秋篠宮さまは皇位継承順位第1位でありながら、「皇太子」ではなく「皇嗣」という立場にあります。しかし、この皇嗣という地位は歴史的にも前例が少なく、その役割や位置付けは決して分かりやすいものではありません。


なぜ秋篠宮さまは「特殊な立場」に置かれているのでしょうか。

本記事は『日本人にとって皇室とは何か』(島田裕巳・著/プレジデント社)より一部を抜粋・編集し、秋篠宮さまの立場と皇室制度の特徴について解説します。

■皇嗣といういかにも曖昧(あいまい)な立場
秋篠宮は、皇位継承資格者の筆頭に位置づけられている。しかし、通常のように「皇太子」の位に就いたわけではなく、「皇嗣」とされている。

皇嗣とは、天皇の世嗣(せいし)で、皇位継承資格の第1位にある者のことだが、皇室典範では、「皇嗣たる皇子を皇太子という」と規定されている。

皇子は天皇の子のことであり、秋篠宮は現天皇の弟であるため、皇子ではない。そこで、皇嗣と呼ばれているわけである。

ただ、皇嗣という立場は、いかにも曖昧である。歴史を遡っても、皇嗣と呼ばれた親王はいない。それは、明治より前には皇室典範が存在せず、皇子だけを皇太子とする規定がなかったからである。天皇の弟でも、いくらでも皇太子になれたのだ。

■家督相続の時代なら理解された“次男”の宿命
戦前であれば、このように曖昧な地位にある秋篠宮の悲哀を理解できる人間はかなりの数にのぼったはずだ。
というのは、戦前には「家督相続」の制度があったからだ。

天皇家のように、代々家を継いでいかなければならない農家や商家がいくらでもあった。そうした家に生まれた男子のうち、将来において家を継げるのは一人だけで、次男や三男以下は、それができなかった。

農家で考えてみるならば、そこにある田畑を複数の子どもたちで相続したら、家が成り立たなくなってしまう。商家ならなおさらだ。

そうなると、次男以下は他家に養子に出るか、家を出て他に働き口を見出すしかなかった。

家に残れば、使用人同様の境遇におかれたからである。

■皇位継承の可能性がほぼない立場
現在と早良親王の事件が起こった奈良時代末期とでは、天皇家をめぐる状況はまるで違う。

秋篠宮が自ら天皇になろうとして、謀反を企てるようなことはあり得ないし、そもそもその手立ては存在しない。

だが考えてみれば、天皇の子として生まれていながら、皇位を継承する可能性がほとんどない親王という存在は、どのように生きていけばよいのか、人生の方針を立てることが相当に難しいのではないかと考えられる。

秋篠宮は、皇位継承順位は第1位であるけれども、必ず天皇に即位できるわけではない。なにしろ、兄である現在の天皇との年齢差はわずか五歳である。


■悠仁さまを支える父としての役割
現在の天皇が、昭和天皇のように生涯にわたって天皇であり続けるのか、それとも現在の上皇のように生前に退位するのかは定かではないが、どちらにしても、そこで秋篠宮が天皇に即位したとしたら、62歳で即位した光仁天皇を抜いて、最高齢で即位した天皇になることはほぼ間違いない。

本人も、自分が天皇になるとはほとんど考えていないのではないだろうか。

さらに、その子息である悠仁親王は皇位継承順位第2位と位置づけられている。

愛子天皇待望論がいくら高まりを見せたとしても、現状では愛子内親王が次の天皇に即位することはない。その点で、悠仁親王は実質的に次の天皇と見なされている。

秋篠宮は、自分には天皇になる可能性は乏しいのだが、息子のことは天皇にしなければならないと思っているはずなのである。

■「宮中祭祀」を司ることもない秋篠宮
将来天皇になる可能性が高い親王には「帝王学」が授けられるとされているが、秋篠宮にその機会はめぐってこなかった。兄である現在の天皇から、それを授かることもないであろう。

ところが、息子にはそれを授けなければならない。このことが、愛子天皇待望論にも結びついていくわけだが、秋篠宮には帝王学を授けようがないのだ。

明治以降の皇室では、天皇の役割として「宮中祭祀」を司ることが重要視されてきた。大祭においては、天皇が直接神主役となって祭祀を営む。
明治天皇や大正天皇は宮中祭祀に熱意を持っていなかったとも言われるが、昭和天皇以降は、かなり熱心にそれを行ってきた。

ところが、秋篠宮は宮中祭祀に参列しても、自ら祭祀を司ることもないのである。

天皇であれば、日本の象徴、日本国民統合の象徴として、国内外において果たすべき重要な役割がある。とくに皇室外交では、その主役として、諸外国の元首などと対等の立場で交わることができる。

そうした機会が秋篠宮にめぐってくることもあるが、海外から元首としてみなされるわけではない。

「自分は何のために生まれてきたのか」

私が秋篠宮であったとしたら、幼い頃からそう自分に問い掛けることになったであろう。

立場があまりに曖昧で、どうふるまったらいいか、その答えを見出すのはかなり難しいのではなかろうか。
この書籍の執筆者:島田裕巳 プロフィール
1953年、東京都生まれ。宗教学者、作家。東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業、東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了(宗教学専攻)。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員、東京女子大学非常勤講師を歴任。現代における宗教現象、新宗教運動、世界の宗教、葬式を中心とした冠婚葬祭など、宗教現象について幅広く扱う。

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