『実験』(新潮社)著者:田中 慎弥Amazon |honto |その他の書店

◆書けない作家の焦燥と執着
田中慎弥の小説は、どこか読み手を追いつめるところがある。読んでいて呼吸が苦しくなるような箇所がある。
自伝的な要素があるからか、誰が読んでも幾分か自分と重なる。

新作『実験』。とりわけ表題作には、新人賞を獲(と)って文壇にデビューした作家が出てくる。4冊、単行本も出た。だが生活がままならない。奥さんの稼ぎによって生活が維持できている。

なにより小説が書けない。これまでの乏しい人生経験は断片的にいろんな小説に混ぜた。もうネタがない。そんな折、幼(おさな)馴染(なじみ)の春男から連絡が。うつだという春男が会いたい、といっているらしい……。

才能が涸渇(こかつ)したわけでもない主人公の小説家は、春男と会ううちに、ちょっと閃(ひらめ)くものがある。
鄙(ひな)びた地方都市。デビューして数年経(た)った新人作家。担当編集者とのやりとり。誰の身にも起こる、ということではない。それでも、田中の得意とする正確な描写の彼方(かなた)に浮かび上がるのは、一人の人間が生きていく焦燥のようなものだ。だが作家は書くことへと回帰する。そこから離れられない。その凄(すご)みには瞠目(どうもく)させられる。

【書き手】
陣野 俊史
1961年長崎生まれ。文芸評論家、フランス文学者。ロック、ラップなどの音楽・文化論、現代日本文学をめぐる批評活動を行う。最新作に『戦争へ、文学へ 「その後」の戦争小説論』(集英社)。
その他の著書に『フランス暴動 - 移民法とラップ・フランセ』『じゃがたら』(共に河出書房新社)、『フットボール・エクスプロージョン』(白水社)、『フットボール都市論』(青土社)など。

【初出メディア】
日本経済新聞 2010年6月23日

【書誌情報】
実験著者:田中 慎弥
出版社:新潮社
装丁:文庫(209ページ)
発売日:2013-01-28
ISBN-10:4101334838
ISBN-13:978-4101334837
編集部おすすめ