『火山の下』(白水社)著者:マルカム・ラウリーAmazon |honto |その他の書店

◆元英国領事の甘美な24時間
いったいこれはどんな小説なのだろう? 悩む。だが読むのをやめられない。
不思議な魅力だ。時は1938年11月2日。場所はメキシコのクエルナバカ。

ある男女がいる。ジェフリーとイヴォンヌ。ジェフリーはアルコール依存症。妄想癖もある。2人の身に何が起こるかといえば、詳しくはここに書けないのだが、最後の最後に到るまで、特に大きな出来事が起るというわけでもない。

描かれているのは、2人を取り巻く人々と彼らとの諍(いさか)いだ。酒を呷(あお)る。喧嘩(けんか)する。幻聴に悩まされる。
また飲む。散歩する。尽きることなく議論する。描かれているのは、そんなことだ。語り手はどんどん交代する。章ごとに異なる。そして24時間が語られる。

そう、描かれているのはたったの1日だ。英国領事だった男の甘美な1日が長く語られる。思い出すのはアメリカのTVドラマ『24』だろう。だがジャック・バウアーがアメリカという巨大な国家を1人で背負っていたのと対照的に、この小説の登場人物たちは何も背負っていないようにみえる。小説の醍醐味(だいごみ)は膨大な細部にある。


【書き手】
陣野 俊史
1961年長崎生まれ。文芸評論家、フランス文学者。ロック、ラップなどの音楽・文化論、現代日本文学をめぐる批評活動を行う。最新作に『戦争へ、文学へ 「その後」の戦争小説論』(集英社)。その他の著書に『フランス暴動 - 移民法とラップ・フランセ』『じゃがたら』(共に河出書房新社)、『フットボール・エクスプロージョン』(白水社)、『フットボール都市論』(青土社)など。

【初出メディア】
日本経済新聞 2026年8月1日

【書誌情報】
火山の下著者:マルカム・ラウリー
翻訳:監訳:斎藤 兆史,渡辺 暁,山崎 暁子
出版社:白水社
装丁:単行本(506ページ)
発売日:2023-05-25
ISBN-10:4560093490
ISBN-13:978-4560093498
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