内閣府の令和7年版高齢社会白書によれば、労働力人口比率(人口に占める労働力人口の割合)を見ると、65~69歳では54.9%、70~74歳では35.6%となっており、いずれも上昇傾向である。75歳以上は12.2%となり、こちらもここ10年以上、ずっと上昇している。


働いて社会とつながっていたい人もいるだろうが、3割以上が「生活にゆとりがない」ということだ。

■義母一人でも大丈夫と思っていた
結婚して16年、高校1年生と中学2年生、男女の子どもを共働きで育てているミユキさん(46歳)。夫の実家は電車で30分ほどのところにあり、子どもたちが小さいころはよく義母が手伝いに来てくれていた。

「3年前、義父が亡くなり、義母は一人暮らしになりました。精神的にも経済的にもやっていけるのかどうか、夫ともども心配していたのですが、本人は『大丈夫よ』と明るかった。子どもたちはお小遣いがほしいときは『おばあちゃんのところに行ってくる』と言うので、義母には大金は渡さないようにと頼んでいました。ただ、次女はお小遣いより義母の家の近くにあるカフェのパフェが目当てだったようです」

義母は穏やかな性格で、ミユキさんは嫌み1つ言われたことがない。専業主婦だったからか、「キャリアを捨てないで頑張って」といつもエールを送ってくれていた。

決して裕福ではないだろうけど、それなりに貯金もあるし父親の遺族年金もある。母親一人が食べていく分には大丈夫だと、夫は太鼓判を押していた。

■始発電車に乗っていた理由
ところが半年ほど前、出社したミユキさんに夫から電話があった。

「おふくろがケガをして病院に運ばれたらしい。
今から行く。何か分かったら連絡するからって。夫もものすごく焦っていましたね。いったい、どういうことなのか。しかもなぜこんな早い時間に義母が出掛けているのか分からなかったから」

70代後半にさしかかった義母は、月に1、2回、持病のため大学病院に通っている。病院へ行く途中、転倒したのだろうかとやきもきしていると、昼頃、夫から連絡があった。

「実はおふくろ、始発電車に乗ってパートに行っていたって。そう聞いてびっくりしました。働いているなんて知らなかった。始発電車は早朝4時台ですよ。それに乗ってターミナル駅で乗り換えるんだけど、乗り換え時間が1分くらいしかないので違うホームへ走るんですって。雨の日だったので、そのときに転倒したらしいです」

頭を打ち、足首も骨折しているという。
ミユキさんもその日、病院に駆けつけた。

■いっせいに走り出す乗客
結局、脳に影響はなかったが内出血のため顔が腫れてかわいそうだったとミユキさんは言う。義母は足首の手術、経過観察などで1カ月ほど入院、そこからリハビリ病院に転院した。

「どういうふうに出勤していたのかを知るために、義実家に泊まって義母と同じ経路をたどってみたんです。始発電車に乗って、ターミナル駅で乗り換えて。いやあ、怖かったです。始発って案外、混んでるんですよ。そして乗り換えのためにみんな一斉に飛び出して走り出す。見ていると大半が高齢者。実際、私が乗ったときも転んでいる人がいました」

話せるようになった義母に尋ねると、「みんな仕事をしてるのよ」ということだった。義母は早朝の清掃のパートを2件、こなしていた。始発電車に乗る同世代とは顔見知りになったが、駅に併設されている売店や飲食店での補助仕事など、早朝バイトはいくらでもあるという。


「義母、実は生活が苦しかったんです。私たちには言わずに、バイトをして子どもたちにお小遣いをくれたりしていた。ときには私たちを招いて夕食をごちそうしてくれたりもしていた。食材のお金を渡そうとしても固辞していたんです、大丈夫だからって。あなたたちは子どもにお金がかかるんだからって……。でも彼女が一番苦しかった」

懸命にリハビリしたおかげで、義母は元気に歩けるようになったが、以前より動きがゆっくりになった。夫は義母の家計を見直したらしいが、「オヤジが数年、入退院を繰り返していたのでかなりお金を使ってしまっていた。しかもオヤジは退職金の大半を、一人で旅行したり新車を買ったりして使っていた」と憤っていた。

「そんなことは知らなかった。おふくろが始発で仕事に行っていることも知らなかったと、夫は頭を抱えていました。私もなんだか罪悪感がありましたね」

介護サービスを利用するように
その後、義母は介護サービスを利用するようになり、今は要介護2だが一人暮らしを続けている。同居しようと誘ったが、「一人で気ままに暮らしたい」の一辺倒だった。


「いつかは一人では暮らせなくなる。それがいつかは分かりませんが。義母が働けなくなったので、少しですが私たちが援助しています。ただ現金で渡すと彼女のプライドが傷つくので、食材を冷蔵庫に詰めてきたり生活用品を買っておいてきたりしているんです」

それにしても……あんなに多くの高齢者が始発電車で仕事に行くと分かってある種の衝撃を受けたとミユキさんは言う。

「私たちがあの年齢になるころは、もっと年金額も減ってますよね。いったい、どんな老後になるのか想像もつかない。準備しておきたくても、今はとてもそんな余裕がないし」

ケガのあと、年をとるといいことなんてないわねと苦笑いした義母の言葉がミユキさんの心にずしりと重くのしかかっている。

<参考>
・「令和7年版高齢社会白書(全体版)」(内閣府)

文:亀山 早苗(フリーライター)
明治大学文学部卒業。女性の生き方を軸に、家族、夫婦関係、働き方などをテーマに取材・執筆を続ける。くまモンの追っかけ歴は長く、近著に『くまモン力』がある。
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