夜の10時から朝まで子どもを預かる保育園があります。「夜間保育」と呼ばれていて、対象は0歳児から5歳児です。


「夜に施設に預けられるなんて、子どもがかわいそう」「親の勝手だ」——そんな感想を持たれる方も少なくないかもしれません。保護者に非難の目を向け、夜間保育を行う施設にすら冷たい視線を向ける。それが、いまの社会の「常識」なのかもしれません。

しかし、そうした保育を必要としている保護者がいて、夜の居場所を必要としている子どもたちがいるのは厳然たる事実です。私たちは、この現実から目を背け続けていいのでしょうか。

■「育児放棄を助長する」という批判のなかで
東京都八王子市にある「キッズスペースドリーム」(以下、ドリーム)は、東京都の「認証保育園」として夜間保育を実施している、地域で唯一の存在です。

ここで一度、保育園の分類を整理しておきます。私たちが夜間保育の現状を考えるうえで、この「制度の壁」が大きな意味を持ってくるからです。

・認可保育所:国が定めた設置基準をクリアし、都道府県知事が認可したもの。

・認証保育所:東京都が独自の基準で認可した保育園(ドリームはこちらに該当)。都の補助があるため、保護者の金銭的負担はほぼ増えない。

・無認可保育園:国や自治体からの公的補助が少なく、利用する場合は月数万円以上の大きな経済的負担が必要となる。


ドリームが夜間保育を行っていることに対して、世間の風当たりは決して優しいものではありません。施設長を務める野村幸加さんは、このように話します。

「夜間保育を始めた当初は、ほかの保育園から『夜間保育は育児放棄を助長することになる』と批判されたこともありました」

夜も預かる場所があるから、それを頼りにして親が子どもを放っておくようになる、という理屈です。

「夜は子どもは親といるべき」「自分の家で眠るべき」という固定観念から見れば、そう映るのかもしれません。しかし、野村さんはこう続けます。

「そういう考えも理解できます。しかし、目の前に夜間保育を必要としている子がいることも事実です。私たちが夜間保育をやらなければ、そういう子たちは行き場所がなくなってしまいます」

批判する側は、夜間保育を必要とする親子の存在に目をつむっていれば「かわいそうだ」と言っているだけで済みます。しかし、ドリームは目の前の子どもたちから目をつぶりませんでした。

■事務所で寝ている子を見かねて始まった
ドリームが夜間保育を始めたのは20年前の2006年のこと。当時の八王子は飲食店街が非常ににぎわっており、そこで働く子育て中の女性も少なくありませんでした。

自宅で母親の帰りを待つことができず、飲食店の事務所の片隅で寝かされている子どもたち——。
その姿を見かねたドリームの前オーナーが始めたのが、夜間保育の原点でした。

当時は40人もの子どもを預かっていましたが、現在在籍している子は8人です。景気の変化によって飲食店の数が減り、働く場自体が少なくなっている影響もあります。

「それなら昼間の仕事に転職して、夜は子どもと過ごせばいいではないか」という意見もあるでしょう。そうした見方に、野村さんは現場のリアルを語ります。

「シングルマザーも多いので、生活のことを考えると、昼間にパートで働くより収入のよい夜の仕事を選ばざるを得ないという現実があります。そして、どうしても昼の仕事の肌が合わないという人がいることも事実です」

では、夜間に子どもを預ける保護者は無責任なのでしょうか。野村さんいわく、この20年で「保護者の意識も変わってきた」と言います。

「それこそ20年前は、2日も3日も子どもを預けたままで連絡もしてこない保護者がいたこともありました。しかし現在は、そういう保護者は皆無です」

もちろん、仕事終わりに2~3時間だけ仮眠をとってお迎えに来る親が、疲労のあまり寝過ごしてしまうといった例外はあります。しかし、それは毎回ではありません。親たちも必死に仕事と育児を両立しようとしています。


■「優しくするほど依存された」過去の痛烈な経験
一方で、園側もただ優しく甘えさせているわけではありません。入園時には「時間を守らない場合は児童相談所や子ども家庭センターに連絡する」という契約を厳格に交わしています。それは、過去の痛烈な経験から学んだ結果でもありました。

「以前、ある保護者から『自殺する』と連絡があり、自宅に駆けつけたことがありました。未遂で済みましたが、当時はどこまでも親子のために尽くすのが自分の責任だと思っていたんです。

でも、こちらが優しくすればするほど保護者は私に依存し、自殺未遂を繰り返すようになってしまった。そのとき、自分の仕事を見極める必要があると知りました。私たちは医療従事者ではないのだから、カウンセリングなどは専門家に任せなければいけない、と」

保育士が燃え尽きてしまっては、子どもたちを守ることはできません。現在は児童相談所や子ども家庭センター、警察など外部の専門機関と連携する体制を整えており、幸いにもそうした深刻な事例は減っているそうです。

■「家」ではなく、あくまで「保育園」であるための配慮
アルバイトから始めてすぐに正社員になり、20年間この仕事を続けている野村さん。なぜ続けられるのかを尋ねると、「子どもたちのためにやらなければいけない、という使命感ですかね」という答えが返ってきました。

その裏で、自身の家族には寂しい思いをさせてきたという葛藤も抱えています。


「自分の家族には迷惑をかけてきたと思いますよ。私は母親と暮らしていて、子どもたちの面倒を見てもらうことができたので続けて来られましたけど、『私たちが病気でも、お母さんは仕事に行っちゃったよね』と、いまだに成人した子どもたちに言われています」

自分たちの家族に寂しい思いをさせてでも守ってきた現場。だからこそ、夜間保育の在り方には細やかな配慮がなされています。

ドリームの夜間保育は夜10時から翌朝6時までですが、子どもたちの登園時間はもっと早く、夜7時半~8時の夕食を園内で食べる子が大半です。

しかし、ドリームではあえて「お風呂」の提供を止めています。

「ご飯もお風呂もここで済ませてしまうと、子どもにとってここが『家』になってしまうからです」

お風呂まで入れていた時期は、園を家だと勘違いし、親が迎えに来ても「帰らない」とぐずる子が少なからずいたそうです。それは親子関係としてよくないという、保育園側のあえての配慮です。

また、ドリームは24時間保育の看板を掲げていますが、同一の子どもを24時間連続で預かることはしません。昼も夜も同じ場所で過ごすのでは気分転換ができず、子どもたちにとっての負担が大きくなってしまうからです。

昼は別の園に通うことをルールとすることで、少しでも「親子の時間」を確保できればという思いもあります。

■仮眠なしの15分おきチェック、パズルのようなシフト調整
夜9時に子どもたちが就寝した後も、保育士の仕事は終わりません。深夜にお迎えに来る保護者への対応に加え、子どもの年齢によっては5~15分おきに睡眠状態(呼吸チェックなど)を確認します。
合間には掃除やおもちゃの消毒があり、仮眠時間は一切ありません。

これほど過酷な現場でありながら、夜勤手当は通常の25%増程度。若い担い手はなかなか集まらず、他園を定年退職した60代のベテランに支えられているのが現状です。

さらに、昼の保育から夜の保育へとつなぐ「午後1時~午後10時」のシフトの穴埋めは、まるでジグソーパズルのように困難を極めているといいます。

■行政の視線と、夜間保育のこれから
これほど大変な思いをするのであれば、夜間保育から撤退するという選択肢もあったはずです。実際、ドリームも辞めることを考えたことがありました。

「そうしたら東京都から『止めてもらっては困るので、補助金を出すから続けてくれ』と言われて今も続けています」

しかし、支給される補助金は決して十分な額ではなく、経営は常にギリギリです。行政も夜間保育の必要性は理解しつつも、利用者の圧倒的に多い「昼間の保育施策」への投資を優先せざるを得ないのが現実なのでしょう。

夜間保育を必要とする親子は、今も確実に存在しています。しかし、ドリームのような公的補助のある認証保育園が増えない以上、多くの親子は経済的負担の重い「無認可保育園」を頼るしかありません。

その無認可保育園も、景気の悪化と利用者減少の波に飲まれ、夜間保育から撤退するケースが後を絶ちません。

「夜間に働く親の自己責任」として、このまま夜間保育の網の目を縮小させてしまってよいのでしょうか。
行き場をなくした子どもたちが繁華街の片隅に取り残されるのが、再び普通の光景になってはいけないはずです。

この記事の執筆者: 前屋 毅
1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。最新刊『学校が合わない子どもたち~それは本当に子ども自身や親の育て方の問題なのか』(青春新書)。ほかに『教師をやめる』(学事出版)、『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『全証言 東芝クレーマー事件』など。
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