早稲田大・鈴木琉胤が陸上日本選手権5000mで2年連続学生最...の画像はこちら >>

 今年の陸上日本選手権(6月12~14日、パロマ瑞穂スタジアム)男子5000mは大学生ランナーの活躍が目立った。

 この種目はターゲットナンバー(出場人数の目安)が設定されず、参加標準記録(13分36秒00)を突破した75人(欠場者は含まず)が出場。

昨年と同様に予選、決勝の2ラウンド制で行なわれた。

 予選は全3組あり、各組の上位6着までが決勝に進むことができた。予選から昨年以上にハイレベルなレースが繰り広げられるなか、決勝に進んだ全18人のうち8人を大学生が占めた。

 決勝でも大学生が躍動。見事4位に入り、2年連続で大学生最上位となったのが、早稲田大学2年の鈴木琉胤だった。

【自身の持ち味と異なるスタイルで勝負した決勝】

「いやぁ(優勝も)あるかなって思ったんですけど、ラストの鐘が鳴った時にちょっと詰まっちゃって、そのまま置いていかれました。優勝を狙っていたんですけど、まだまだでしたね」

 少しだけ悔しさを滲ませつつも、こう振り返る鈴木の表情は晴れ晴れとしているように見えた。

「ちょっと詰まっちゃった」と言うのは、ラスト1周を切って、いざ先頭を追いかけようという段に、前を走っていた荻久保寛也(ひらまつ病院)と足がぶつかりそうになった場面のことだ。しかしながら、鈴木は「あそこでもう1個前にいたとしても、ラストで追いつけたかどうかは怪しいです」と、優勝した森凪也(Honda)らに力負けしたことを認めていた。

 それでも、10位だった昨年から躍進し、大学2年生にして4位入賞は大健闘と言えるだろう。

 鈴木は、予選と決勝とで全く違う型のレースを展開した。

「自分のやりたいようなレースをした」という予選では、同じ組に振り分けられた後輩の増子陽太(1年)を引き連れて積極的に先頭を走った。

「3000mまでは僕が、残り2000mは増子が引こうと話していました」と鈴木は言うが、結局4200mまで先頭を走り、最後まで後輩に先行した。

終始危なげなくレースを進め、組3着で決勝進出を決めた。

 鈴木は、昨年の日本選手権でも予選、決勝と序盤は先頭を走っている。格上の選手が相手だろうと、そんな積極性を見せるのが、鈴木の大きな武器であり、魅力でもある。今回の予選で見せたのは、まさに"鈴木らしさ"全開の走りだった。

 ところが、予選とは打って変わって、決勝では、そんなフロントランナーぶりは鳴りを潜めた。

「いつもとは変えて、力を溜めてラスト勝負するっていうのがレースプラン。しっかりと優勝争いに絡もうと思って、最初から後ろのほうでレースを伺っていました。森凪也さんに一点集中していました」

 序盤に、同じ大学生の岡田開成(中央大3年)が先頭を走っても、1400m過ぎに小池莉希(創価大4年)が一気にペースアップし先頭集団を飛び出しても、鈴木は動じることなく、森の動向を窺っていた。

 2年連続で日本選手権2位の森は、5月に3000mの日本記録を打ち立てるなど今季は絶好調。今回は優勝候補筆頭に挙がっており、鈴木もそう踏んでいた。

 思い返せば今年4月の金栗記念陸上でも、鈴木は"らしくない"レースを見せていた。前半は先輩の山口智規(SGホールディングス)の後ろを走り、いつものように先頭を引っ張ることはなかった。

その時は、最後は4秒差まで巻き返したものの、中盤に山口がペースアップすると、鈴木は付いていくことができなかった。

 そのレースからきちっと修正し、今度は森に照準を定めると、目を離すことはしなかった。

「途中までは結構いい感じでした。脚(余力)を残して進めることができました」

 こう振り返るように、勝負どころに向けて力を残しており、まさにプランどおりに事は進んでいた。

 さらには、ラストスパート合戦に向けても、この1カ月間で準備を進めてきた。5月の関東インカレでは、中大の岡田にラスト1周で逆転を喫しており、「急ピッチで400mの練習をしてきた」と言う。

 それでも、優勝した森、2位の中野翔太(Honda)や3位の井川龍人(旭化成)は一枚も二枚も上手だった。森、中野、井川の3人が残り200mでギアチェンジすると付いていけず、鈴木は4位でレースを終えた。

【清々しい表情で語った手応えと課題】

 ただ、鈴木は、敗れたことよりも、"できたこと"に目を向けて、収穫を口にしていた。

「ラストは、3人には置いていかれちゃいましたが、後ろの選手には追いつかれなかった。関東インカレで岡田開成さんにラスト勝負で負けてからは急ピッチで練習してきたことが実ったかなと思います。短期間でもしっかり取り組めばこういうことができるし、地力はしっかりと付いてきたなと感じました」

 鈴木にとっては自身の成長を実感するレースになった。

「ラスト1キロで目まぐるしく変わった時に対応できなかったのは課題」と言うように、新たな課題が見つかったことも長い目で見れば収穫と言えた。

「駅伝を終えて、少しずつここに合わせてきました。去年よりも順位を上げて、やりたいことを明確にした中で地力が付いてきた。去年とは大きく違うなと思います」

 敗れはしたものの、やるべきことを実行したという充足感もあっただろう。ミックスゾーン(取材エリア)でレースを振り返る鈴木の表情が清々しく見えたのも、そのためだったに違いない。

「まだ大学2年生なので、在学中にもまだまだチャレンジできますし、社会人になってもこの舞台でしっかりと優勝を狙っていけるような選手になっていければいいなと思います」

 いっそう固く、そう誓っていた。

 また、早大勢としても、今回は鈴木のほかに、ルーキーの増子、3年の山口竣平の3人が決勝に残り、増子も7位入賞を果たした。

「今後は(決勝に残る人数を)もっともっと増やして、OBも含め、早稲田一色にできたらなと思います」

 こんな決意をも口にしていた。

 鈴木にとってもうひとつ収穫だったのは「ケガはしていないはず」と言うように、ひとまず無事にレースを走りきったことだ。

 昨年は日本選手権の決勝で足部を痛めてしまい、日本代表に選ばれていたワールドユニバーシティゲームズを欠場。さらには、練習を積むはずだった夏の計画も予定通りには進まなかった。

 それにもかかわらず、学生三大駅伝全てで主要区間を任され、箱根駅伝では区間記録にあと1秒と迫る快走で4区区間賞を獲得したのだから、そのポテンシャルの高さは疑う余地がない。

「去年は日本選手権でストップしてしまったが、やっと駅伝とトラックとが噛み合ってきたので、今年はさらに一段階上げていきたい」

 この後は、7月に中国・オルドスで開催されるU23アジア選手権で念願の日の丸を背負って5000mに出場する予定。トラックシーズンの勢いそのままに、秋以降さらに飛躍しそうな予感がある。

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