「定年後も働きたい。でも、体力に自信がない」——そんな不安を抱えている人は少なくありません。


再就職先として人気の警備業ですが、炎天下での立ちっぱなしなど、シニアには過酷な現場も多いのが現実です。そんな中、63歳のフリーライター・神舘和典さんが挑戦したのは「オートレース場」の警備。危険でガラの悪い現場を想像して身構えていたものの、そこには意外すぎる快適な職場環境が広がっていました。

60歳を超えたライターが11もの職業を体当たり取材した話題作『60歳からのハローワーク』(飛鳥新社)より、著者が「一番身体への負担が少なかった」と語るギャンブル場警備のリアルを一部抜粋・編集してお届けします。

■客層がよくなったギャンブル施設
街を歩いていると、商業施設の入口や工事現場や駅など、さまざまな場所で警備員と出会う。その多くが60代以上に見える。実際に、定年後の男女の多くが警備の仕事に就(つ)いている。掃除やビルやマンションの管理と並んで、年配者の3大再就職業と言っていいだろう。

しかし、警備系の会社の面接を受け、けっして誰にでもできる仕事ではないことを知った。少なくとも自分には難しい。炎天下でも、豪雪でも、1日8時間労働。しかも、1度に3時間立ち続けると言われた。
頻尿(ひんにょう)の身には、かなりハードルが高い。

そんなとき、埼玉県の川口市管轄(かんかつ)のオートレース場の警備の話をいただいた。那須の山小屋への食糧運びをアテンドしてくれたサカキバラさん(仮名)の紹介だった。

警備の仕事が重労働であることは以前の面接でわかった。しかし、オートレース場の警備は、終日炎天下に立つわけではなさそうだ。スタンドの客席の広い範囲に屋根があり、有料の会員席は建物内にあり、夏は冷房、冬は暖房が効いている。休憩も兼ねた待機時間も十分にもらえそうだった。これならばやれるかもしれない。

このレース場は1952年にオートレース場になり、半世紀以上になる歴史ある会場だ。競走路は1周500メートル。客席数は約2万7000席。ここ数年人気に翳(かげ)りが見えてきたとはいえ、グレードの高いレース開催日は約5000人のお客さんが集まる。


開門は14時30分。21時前にレースが終わる。開門前の13時から夜21時までの勤務だった。

会場に着くと、ブルーの制服、制帽、ホイッスルを渡された。シャツもズボンも糊(のり)が効いていて、身が引き締まる。ホイッスルは緊急事態時に吹くとのことだったが、聞いてみると、実際に吹いたことのある警備員はいなかった。客席では緊急事態は起きていないようだ。

実は、僕はかなり緊張してこの日を迎えた。失礼ながら、ガラのよくないところだという認識だったからだ。以前、レース場の最寄り駅で仕事をした。ちょうどオートレースの開催日と重なっていたが、夜の駅周辺では、レースですったオジサンたちが酔っ払ってクダを巻いていた。

しかし、杞憂(きゆう)だった。
お客さんたちは意外とおとなしい。酔っ払いも、けんかをする人も見かけなかった。

警備員さんたちはみんな手取り足取り仕事を教えてくれる。いろいろな職場を経験したが、環境や条件のいい仕事で出会う人には笑顔が目立つ。

■警備員とお客さんは仲間
開門時間が近づくと、門の外にぞくぞくとお客さんが集まってくる。男性が主だけど、女性もカップルも家族連れもいる。

警備員としての最初の仕事は、入場するお客さん数のカウント。カチッカチッとカウンター機で数える。とくに難しい作業ではないが、入場無料ということもあって、入退場をくり返すお客さんがいる。重複しないように顔を覚えなくてはいけない。

門の外側では、年配の女性が予想紙を何種類も手売りしていた。80代くらいだろうか。
来場するお客さんに次々と声をかける。そのほとんどが買っていく。

「おばちゃん、1つちょうだい」

自分から声をかけるお客さんも多い。この予想紙はよく当たるらしい。ほとんどのお客さんが、1000円札を渡し、お釣りは受け取らない。ほかの警備員のかたに聞くと、いつからかわからないほど昔からその女性は予想紙を売っているそうだ。お客さんにとっては母親のような世代にあたるのだろう。彼女には、だれもがやさしい。

お客さんは、警備員にも声をかけてくる。レースの話だけではなく、地元の政治的なことも言ってくる。警備員も仕事にさしさわりないくらいに対応する。ここではお客さんたちと働く人たちによるコミュニティが形成されている。


そのとき、警備員に召集がかかった。客席で男性客が転倒してけがをしたらしい。警備中の人も待機中の人も、現場に駆け足で向かっていく。僕も後について走った。

けがをしたのは70代くらいの常連客。見たところ、脛(すね)に擦(す)り傷がある程度だ。しかしお客さんは、まるで大けがであるかのように顔をしかめている。警備員たちも過保護に思えるほど気遣(きづか)う。けがをした人はちょっとうれしそうだ。

「けがした男性、大げさ過ぎませんか?」

疑問をすぐに口に出してしまうところが僕のよくない性質だが、仕事柄しかたがない。

お客さんは大げさに痛がる。レース場のスタッフは大げさに心配する。
それによって両者のいい関係が成立しているようだ。そのお客さんは医務室に連れていかれ、手厚く手当を受けていた。

大けがの場合はもちろん現場で処理はせず、救急車を呼ぶ。また大きな喧嘩が起きたときのために、警備員のなかに常に3人、警察のOBがいる。彼らがその場をじょうずに収め、それでも混乱が続くようならば、現職の警察官を呼ぶシステムがきちんと出来上がっている。

■長い待機時間に疲労回復
次の仕事は巡回。ベテラン警備員の後について、スタンドや車券売り場をまわった。巡回コースは決められていない。どこをチェックするべきか、警備員自身の勘に任せられていた。

「今日は涼しくていいね」

「今日は運に見放された。勝てないから、早めに帰ることにしたよ」

あちこちでお客さんに声を掛けられる。実際1年も勤めると、ほとんどのお客さんとは顔見知りになるそうだ。

観客数のカウント~待機~巡回~待機~カウント~待機……。この流れで1日の仕事が終わる。

会場はもっと荒れていると想像をしていた。ギャンブルは、勝つ者もいれば、負ける者もいる。興行の仕組みを考えると、負けるほうが多いはずだ。所持金が減ってクダを巻いたり暴れたくなったりしても不思議ではない。しかし、会場は終始穏やかだった。

ほかの警備員さんに聞くと、以前は激しかったらしい。怒鳴るお客さんもいれば、発券所の割り込みなどで喧嘩も起きたそうだ。しかし、最近は静かだという。一番の理由は、お客さんの高齢化。70代以上が増え、おとなしく車券を買い、観戦している。

警備員が働く環境はさまざま。工事現場や自動車の誘導は体力的にかなり負荷がかかる。でも、このオートレース場のように、身体を休ませられる待機時間がたっぷりと確保されている職場ならば、ぜひ自分も働かせてもらいたい。

給与はなかなか教えてもらえなかった。ただし、どうやら日給月給制らしい。毎年年度初めに年間の勤務日数の提示があり、開催の有無により給与月額もまちまちとのことだ。

はっきりと言えるのは、拙著『60歳からのハローワーク』で紹介する仕事の中では、この警備が一番身体への負担は少なかった。

実は、オートレースのほかにも公営ギャンブルの警備の仕事に申し込んだ。競馬の大きなレースの仕事だった。

時給2000円。1日に2万円近い収入になる。しかも、約1000人という大きな求人だった。「年齢不問」 「経験不問」とされてはいた。しかし、年寄りだからか、ほかのなにかの理由かはわからないが、書類選考で不採用になった。この書籍の執筆者:神舘和典 プロフィール
1962(昭和37)年東京都生まれ。雑誌および書籍編集者を経てライター。政治・経済からスポーツ、文学まで幅広いジャンルを取材し、経営者やアーティストを中心に数多くのインタビューを手がける。中でも音楽に強く、著書に『新書で入門 ジャズの鉄板50枚+α』(新潮社)など。
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