ユダヤ人が指摘、日本人に金儲けができない理由「金の氏素性につ...の画像はこちら >>



お金オンチの日本人よ、ユダヤ人に学べ!「銀座のユダヤ人」と呼ばれた男が、世界経済を動かす彼らのお金観を明かす。“きれいな金・きたない金”という言葉があるほど、お金に清廉さを求める日本人には耳の痛い指摘も。

復刊がロングセラーとなっている、日本マクドナルド創業者・藤田田による著書『ユダヤの商法』(ベストセラーズ)から、抜粋して紹介しよう。





■世界の支配者、その名は「ユダヤ商人」



 戦後の日本経済の成長は、まことにすばらしいものがある。



 しかし、戦後の日本をここまで育ててくれたのはユダヤ人なのである。ユダヤ人のバイヤーが、日本から品物を買ってくれたからこそ、日本にドルが貯まり、日本は豊かになったのである。



 ユダヤ人——といっても、イスラエル人のことではない。国籍はさまざまである。アメリカ人もいれば、ソビエト(現・ロシア)人もいる。ドイツ人も、スイス人も、褐色の肌をしたシリア人もいる。国籍はばらばらだが、ユダヤ人は、鋭いワシ鼻と、二〇〇〇年の迫害された歴史を持つひとつの民族である。そしてそのユダヤ民族は、今日、世界の支配者として君臨しているといっても過言ではない。



 アメリカを支配しているのは、全米の人口の二パーセント足らずのユダヤ人である。







 また、世界中の全ユダヤ人をかき集めてもたかだか一三〇〇万人。

東京一都市の総人口とチョボチョボである。



 それでいながら、歴史上の重大発見であるとか、人類不朽の名作などで、ユダヤ人の手になったものは多い。



 ちょっと著名なユダヤ人を思いつくままにあげてみても——。



 ピカソ、ベートーベン、アインシュタイン、マルクス、イエス・キリスト……。





■世界をリードするユダヤ人群像



 そう、イエス・キリストもユダヤ人なのだ。世の中には、キリストを殺したのがユダヤ人であって、キリストはユダヤ人ではないと思っている人が多いようだが、キリストだってユダヤ人である。



 ユダヤ人の信仰するユダヤ教は、一つの神しか認めない。まして『神の子』など、存在するはずはない。だから、ユダヤ人は自らを『神の子』と称したキリストを認めなかっただけだ。



「ユダヤ人がユダヤ人を処刑して、そのために世界中の人々から二〇〇〇年も迫害され続けた。こんなバカな話がありますか。キリストの処刑は、我々と何の関係もないし、世界の人々とも関係のないことですよ」



 こと、キリストのこととなると、ユダヤ人はこういってボヤくのである。



 自由世界のシンボルのキリストがユダヤ人であれば、共産主義の〝神様〟マルクスもユダヤ人である。



「資本主義と共産主義の睨み合いも、いってみれば、二人のユダヤ人の思想の対立にすぎません。どちらもわれわれの同胞ですよ」



 米ソが睨み合うたびに、ユダヤ人はこういって熱い関係に水を差す。



 世界の財閥ナンバー・ワンのロスチャイルド、天才画家ピカソも、二〇世紀の偉大な科学者アインシュタインも、第二次世界大戦時のアメリカの大統領だったルーズベルトも、そして、歴史的な米中接近の立役者米大統領特別補佐官のキッシンジャー……いずれもユダヤ人なのである。しかし、私にとっては、それよりももっと重大なことは、欧米の名だたる商人の大半がユダヤ人であるという事実である。



 私は、貿易商として、欧米で商売をしようとすれば、好むと好まざるにかかわらず、ユダヤ人を窓口とする以外にないのである。ユダヤ商人は、世界を支配しているのだ。





■「きれいな金」、「きたない金」はない



 日本人は金儲けをする時にも、金の氏素姓(うじすじょう)についてやかましい。水商売とか、連れ込みホテルなどからあがる金は「きたない金」、コツコツ働いて不当に安く支払われた労賃は「きれいな金」というふうに区別したがる。私にいわせるなら、これほどナンセンスな考え方はない。



 ラーメン屋の金に、「この金はラーメン屋をして儲けた金です」とは、決して書いてはない。バーのマダムの財布の中の千円札にも「これは酔客からふんだくった金です」とは書かれてはいない。

金には、氏素姓も履歴書もついてはいない。つまり、金に「きたない金」はないのだ。





■現金主義に徹すること



 ユダヤ人の現金主義は徹底している。ユダヤ商法では、天変地異や人災から、彼の明日の生命や生活を保障するのは、現金以外には考えられないのである。ユダヤ人は、銀行預金すら信用しようとはしない。現金一本槍である。



 商取引を行う相手をも『現金主義』で評価する。



「あの男は、キャッシュにすれば、きょういくら持っているか」



「きょうのあの会社は、キャッシュに換金するといくらになるか」



 評価はすべて「キャッシュにすれば」で行われる。一年後には取引相手が億万長者になることが確実であっても、明日、その男の一身上に異変が起こらないという保証はない。人間も社会も自然も、毎日毎日変わっていく、というのがユダヤ教の神の摂理であり、ユダヤ人の信念なのである。変わらないのはキャッシュだけなのだ。





■利息目当ての銀行預金は損だ



 ユダヤ人が銀行預金すら信用しないのは、理由がある。

銀行に預金すると、確かに利息が入り預金はふえていく。しかし、預金が利息を生んでふえていく間にも、物価は上がり、それに比例して貨幣価値は下がっていく。しかも、もし本人が死亡したら、相続税としてゴッソリ国に吸い上げられる仕組みになっている。どんなに膨大な財産でも、三代相続すればゼロにしてしまうというのが、税法上の原則である。これは世界中、どの国でも共通のようだ。



 現在の日本では、無記名預金制度もないわけではないが、この制度は誰でも利用できるというわけでもないようだし、いずれは西欧諸国のように廃止されるに違いない。とすれば、財産はキャッシュで保有しておいた方が、遺産相続税をごっそり持っていかれずにすむ。



 このように、遺産相続税ひとつを取ってみても、最終的には銀行預金は損である、というのがユダヤ人の考え方である。



 一方、キャッシュは、利息がつかないからふえることもない。しかし、銀行預金のように証拠はないから、遺産相続でごっそり持っていかれることもない。だから、ふえもしないかわりに決して減ることもないのだ。ユダヤ人にとって「減らない」ということは「損をしない」ということの最も初歩的な基本なのである。



文:藤田田

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