連載:40代現役アスリートの矜持
越川優インタビュー(中編)

◆越川優・前編>>元日本代表のエースはなぜ「モンゴル」を選んだのか

「なんで俺、モンゴルでユニフォームを着て、コートに立っているんだ?」

 不思議な感覚を覚えたのはほかでもない、自分自身だった。

 指導者としての経験を積むために、越川優はコーチとしてモンゴル・プレミアリーグの「アルタイ・バルス」へ入団した。

だが、11月初旬からのリーグ戦に向けてチーム作りを進めていくなか、クラブ側から打診を受ける。

 一緒にプレーできないか?──と。

【男子バレー】越川優「3年以上ぶり」のコートで弱音連発 浮か...の画像はこちら >>
「リーグのレギュレーションで、外国籍選手は2名のオン・ザ・コートが認められていたんです。ひとりはパキスタン人選手が決まっていたのですが、もうひとりがなかなか決まらず。それで途中から、そんな話が湧いてきました。

 最初は僕も『練習で一緒に動くくらいならいいよ』と伝えていたのですが、やがて『試合に出られないか?』と言われて......さすがに『それはわからん』となりましたね(笑)。プレーできる以前に、まったく選手として体を動かしていなかったので」

 けれども、チーム作りにおいて、必要ならばコートに立つしかない。選手としては2022年4月に戦った入れ替え戦から、実に3年以上の期間が空いている。

 そしていざ、練習ゲームでプレーすると、さっそく「うわ、しんどい!」とブランクを痛感。1セットをこなし、当初は「2セットだけね」と伝えていたものの、3セット、4セット......と続く。

「体が動かない......」「しんどい、しんどい」「早く代えて!」

 現役時代には絶対に吐かなかったであろう弱音にも似た言葉が口から漏れる。再びコートに立ったことに対して、湧き上がったのは喜びや高揚感、充実感だろうか。

いや、違った。

「変な感じ、でした。なんで、ユニフォームを着ているんだ?ってね」

 こうして結果的に、越川はコーチ兼任でシーズンに臨むことになったのである。

 モンゴル・プレミアリーグは、8チームの総当たり戦が3レグにわたって実施される。越川は開幕節で25得点の活躍を披露し、勝利に貢献した。

 だが、1レグの途中で肉離れに見舞われ、一時は離脱。シーズン半ばには新たに外国籍選手が加わったが、3レグに復帰を果たすと、最終的にチームを準優勝へと導いた。

【モンゴルのレベルはどれほど?】

「練習ゲームでプレーしたとはいえ、いざシーズンが始まって、自分がどれほどできるかは不安でした。自分の成績うんぬんよりも、コートに立つ以上はチームが勝つために、自分が何をしなければいけないかを一番に考えていましたから。どちらかといえば、ワクワクした気持ちよりも、不安のほうが大きかったかもしれないです」

 想定もしていなかった"現役復帰"を、越川はそう振り返った。とはいえ、本業はあくまでもコーチである。プレーができない間はベンチに座り、チームを支えた。

「監督が元モンゴル代表で、2、3年ほど前まで現役選手だった若い方でした。

とても勉強家で、熱心にバレーボールと向き合っていました。僕自身はコーチとして、練習メニューの提案や相談に関して、まずは監督へ伝えることを心がけていましたし、できそうなことはどんどんやっていきました」

 そもそも、モンゴルのレベルはどれほどのものだったのか。越川は言う。

「正直な感想で言えば、バレーボールを『何も知らない』でしょうか。ただただサーブを打って、飛んできたボールをレシーブして、トスを上げて、アタッカーが打つ。ディフェンスのシステムに関しても、アタックされた場所にレシーバーがいればボールは上がるけれど......という具合でした。

 ただ、チームのメンバーの半分以上が学生たちで、バレーボールのレベルはそれほど高くはないけれど、知識がないぶん、みんな積極的に指示やアドバイスを受け入れてくれましたね。本当に日本で学生たちに教えているような感覚に近かったです」

 チームに合流した当初は、日本語が話せる通訳もいた。だが、その通訳がバレーボールをまったく知らなかった事情もあり、越川は英語を使って監督やスタッフたちとコミュニケーションを取ることになった。

 モンゴル語を理解するのは困難だが、バレーボールに関する内容は英語を使うことで、メンバーたちと向き合った。時には「こちらの言っていることがわからなければ、『わからない』と素直に言っていいよ」とうながし、ディフェンスのシステムなどバレーボールをコーチングしていく。

【心が折れることはなかった】

 ただし一方で、プロリーグとはいえ、選手たちにプロ意識が伴っているかはまた別の話。

国民性だってある。

「それこそ外国籍選手の枠で加入したパキスタン人の選手は、過去にモンゴルのリーグを経験していたぶん、『シーズンを過ごして、お金をもらえたらいいや』という感覚で臨んでいました。でもチームとして、それでは結果が出ない。僕もコーチとして携わっている以上、それだと困りますから、コミュニケーションをとりながら練習に取り組む姿勢などをうながしました。

 開幕を迎えた時点で、まだまだチームの完成度は高くありませんでした。ですが、1レグが終わった頃にはチームの戦い方や選手たちの戦術理解も固まり、結果につながってきました」

 異国の地で、文化や考え方も異なる相手に対して、バレーボールへの向き合い方ひとつとっても、相容れない場面もあった。それでも越川はコーチとして、自身のやるべきことをぶらさなかった。

「心が折れることはなかったですね。もう言い続けていました」

 プロのリーグで過ごす、プロのコーチとしてのシーズンは、そうして過ぎていった。

(つづく/文中敬称略)

◆越川優・後編>>「付きっきりで指導した選手がモンゴル代表候補に」


【profile】
越川優(こしかわ・ゆう)
1984年6月30日生まれ、石川県出身。189cm。ポジションはアウトサイドヒッター。

元日本代表。2003年に岡谷工業高からサントリーサンバーズに入団。高い得点能力と破壊力抜群のジャンプサーブを武器に、長年にわたり日本代表のエースとして活躍した。2008年の北京オリンピック出場やイタリア・セリエAでのプレーを経て、2022年に一度現役を引退。しかし2025年、モンゴル・プレミアリーグのアルタイ・バルスでプレーイングコーチとして電撃復帰を果たし、チームを準優勝に導く。今後もさらなる高みを目指し続けるレジェンドアタッカー。

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