「日本人はフィジカルが弱い」。日本サッカー界で何十年も繰り返されてきた言葉だ。

世界との差を語るとき、その原因は体格や筋力に求められ、国際舞台で敗れるたびに「やはりフィジカル不足だった」と総括されてきた。しかし、その前提は本当に正しいのだろうか。久保建英や三笘薫が欧州のトップレベルで存在感を示す今、中西哲生氏は「フィジカル」という曖昧な言葉こそが、日本サッカーの成長を妨げてきた“思考停止”だったと指摘する。本稿では中西哲生氏の著書『日本サッカーはどこまで強くなるか 日本人の体格を武器に変える身体操作』の抜粋を通して、身長194センチのアーリング・ハーランドにはない、日本人だからこそ持つ武器とは何かを深掘りする。

(文=中西哲生、写真=徳原隆元/アフロ)

思考停止を招く「フィジカル」という言葉の罠

これまでの日本サッカーが世界に挑む過程で、長年最大の弱点として語られてきたのが「フィジカル」です。本来は能力や資質があるにもかかわらず、目に見えない壁によって、日本サッカー界が上のステージへ進むことが阻まれている「ガラスの天井」の構成要素のうち、かなりの部分を、この「フィジカル」という曖昧な言葉が占めてきました。たしかに、日本人選手は欧米の選手たちと比べて体格面で見劣りすることは事実でしょう。「体格差があるのだからコンタクトプレーで当たり負けしてしまう」、だから「日本人はヨーロッパでは通用しない」という一見もっともらしい論理が今も根強く残っています。

しかし、「身体的な」「肉体の」「物理的な」という意味を持つ「フィジカル」は、体格の大小や筋力の強弱だけを指す言葉ではありません。「フィジカル」は、持久力や柔軟性、敏捷性など、いくつもある項目を総合した身体能力のことを指すので、少なくとも僕は「フィジカルを鍛える」という言い方はせず、どの能力、どの動きを伸ばすのかを具体的に明示するように心がけています。

「日本人はフィジカルで劣る」という考え方についても、機敏さや敏捷性を示すアジリティーにおいては、むしろ小柄な選手が有利だと思いますし、選手がピッチ内を広く流動的に動くモビリティが重要視される現代サッカーでは、急加速や急ストップ、方向転換がスムーズに行えるアジリティーが重要視される傾向にあります。

日本では一般的に、「身体が小さいこと=フィジカルで不利」で片付けられてしまいますが、僕は日本人の身体特性も大きなアドバンテージになり得ると考えています。

ハーランドとは身体の大きさで競わない

日本人の特性というと、「いやいや、日本人選手は大型化しているし、アスリートで比べれば体格差も気にならないレベルになった」と言う人もいるかもしれません。しかし、文部科学省の統計などを見ても、日本人の平均身長は1990年代後半から現在に至るまで170センチ強で頭打ちとなり、ほぼ横ばい状態が続いています。

「いやアスリートは大型化している」という声もあるかもしれません。たしかに、日本のスポーツ科学やトレーニング理論、栄養学の発達は無視できない要素です。いわゆる「フィジカルエリート」が集うプロ野球界では、身長193センチの大谷翔平選手を筆頭に、大型化が進んでいるように思えます。

しかし、育成の観点から考えれば、体格、特に身長はコントロール不能な要素です。身長差の影響が大きいバスケットボールの格言に「サイズは教えられない」という言葉があるそうですが、大谷選手のサイズを想定して日本人の育成プランを考えるのはそれこそ「再現性」がありません。178センチの身長でドジャースの優勝に貢献した山本由伸選手の身体の使い方に注目するほうが、育成や「再現性」の面では有意義だと言えるかもしれません。

日本代表が国際試合を行う際の対戦国との平均身長の比較を見る限り、サッカー選手が目に見えて大型化しているとは言えない事実もあります。トレーニング理論、栄養学の発達の恩恵を受けているのは日本人だけでなく、そもそも平均身長が欧米諸国もさらに先に進んでいます。

その現実を象徴するのが、ノルウェー代表のエース、アーリング・ハーランド(マンチェスター・シティ)です。194センチ、94キロという規格外の体格を持ち、シュート、ヘディング、ポストプレーのすべてが世界最高水準。スピードに関しても、完全な静止状態からのスタートではないにしても、最高時速35.5㎞というトラッキングデータが残っています。

サッカー界最速とまではいきませんが、人類史上最速の男、ウサイン・ボルトが100メートル世界記録を樹立した際の平均時速がおよそ38㎞ですから、その速度がいかに異次元かわかるでしょう。

圧倒的なサイズと能力を誇りながら、精密機械のようなポジショニングで得点を重ねるハーランドは、ある意味で現代サッカーを象徴する選手の一人です。

話を体格、身長に戻しましょう。ハーランドの出身国は、高身長の国として知られているノルウェー。資料によってばらつきはありますが、ノルウェーの成人男性の平均身長は180センチ超で、そもそも日本人成人男性の平均とは10センチ以上の差があります。180センチが基準になるノルウェー、スウェーデン、デンマークなどの北欧諸国やオランダなどの高身長国から出現するスペシャルな選手と平均身長が170センチの日本人選手が体格で勝負するのは、やはり無理があると言わざるを得ないでしょう。

体格の不利が武器に変わる?

しかし、幸いなことにサッカーは体格だけの勝負ではありません。ゴールが頭の上にあるバスケットボールや身長より高いネットを挟んで戦うバレーボールなどに比べると身長差が決定的不利になりづらい競技とも言えるでしょう。それは、平均身長だけで言えば日本とさほど変わらないスペインやアルゼンチンがワールドカップで優勝を果たしていることからも明らかです。だからこそ僕は、「フィジカル」という曖昧な言葉に惑わされず、日本人の身体とその特性を生かしたサッカーに効果的な動き方、プレーを見出していく必要があると考えています。

一例を挙げましょう。ヨーロッパやアフリカ圏の大柄なディフェンダーは、足が長いぶん広範囲をカバーできます。一昔前、国際試合で初めてこうした選手たちと対峙した日本人選手が「間合いが違った」「思わぬところから足が出てきた」と、驚くコメントをするのが目立ちました。コンパスを思い浮かべてもらえればわかりますが、たしかに足が長ければカバーできる範囲、描ける円の面積は増えます。

しかし、一度固定した軸足を動かして方向転換するには時間がかかります。身体の小さい日本人選手は、ボールを常に自分のコントロール下に置き、そこで久保建英選手や三笘薫選手のように軸足ごと移動するようなドリブルを身につければ、相手が足を出してきた瞬間にコンマ何秒の反応で逆を突くことができます。

つまり、体格の小ささを「小回りが利くこと」「素早く動けること」というフィジカル要素のメリットに反転することもできるのです。

久保建英はなぜ吹き飛ばされないのか

僕が身体の使い方、動き方を共に研究している久保選手の例でお話ししましょう。久保選手の身長は173センチ。当然のことながら世界基準で見れば小柄な部類です。

物理の法則に従えば、衝突の際に物体が持つ力は「質量と速度の掛け算」で求められます。同じスピードでぶつかっても体重が重いほど、相手に与える衝撃は大きくなるわけですから、大柄なディフェンダーにまともにぶつかれば簡単に吹き飛ばされてしまうのが道理です。筋力をつけて踏ん張る「力で対抗する」アプローチは、体重差がある以上、通用しません。

だからといって、久保選手がディフェンダーに当たり負けてはじき飛ばされてばかりいるかといえばそんなことはありません。相手の動きを読み、かわしていく姿が思い浮かびますが、身体を当てられてもそれをうまくいなし、何事もなかったように前に進むプレーを見たことがある人もいるのではないでしょうか。

久保選手との取り組みで意識しているのは、「プレジャンプ」です。相手のボディーコンタクトに対して踏ん張るのではなく、接触の瞬間に軽くジャンプし、空中で衝撃を受けることで相手のエネルギーを吸収することができるのです。

過去の選手では、中田英寿さんもボディーコンタクトで当たり負けしない選手と言われていました。当時は「フィジカルが強い」で片付けられていましたが、中田さんも接触時にポイントをずらす「プレジャンプ」のような動きをしていました。

相手に当たり負けしない身体操作という点では、久保選手にも子どもの頃から頭の位置についてアドバイスしてきました。

久保選手は周囲の状況を認知する際にも、頭を左右上下に傾けたりせず首を横に振っています。これには理由があります。まず、脳科学的な観点から言うと、頭の中には運動をつかさどる脳が入っているということ。頭を傾けてしまうと、脳が傾きを検知してバランスを戻すための指令を出します。スマホのジャイロセンサーのようなものが働くほんのコンマ数秒のタイムラグが判断やプレーを遅らせてしまうのです。

もう一つの理由は、「日本人が培ってきた叡智(えいち)」と関係しています。簡単に言えば、人間の身体の中で一番重い部位である頭の重量をどう生かして「倒れない身体」を手に入れるかという話です。上下に動かせば重心がズレてバランスが崩れてしまう。僕がこの発想にたどり着いたのは、法隆寺の五重塔を見て、その構造と〝制振〟のメカニズムの説明を受けたときなのです。

勤勉性と美意識。世界が評価する「日本人だからできること」

日本人の特性は、なにも身体的なものだけに限りません。日本人が海外で高く評価される大きな理由として、「勤勉性」「真面目さ」が挙げられます。海外からやって来た観光客が、日本の清潔な街並みや、ゴミ箱がほとんどないにもかかわらず、どこも清潔に保たれていること、電車が秒単位で時刻通りに運行されること、列に並ぶことが当たり前の公共マナーの高さに驚くという話をよく耳にしますが、こうした国民性もサッカーにも反映されています。

ヨーロッパに挑戦した日本人選手たちが「ガラスの天井」を破る過程で評価を勝ち得た要素には、言葉の通じない異国の地でも、監督の戦術を深く理解しようと努め、チームのために献身的に走り、全体練習の後も一人で黙々と居残り練習を続けるといった姿勢がありました。そうした極めて日本人らしい実直さや勤勉さは、サッカーの技術以上にヨーロッパの厳しい環境の中で監督やチームメイトの絶対的な信頼を勝ち取るための大きな武器になったのです。

日本人が日本人のストロングポイントを生かして世界で活躍するためにはどうしたらいいか? 僕の頭の中は常にこのことで埋め尽くされています。そして、ずっと考え続ける中で浮かんできたのが、「日本人だからこそできることがある」という答えです。

大切なのは、「日本人の持つ可能性」に気づくことです。かつては、ヨーロッパや南米のサッカーをはるか上に見上げ、そこを真似る、見習うことに成長を見ていた日本サッカー界ですが、30年かけて、「日本人でもできる」ことを証明しました。ここからは久保選手や三笘選手が、ヨーロッパの大舞台で押しも押されもせぬ存在になっているように、「日本人だからできる」という可能性を追求していくフェーズが始まっているのです。

(本記事は青春出版社刊の書籍『日本サッカーはどこまで強くなるか 日本人の体格を武器に変える身体操作』から一部転載)

※次回連載は明日6月9日(火)に公開予定

<了>

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[PROFILE]
中西哲生(なかにし・てつお)
1969年生まれ、愛知県出身。同志社大学経済学部卒業。現役時代は名古屋グランパス、川崎フロンターレでプレー。2000年に引退。著書には『サッカー世界標準のキックスキル』(マイナビ出版)ほか、多数。TBS「サンデーモーニング」、テレビ朝日「GET SPORTS」でコメンテーターを務める。パーソナルコーチとして多くの現役プロサッカー選手を指導。2023年4月から筑波大学蹴球部テクニカルアドバイザーも務め、大学生の指導にもあたっている。

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