きかけでは、何が変わるでしょうか。日銀が年内に2回利上げしても、インフレ対応で後手に回っている状況は解消されないでしょう。その点で、日銀の利上げの進捗(しんちょく)だけでは、円安トレンドが転換することは想定できません。


 しかし、米財務長官が日銀の利上げ加速にお墨付きを与え、他方で、米利上げが見送られるか、利下げ観測が出る状況になれば、「円キャリー」信奉者のナラティブも揺らぐでしょう。


 すでに進行中の「米日金利差の縮小」が示唆するのは、円高であることを意識せざるを得なくなるかもしれない段階に来ています。


 日銀利上げが出遅れ気味であるという状態自体は、足元の円高が円安トレンドの中の調整にとどまっているというのが、目下の基本観です。ただし、円安ナラティブの転換は、投機筋ばかりにとどまらない場合は、さらに大きな円高動意を生み出す可能性を排除できません。


 日本の国際収支は大幅な経常黒字です。しかしその黒字には、デジタル赤字を含む貿易・サービス収支の赤字や、NISA(ニーサ:少額投資非課税制度)での対外証券投資(投資収支の赤字)を埋め合わせるだけの資金還流がないため、円安は止まらないという指摘があります。


 ただし短中期でみると、日本の経常黒字という対外債権に対する円高ヘッジ、外国人の円安ヘッジの巻き戻しが誘発されるに至ると、劇的な円高もあり得るでしょう。


 基調は円安のままでも、こうした円高リスクが発現されるかもしれない金利政策の境界域に来ていることを、まずは投機筋が警戒し始め、円ショートを巻き戻し、足元の円高に至っていることを留意してください。


国債の潮目は来るか

 日本の国債金利が久々に2%に乗せた時、その後も金利が上がる都度「日本売り」などと財政不安をあおる声が少なくありませんでした。しかし、筆者からすると、脱デフレを成し遂げて名目国内総生産(GDP)成長率が4%前後になっている状況のいま、10年金利3%の水準に違和感はありません。


また、長期金利の上昇は米欧など主要国に共通の傾向でもあり、日本国内だけの問題として説明しきれるものではないのです(図2)。


<図2>主要国の長期金利 脱デフレで金利ある日本に
15兆円規模の為替介入でも160円→155円のドル円が「153円を割る円高」に…相場の潮目が変わったか?【株式・債券への影響は】
出所:Bloomberg

 コロナ禍に負けまいとして発動した積極的な財政政策をはじめ、地政学リスクに伴うエネルギー高や軍事支出増、グローバル・サプライチェーンの寸断など、コロナ改善のディスインフレからインフレへ、世界経済の体質転換が進んだことが背景にあります。


 さらに、AIインフラ投資が、マクロ経済全体において大きなシェアを占める現在、その資金を賄う社債発行も巨額となり、財政赤字を賄う国債の発行と競合することも影響しています。


 つまり、足もとの金利上昇は、日本の脱デフレやAI革命の進展を反映した、ポジティブな面も含む金利上昇です。


 市場の声は通常、AI株高のときなら「旺盛なAI需要を好感している」、株安時には「『金利高=債務負担増』でAI投資の行き詰まり」や「財政赤字の先行きが不安」とされます。


 筆者は常々、投資家としては悲観論を頭に入れつつ、ポジティブな側面もきちんと踏まえて、相場を判断してほしいと主唱しています。


 さて、ベッセント米財務長官は11月の中間選挙を前に、財政への先行き懸念や株安を招かないよう、長期金利の上昇の抑制に躍起になっています。そのため政府による超長期・長期国債のバイバック(買い戻し)を増額させる介入も決めました。


 実は、日本の為替介入への協調も、米長期金利抑制の一環と考えられます。具体的には「一段の円安による日本国債の金利上昇が世界に飛び火すること」「為替介入のために巨額の米国債売りが米金利上昇のきっかけになること」を未然に阻止する、米国自身の国益のための協調でしょう。


 しかし、米政府の自国国債への介入は、かえって米財政への不信を招きそうな情勢です。そのことがドル安から円高を誘う一因にもなっています。さらには、米国債の信認も問われる中、世界が米国に集中し過ぎた投資の見直しにも動いているようです。その一環で、海外機関投資家の中には日本国債の購入を増やす意向を示すところも出てきています。


 日本国債の金利が上昇している間、つまり売られている間は、売られている理由として日本がネガティブに評価されがちです。しかし、脱デフレ、AI需要というポジティブな側面があること、そして円安も金利上昇も、いずれ日本買いに転換するための調整過程であることも、留意しておく必要があります。


株価への影響

 円安を「日本売り」と悲観的に語る声が少なくなかったものの、いざ円高が150円を突破して進むまでになると、まずは株安がネガティブなインパクトして生じる可能性があります。円高と株安が相乗的に進む事態は、高市政権として容認できず、日銀も利上げのペースアップに慎重にならざるを得ないでしょう。


 日本は、デフレ過程で積み上げたひずみ、脱デフレで積み上げたひずみを着地させるのが容易ではありません。高市政権の積極財政にしろ、日銀の利上げにしろ、「あちらを進めればこちらが立たず」というジレンマがそこかしこに起こるのです。


 筆者は日本株について、旺盛な米AI需要のサポーターとなる企業を軸に、ポジティブに評価しています。また日本国債の相場についても、日銀の利上げとインフレの鎮静が進めば、金利上昇は一服し、買い手に支えられるとの見方を維持します。


 そして円相場もまた、円安を安易に日本衰退論につなげるより、まずは内外金利情勢に応じて適正水準を模索すると期待しているのです。


 投資家として、いたずらに悲観論や警告論調にあおられないよう、バランス感覚を持って、相場変動のメカニズムを追求する姿勢に努めています。


*本稿は個別銘柄を推奨するものではありません、投資はご自身の判断と責任において行ってください。


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(田中泰輔)

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