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2020年に新築移転した横浜市役所新市庁舎は地上32階、みなとみらいの海を見下ろす白亜のタワーにある。だが、8階の市長室周辺には、市民が決して知ることのない異様な重圧と恐怖が長年にわたって垂れ込めていた――。

今年7月30日、弁護士らによる第三者調査委員会が公表した95ページに及ぶ調査報告書に記されていたのは、データサイエンティスト出身として颯爽と登場した山中竹春市長による信じがたいパワハラの実態である。



市長室での日常的な怒鳴り声、机の強打、書類の投げつけ。意に沿わない職員を特定して市長室から締め出す「出禁」。深夜・休日に及ぶ常態化した業務連絡。「飛ばすぞ」「粛清する」「誰が飼い主かわからせてやる」といった恫喝の数々。報告書は「指導の域を完全に超え、職員の精神的な安全を脅かすレベルに達している」と結論付けた。



「今回の問題は、単なる口の悪さや言葉遣いの話ではありません。市長という絶対的な人事権者を前に、職員が息を潜め、有能な人材が次々と役所を去り、政策が歪められてきた地方自治の崩壊そのものなのです」



そう語るのは、自民党横浜市会議員団の重鎮であり、元市会議長の横山正人市議だ。



8月13日に開催された市議会拡大総務委員会の集中審査。その直前、筆者は横山氏への単独インタビューを行った。密室の取材現場で語られた告発と、その後の議場で繰り広げられた山中市長との直接対決。そこから浮かび上がってきたのは、自らの過去と向き合おうとせず、制度論と「未来の反省」に逃げ込み続けるトップの歪んだ姿だった。





■録音データがなければ真実は永遠に闇の中



【証言】横浜市役所内部を覆う“恐怖”と”忖度”…山中竹春市長のパワハラ「録音がなかったら闇に葬られていた」





「今から振り返ってみるとね、山中市長が1期目に当選した直後にも、横浜市立大学教授時代のパワハラ問題と経歴詐称問題が出てきて、議会で審査したんです」



 取材の冒頭、横山氏は苦渋の表情でそう切り出した。 山中市長は初当選直後、米国立衛生研究所(NIH)での肩書をめぐる経歴問題や大学教授時代のハラスメントが取り沙汰されたが、議会での答弁をのらりくらりとかわし、最終的には「市長としての自覚が芽生えれば改善されるだろう」という周囲の甘い見通しによって追及は立ち消えとなった。



「あの時もっと徹底してやっていれば、今のような事態には至っていなかった。その反省と後悔は私自身にもあります」



 それが明るみになったのは、横浜市総務局の人事部長(当時)を務めていた久保田淳氏による決死の告発だった。人事部長という、まさにハラスメント対策を所管する責任者自らが実名で記者会見を開き、市長の言動を告発したのである。



「第三者調査でこれだけの項目が認定された最大の要因は、久保田さんが長期間にわたって録音していた音声データが存在したからです。録音があるものについて市長は否定できなかった。ですが録音のないものについては、市長と久保田さんの言い分が食い違い、第三者調査でも『認定できない(真偽不明)』として処理されてしまいました」



 しかし横山氏は、第三者調査という枠組み自体の「限界」も指摘する。



「第三者調査はあくまで任意のヒアリングに過ぎないんです。強制捜査権もなければ、偽証罪に問われることもありません。だから市長は、証拠が突きつけられた部分だけを渋々認め、証拠のない密室の言動については『記憶にない』『認識していない』と突っぱねています。もし久保田さんの録音がなかったら、今回の件も1期目のときと同じように完全に闇の中に葬り去られていたと思います」



 役所の職員が、上司である市長との会話を日常的に録音するなど、通常では考えられない。

そこまで追い詰められ、公務員としての生命線を懸けてデータを残さざるを得なかった現場の恐怖は、想像を絶するものがある。





■第三者調査に血税3,200万円が費やされた



 8月13日午前、横浜市会総務委員会の扉が開いた。 テレビカメラが居並ぶ中、着席した山中市長は冒頭、神妙な面持ちで深々と頭を下げた。



「私の言動によって市政に混乱を生じさせ、職員の皆様、市民の皆様、議会の皆様に心からお詫び申し上げます。相手の立場に立った配慮が足りておりませんでした。報告書が認定した事実をすべて受け入れ、自らの人権意識の刷新を図ってまいります」



 だが、その低姿勢な謝罪の言葉とは裏腹に、質疑が始まると議場には重苦しい違和感が充満していく。トップバッターとして質問に立った横山氏は、今回の調査に費やされた「市民の負担」を突きつけた。



 横山氏の追及に対し、総務局長は第三者調査にかかった弁護士費用等の総額が「約3,200万円」にのぼる見込みであることを明かした。市長自身のハラスメント言動を調査・証明に、3,000万円を超える莫大な市民の血税が投じられたのだ。



 横山氏は畳みかける。



「今回の行為は、一般職の公務員であれば当然、懲戒免職もありうるほどの重大な事案です。市長は過去の市会答弁で『特定の職員を入れないこと(出禁)はない』と明言していましたが、今回の認定と明らかに矛盾しています。

虚偽の答弁をしたのですか」



 これに対し、山中市長はこう答弁した。



「誤りだったと思います。当時は相手方への認識が足りていませんでした」



 さらに横山氏が、職員に銃口を向けるような「銃撃ポーズ」についても質した。市長は「ポーズ自体をした記憶はあるが、特定の人に向けた明確な記憶がなかったため否定していた」と釈明した。 言葉を失うようなやり取りが続く。録音や物的証拠があるものについては「認識を改めた」と受け入れの姿勢を示しつつ、具体的な事実関係を問われると「記憶がない」「そういった認識はなかった」という逃げの答弁に終始する。





■50代幹部が号泣…恐怖政治が組織を蝕んでいる



 山中市政の歪みは、執務室内の暴言にとどまらない。市政の意思決定や組織運営そのものを根底から狂わせていた。



 総務委員会で、自民党の山下正人市議から衝撃的な事実が明かされた。 過去の市会において、議員から政策上の厳しい追及を受けそうになった市の幹部職員(50代)が、議員に「質問を取り下げてほしい」と泣きついてきたというのだ。



「50を超えたいい大人が、私と1対1になって号泣するんです。『こんなに悔しい思いをしたのは初めてだ。

市長室に入ったら空気が悪くなってとんでもないことになる。みんなに迷惑がかかるから質問を避けてくれ』と。兵庫県の事案もあったから、私は職員が思い詰めないようになだめて質問を取り下げた。こんなことが日常的に起きている市政が、果たして正常と言えるのか」



 市長の機嫌を損ねれば、怒声を浴びせられ、出禁にされ、理不尽な左遷が待っている。その恐怖から、幹部職員は市長の顔色ばかりを窺う「忖度マシーン」と化し、議会に対して質問の取り下げを懇願するまでに追い詰められていた。



 さらに、国際的な信用を揺るがす隠蔽工作も白日の下に晒された。 皇族である高松宮久子妃殿下が関係される「大使の写真展」に、山中市長が出席を見合わせた問題である。市当局はこれまで議会に対し「公務の都合(庁内会議)でお断りした」と一貫して説明してきた。



 しかし、質疑の中で山中市長および副市長は、実際には主催者側の実行委員会事務局から「一連のパワハラ報道を踏まえ、出席をご辞退いただきたい」と打診されていた事実を認めた。さらに事務局から「辞退を促した事実を公表しないでほしい」と要請されたことを理由に、議会で虚偽の説明を続けていたことを自白したのである。



 市長の保身と体面のために、議会に嘘の答弁を重ね、対外的な信用を傷つける。横山氏が語っていた「市長の顔色を窺い、尻尾を振る者だけを出世させる上意下達の組織」の実態が、議場で完全に証明された瞬間だった。





■「市政を運営する能力はない」市議断言



「山中市長には、市政を運営する能力はありません」 インタビューで、横山氏は迷いなくそう言い切った。



「市長はプレイヤーではなくマネージャーであるべきです。しかし山中さんは、自分が関心のある『映え公務』やデータドリブンといった耳触りの良いキーワードには飛びつきますが、関心のない分野には全く目を向けない。結果として、市政全体が著しくいびつになっています」



 その象徴として横山氏が挙げたのが、「広報の私物化」と「職員の大量退職」だ。 横浜市の広報誌『広報よこはま』では、市長を目立たせるための不適切な広報が常態化。歴代の林文子市政、中田宏市政、高秀秀信市政ではあり得なかった事態が起きている。



 何より深刻なのが、市役所を支えてきた優秀な職員たちの大量流出である。



「地方公務員法で縛られた職員は、政治家のようにトップを公然と批判することはできません。恐怖政治に耐えかねた有能な職員ほど、波風を立てずに転職先を見つけて役所を去っていきます。山中市政になってから急増した退職者こそ、横浜の未来にとって最も必要な財産だったんです。この人材の喪失こそが、市民にとって最大の被害だと思います」



 トップが原因で起きた迷走は、市民生活に直結する政策にも影を落としている。 1期目の選挙公約として鳴り物入りで導入された「中学校給食」。

多くの保護者や生徒が小学校のような「温かい自校調理給食」を期待したにもかかわらず、実際に提供されたのは冷たい業者弁当(デリバリー方式)だった。



「選挙さえ勝てばいいという有権者ファーストの発想で、現場の子供たちの視点が完全に欠落しています。隣接する東京都町田市が温かいセンター方式の給食を整備し、手厚い子育て支援を展開する中、横浜市(特に青葉区などの郊外)から若い子育て世帯が流出する『多摩川格差』が現実化しています。人口減少という最大の危機に対し、市長には何の具体策がないんです」







■「自民党横浜市連、山中市長支持」の反省と内実



【証言】横浜市役所内部を覆う“恐怖”と”忖度”…山中竹春市長のパワハラ「録音がなかったら闇に葬られていた」





 インタビューは、今後の市政の行方と、市議会第一会派である自民党の責任へと及んだ。 実のところ、前回の市長選挙において、自民党横浜市連は山中市長の「支持」に回った経緯がある。この点について、横山氏は自ら進んで反省を口にした。



SNSのコメント欄などで『自民党も山中を応援したではないか』と批判されていますが、まったくその通りです。組織の一員として市民に大変申し訳なく思っています。



 ですが実態を明かせば、当時の団会議で所属議員のほとんどが山中支持に反対でした。本来市長の推薦は県連に上げるのですが、上げたら否決されることがわかっていたため、市連単独の決定にとどめたのです。あの時、議員を辞める覚悟で体を張ってでも止めるべきでした。その甘さが、今の事態を招いてしまったと思います」



 総務委員会の質疑を終え、横山氏が見据えるのは、地方自治法第100条に基づく「百条調査委員会」の設置である。



「任意の第三者調査では、出禁の指示や暴言の真偽など、食い違いが残ったまま幕引きされてしまいます。百条委員会を立ち上げ、虚偽の証言に罰則が科される強い調査権限をもって、退職した職員や関係者から証言を集めなければ、全容解明はできません。自民党会派がこれだけひどい報告書を受けてまとまれなければ、政党としての存在意義を失ってしまいます」



 しかし自民党横浜市議団は百条委員会の開催を提案せず、山中市長へ辞職を求める申し入れをした。





■問われているのは「未来」ではなく「過去のけじめ」だ



 総務委員会の締めくくり、山中市長は「人権意識を刷新し、生まれ変わって信頼回復に努めたい」「私にもう一度時間をいただけないか」と、改めて続投への執念をにじませた。



 だが、横山氏が議場で最後に放った言葉は、市長のその姿勢を根底から否定するものだった。



「市長は先ほどから『これから人権意識を刷新する』『これから改革する』と、未来の話ばかりを繰り返しています。しかし、議会と市民が問うているのは『これから』ではありません。『これまで何をしてきたのか』という過去の事実と責任だ。自らの言動が市政を崩壊させてきた元凶であると自覚しない限り、いかなる信頼回復もあり得ないと思います」



 2027年には、横浜で国際園芸博覧会(GREEN×EXPO 2027)の開催が控えている。国内外から多くの要人が訪れる国際都市のリーダーが、重大なパワハラと人権意識の欠如を認定されたまま居座り続けることは、横浜の都市ブランドそのものを失墜させかねない。



 自らの非を一部しか認めず、「これからの自分」を語ることで延命を図る市長。 市議会の三会派から辞職申し入れをされても「関係者に今回のことについて話をする場がある。その後、進むべき道について考えたい」と述べるにとどめている。



 370万人の横浜市民は今、自分たちの選んだリーダーが市政の密室で何を繰り広げてきたのか、その「冷厳な真実」を直視する時を迎えている。



取材・文:篁五郎

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