かつては、専業主婦が子どもの学習をフルサポートするのが「中学受験の標準モデル」でした。
物価や私立中学の授業料の上昇もあり、「共働きでなければ中学受験は無理だ」と考える家庭も少なくありません。当然、共働きになれば親が子どもの勉強に割ける時間は激減します。その結果、塾側にも単なる学力向上だけでなく、「多忙な共働き家庭に代わって子どもの学習全般をサポートする」というサービスが求められるようになっています。
■塾選びの新基準は「親の負担軽減」? 早稲アカはなぜ人気?
こうした変化の中で、首都圏の中学受験塾の勢力図にも変化が生じています。
かつては圧倒的な合格実績でブランド力を誇ったSAPIXが「一強」ともいわれた時期がありました。しかし近年は、早稲田アカデミーが生徒数を伸ばしています。
早稲田アカデミーの跳躍の理由の1つは、校舎数を増やしたことで送り迎えが難しい家庭にも選ばれやすくなったことです。自宅から徒歩圏内の塾であれば、授業のない日でも自習室で勉強させることができます。
共働き家庭にとって、「偏差値が伸びること」はもちろんのこと、家庭での学習量を減らし、「なるべく塾に任せられること」が塾選びの重要なポイントになっているのです。
■王者SAPIXも動いた! 進む「手厚さ」へのシフトと、越えられない“壁”
「自習室の完備」「可能な限り、いつでも質問対応」といったサービスは、早稲田アカデミー以外のほとんどの大手塾も以前から行っています。日能研や四谷大塚、栄光ゼミナールも、もちろん対応しています。
こうした中で注目されるのが、SAPIXの変化です。
SAPIXは自習室がなく、質問対応は授業の後だけ、宿題チェックは基本しませんでした。ところが校舎によっては宿題チェックを始めていると言います。ノートを回収し、生徒がきちんと宿題をこなしているか講師が確認するケースもあるようです。
従来は宿題の丸付けを保護者が行うスタイルだったことを考えると、サービスが着実に進化しているといえるでしょう。
■なぜSAPIXには「自習室」がないのか?
一方で、自習室は依然としてありません。
なぜSAPIXには自習室がないのか。SAPIXは校舎数が少なく、1校舎あたりの生徒数が多いことで知られています。1校舎・1学年で何百人という規模になるケースもあります。
生徒数が多ければクラス数も増え、授業で使用する教室が常に埋まっている状態になるため、空き教室が生まれにくいのです。全生徒に自習スペースを確保することは、物理的に困難です。
また、自習室の管理には相応の人手が必要です。
「ノートを回収してチェックする」という講師の努力でどうにかなることは対応できても、スペースの確保と常駐スタッフが必要な「自習室の常設」は、SAPIXのビジネスモデルの構造上、そう簡単には踏み切れないのが実情です。
■「オンライン自習室」に潜む小学生ならではの限界
SAPIXが校舎の自習室の代わりに用意したのが、オンライン自習室です。スマートフォンのカメラを子どもに向けてログインすると、一定時間ごとに塾のスタッフが声をかける仕組みです。
とはいえ、小学生が1人で自宅にいながら、スマートフォンやタブレットからオンライン自習室に接続し、集中して学習し続けることは容易ではありません。
共働き家庭では、子どもが下校しても保護者がいないことが多い。そうした環境で、子どもが自主的に机に向かい、オンライン自習室にログインして学習を続けられるでしょうか。
そもそも、言われなくても机に向かえるタイプの子どもであれば、オンライン自習室というツールがなくても、ある程度は自律的に学習できてしまいます。
実はこのオンライン自習室、コロナ禍に早稲田アカデミーも実施していましたが、比較的短期間で終了しています。利用者が伸びなかったことが理由と考えられます。
リアルな自習室で生徒を惹きつけるノウハウを持つ早稲田アカデミーでさえ、オンラインで小学生を集中させることの難しさから撤退しているのです。
高校生がオンラインでつながりながら学習するスタイルは広まりつつありますが、まだ幼い小学生に同じことを求めるのは難しいようです。
■家庭環境の変化に塾はどう応えるか
今回は、共働き家庭の増加に対するSAPIXの取り組みについて取り上げました。自習室と随時の質問対応が整備されていない現状、生徒獲得への影響、そしてオンライン自習室の実効性——これらの課題について考えてみました。
次回は、中学受験塾に求められるものの変化について、もう1つの視点から見ていきます。
この記事の執筆者: 四谷 代々
塾の偏差値表やパンフレットには載らない、学校ごとの「カラー」や「本当の校風」を熟知する中学受験関係者。しがらみのない立場から「塾や学校が親に絶対に言わない不都合な真実」を発信する。
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