「まだ話してないことがある」——。

生前、瀬戸内寂聴さんが林真理子さんに残した、印象深いひと言です。


林さんは、多くの人を見送る中で、葬儀との向き合い方や、自分が死んだ後のことについて思いを巡らせます。そして、その話の中でふと思い出したのが、寂聴さんとのこのエピソードでした。

本記事では、林真理子さんの著書『80代になるとたいていボケるか死ぬ。70代は神様から与えられた特別な時間』(幻冬舎)より一部抜粋し、葬儀との向き合い方や、自分が死んだ後のことについてつづった一節を紹介します。

■葬儀をパスしてはいけない
時間はあるけど、お金は心細くなっていく70代。冠婚葬祭にどれだけ付き合っていくかというのは思案のしどころ。

最近私は結婚披露宴は、かなり取捨選択している。そう親しくない人からだと欠席の返事をする。

例外は芸能人がいっぱい来そうとか、いいワインをどっさり出すから来て、と言われる場合であろうか。いずれにしても、子どもの代になるわけであるから、それほど義理を果たすこともないかもしれない。

それよりも葬儀や偲(しの)ぶ会に関しては、仕事をやりくりしてでも行くようにしている。それが人間関係のマナーだと思うからだ。


通夜や本葬に来てくれると、それだけで遺族は嬉しいものだ。

ある有名政治家が私に言った。

「自分の披露宴に来てくれた人は忘れても、自分の親の通夜に来てくれた人のことは忘れない」

これは選挙民の心をつかむコツだったのであろう。

よく「年寄りは恥かけ、義理欠け」と言われているが、70代はまだまだ浮世の義理を果たせる年代だと考えている。

■自分の葬儀について楽しく考える
まだまだおし迫っていないから、わりと明るく考える自分の死後のこと。

若い頃はブランド癖が抜けなかった。

「青山葬儀所でやってもらって、青山霊園に埋めてもらいたい」

と本気で考えていたが、今は全くそんなことはない。

心境の変化が訪れたのは、今まで多くの葬儀に行ったからだ。どんな有名人でも、どんなえらい人でも死んでしまえばおしまい。みんな次第に忘れていく、ということを知ったからに違いない。「偲ぶ会」も最近はワンパターンになっているから、私の時はもういい、という感じ。

今までさんざん自分のことを書いてきたから、病気になっても闘病記なんか書かない。


何年か先みんなが私のことを忘れかけた頃、突然死亡記事が出る、というのが理想である。

それにしても思い出すのは、故・瀬戸内寂聴先生のことである。晩年、

「マリコさん、私のことを書きなさいよ」

と突然おっしゃった。正直あまり気が進まなかった。

「先生はご自分のこと、とことん書いてらっしゃるじゃないですか。もう私の書く余地はありません」

そうしたら先生は、

「いや、いや、私がまだ喋っていないことはあるのよ」

と意味深なことをおっしゃったので、その場にいた女性誌の編集者たちは喜んで、

「じゃ、うちでさっそく連載を」

ということになったのであるが、先生はその後体調を崩され、あわただしく入院、ご逝去された。そして先生の死後、老いてからの恋愛のことが本になり世間を驚かせた。

先生のおっしゃった、

「まだ話してないことがある」

というのはこういうことだったのかと思うが、まあ人間、自分が死んだ後もいろいろなことが起こるものだ。

私は「死後の世界」を唱える人たちに聞いてみたい。もしそれがあるなら、私たちは死んだ後も、トラブルや秘密が暴かれるのをどこからか見ることになるワケ?

そんなのは絶対にイヤ。

死んだら完全な無になりたい。だから何もしなくて結構です、ということを今から明るく言い遺したい。

この書籍の執筆者:林真理子 プロフィール
1954年、山梨県生まれ。82年エッセイ集『ルンルンを買っておうちに帰ろう』が大ベストセラーになる。86年『最終便に間に合えば』『京都まで』で直木賞、95年『白蓮れんれん』で柴田錬三郎賞、98年『みんなの秘密』で吉川英治文学賞、2013年『アスクレピオスの愛人』で島清恋愛文学賞、20年、菊池寛賞、22年、野間出版文化賞を受賞。18年、紫綬褒章を受章。22年、日本大学の理事長となる。
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