関東地方に住むサトミさん(仮名、20代)は、小学校4年生の頃、授業中に担任教師から繰り返し性暴力被害を受けていた。「担任がすべてを握っている」と思っていたことから、誰にも相談できなかった。
被害の後遺症か、中学生になると自傷行為をするようになった――。
こうした被害を少しでも防ぐために、子どもと接する職場で働く人の性犯罪歴を確認する「日本版DBS」制度を盛り込んだ「こども性暴力防止法」が今年12月から施行される。
しかし、サトミさんのケースのように事件化されず「前科」がつかなかった加害者は照会対象外となり、制度をすり抜けてしまう。当事者の思いと共に、新制度の実効性と今後の課題に迫る。(ライター・渋井哲也)

テスト採点を悪用、教卓の陰でおこなわれた狂行

サトミさんが担任から性暴力の被害を受けるようになったのは、小学校4年の5月ごろ。教室内での出来事だった。テストが早く解けた児童から順に、担任の机へ答案を持って行き、採点してもらうルールになっていたという。
サトミさんは、当時の状況をこう振り返る。
「テストができると、先生に丸つけをしてもらうことになっていました。教室の前に座る担任のもとへ行くと、机が死角になって他の子たちからは全身が見えません。そこで、担任の先生に下半身を触られました。
それからも同じようなことがあり、先生の手がスカートの中に入って、下着の上から触られるようになりました。下着の中に手を入れてきたこともありました。
他の子と一緒に並んでいるときは触られませんでしたし、他の子が触られていたかはわかりません」
当時、サトミさんにはそれが性的な行為だとわかっていたのだろうか。
「はっきりとした意味はわかっていませんでした。『嫌だな』とは感じていましたが、テストが早くできたことが嬉しくて、すぐに提出しに行ってしまったのです」
被害は、担任が年度末に他の学校へ異動するまで続いた。
「わざわざ呼び出してまで触るようなことはありませんでした。いつもテスト提出のタイミングだったので、クラスメイトが先に提出したときや一緒に並んだときは、私は触られずに済みました。そのため、わざと遅めに提出するという対策を考えたこともあります。
でも、あるとき友達に『きょうはテストの解答が遅かったんだね』と言われてしまって。そう言われるのが嫌で、結局できたらすぐに提出してしまい、先生に触られました。ただ、この頃からあまりスカートを履かなくなり、被害が減ったと思います」

「担任がすべてを握っている」誰にも言えなかった恐怖

5年生になっても同じ担任だったらどうしよう――。サトミさんは、年度末が近づくにつれて恐怖を感じていたという。
「担任が持ち上がらないようにと、すごく祈っていました。異動がわかったときは、『学校からいなくなる』と心から嬉しいと思いました」
しかし、サトミさんは、小学校を卒業するまでこのことを誰にも伝えていなかったという。
「担任が学校のすべてを握っていると思っていました。
また、性的な知識はありませんが、なんとなく恥ずかしいという気持ちもあり、他の人に知られるのが嫌で、相談しませんでした。
でも、小学校を卒業するタイミングで、母親にだけは打ち明けました。母はすごく怒っていて、そこで『やっぱり、されてはいけないことだったんだ』と思いました」
性暴力の被害の直接的な後遺症かは不明だが、サトミさんは中学校2年生のときにリストカットを始めた。高校生になると、市販薬の過量摂取(オーバードーズ)を繰り返すようになった。大学3年生のときには、遺書を書いたこともある。
「小学校高学年の頃から、『なぜ生きているのか』と考えるようになりました。中学のときは、自分が人に迷惑をかける存在だと信じ込んでいました。大学生になってからも、遺書も書いてオーバードーズをしましたが、死にきれませんでした。ただ、このとき死んだという意識もあるので、今は、アディショナルタイムだと思っています」
大学生の頃には、学内のカウンセリングルームに通ったが、性暴力被害と自傷行為などの関連性は、今もはっきりとはわかっていない。
一方で、専門家らによれば、性暴力の被害者は他の犯罪被害などに比べPTSDが発症しやすいといい、20~50%という高い確率で発症するとも言われている。

学校は義務、学習塾は任意…「日本版DBS」の仕組み

サトミさんのような学校内などでの性暴力の被害を防ぐため、2024年6月に成立したのが「こども性暴力防止法」だ。この法律の柱となるのが、子どもと接する仕事に就く人の性犯罪歴を、事業者が子ども家庭庁を通じて確認する「日本版DBS」制度で、今年12月25日から施行される。
制度では、事業者を2種類に大別している。
学校や保育所、児童福祉施設などは職員の性犯罪歴の確認が「義務」となる“法定事業者”に位置づけられる。
一方、学習塾やフリースクール、スポーツ教室、スイミングスクール、放課後児童クラブ、芸能事務所などは、国の認定を受ければ制度を利用できる「任意」の“認定事業者”となる。個人事業主であるベビーシッターなどは対象外だ。
基準を満たした事業者は、「法定事業者マーク」や「認定事業者マーク」を表示できる。
照会の対象となるのは、不同意性交等罪や、不同意わいせつ罪、盗撮、児童買春といった「特定性犯罪」の前科だ。成人に対する性犯罪も含まれる。拘禁刑の執行終了後20年、罰金刑の執行終了後10年など、犯した罪に応じて照会期間が定められている。不起訴や示談になったケースは、前科ではないため照会対象にはならない。

制度への期待と、立ちはだかる課題

サトミさん自身の被害は当時、警察に届けられていないため、加害教員に前科がついたわけではなく、日本版DBSの照会を行っても「過去の性犯罪歴」として目にすることはないだろう。
不起訴や示談、事件化しなかったケースが照会対象外となる制度の構造上、すり抜けられる余地はあり、制度がどこまで子どもたちを守る防波堤となり得るかは未知数だ。
それでも、サトミさんはこの制度の施行に期待を寄せる。
「制度ができることで救われる子どもが一人でも増えてほしい」
子どもたちが安心して過ごせる環境をつくるために、制度の運用と今後の課題へのアップデートを注視していく必要がある。

■渋井哲也
栃木県生まれ。長野日報の記者を経て、フリーに。主な取材分野は、子ども・若者の生きづらさ。依存症、少年事件。教育問題など。


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