Text by 山口こすも
Text by 齊藤大介
『ドライブ・マイ・カー』でアカデミー賞®国際長編映画賞を受賞するなど、いま最も注目を集める映画監督のひとりとも言える濱口竜介監督。最新作『急に具合が悪くなる』は、介護施設で働くマリー=ルーと舞台演出家の真理が出会い、ともに過ごした数日間を描いた映画だ。
本作で主人公2人が出会うきっかけとなり、作中であらゆる「境界」を横断する存在として登場するのが、自閉スペクトラム症(自閉症、ASD)の智樹というキャラクターだ。映画『見はらし世代』やNetflixドラマ『九条の大罪』などに出演し、新鋭ながら圧倒的な演技力で頭角を現す黒崎煌代がこの役を演じた。
本記事では濱口と黒崎にインタビュー。智樹という人物を出発点に、「からだ」のレベルでつくっていったという本作の役づくりについて話を聞いた。時間をかけて準備を行う濱口監督の映画づくり。その裏にある映画制作や社会に対する違和感、そして映画というメディアの宿命とは?
—智樹という人物は、映画内演劇で舞台と客席の間を行き来するなど、さまざまな「境界」を乗り越えて社会やシステムに揺さぶりをかけるような存在だと感じました。どのようなきっかけから智樹という役柄が生まれたのでしょうか。
濱口竜介(以下、濱口):この映画はかなりの紆余曲折を経てできたものでして、何一つ短く言えることがありません。まずは経緯から話しますね。
原作である『急に具合が悪くなる』(※1)を読んで強く心を惹かれるものがありました。ただ、往復書簡という形式のまま映画にすることは難しいとも感じていました。
それから2年ぐらい経ったときに、シネフランスというフランスのプロダクションから「一緒に映画をつくらないか」という話をいただきました。フランス映画なら会話劇の伝統があるので、この原作の精神を曲げることなく、2人の女性の会話から成る映画として、企画を成立させることができるかもしれないと思いました。そこでようやくこの原作をどのように映画にするかという話が具体的に転がりだした。
そこから、自分がずっと興味を持っていたユマニチュード(※2)を、日仏をつなぐ要素として題材にしようと決めて、2024年の3月から2か月ほどパリに滞在して脚本執筆のためのリサーチをしました。いくつかユマニチュードを採用している介護施設も訪ねて、最終的に、フランス側の主人公は介護施設のディレクターとしました。
濱口竜介
濱口:次に考えたのが、主人公である2人の女性がどのように出会い、そしてごく短い時間で死に向かう時間をともにするほどの関係に発展するのかということでした。そこで、マリー=ルーと真理が通じ合えるとしたら、お互いに似たような経験を既にしていることが必要なのではないかと思いました。
ヒントになったのは、大島寿美子さんの『「絆」を築くケア技法 ユマニチュード—人のケアから関係性のケアへ』(※3)という本で、まだ十分に確証されてはいないけれど、ユマニチュードがASD(自閉症)にも有効な技法である可能性がある、と読んだことです。だとしたら、この技法が2人をつなぐきっかけにもまたなり得るのではないか、とも考えました。
そもそも、ユマニチュードと同じように、以前から自閉症にも興味を持っていました。その出発点は、東田直樹さんの『自閉症の僕が跳びはねる理由』(※4)を読んだことが大きかったです。
認知症と同様に、重度の自閉症もコミュニケーションが困難な存在として、社会の周縁に置かれがちです。マリー=ルーと真理も、どこか社会から周縁に置かれてしまっている存在と近しい関係を結んでいるのではないか、そのことが2人を短時間で近づけるのではないかと考えて、真理の演劇に出演する俳優の孫として、重度のASDである智樹というキャラクターに登場してもらった……、というのがひとまず言えることです。
—黒崎さんはそんな智樹を演じるにあたって、意識されたことなどはありますか。
黒崎煌代(以下、黒崎):智樹のバックグラウンドはもちろん把握していました。ですが、映画全体においてどのような位置付けであるかということは、監督以上に考えられる人はいないと思っていました。なので、私はひたすら智樹を演じることに集中していましたね。
—濱口監督の映画に黒崎さんが出演されるのは今回が初めてかと思います。濱口監督から見て黒崎さんはどんな俳優だと感じましたか。
濱口:智樹という人物は、誰が演じるかによってキャラクターがまったく変わってしまう役柄だと思っていました。智樹役を決めるにあたって、何段階かのオーディションを行ったのですが、最終選考では候補者に施設を見学してもらい脚本も渡したうえで、短い時間ですが「智樹」というキャラクターを演じてもらいました。
そのときの黒崎さんの演技を見て、「この人を選ばないということがあるんだろうか」と思いました。既に余計なことはほとんどしていないような印象があって、何かを演じているときの、そこに「いる」ことの存在感や説得力がものすごく高かった。それは、さらにリハーサルを重ねて演じてもらったこの映画の智樹を見てもらうことで、一番伝わると思います。
黒崎煌代
—その「存在感」は、黒崎さんが「智樹に集中していた」という話ともつながるように感じました。
黒崎:最初は智樹に「なろう」としていました。でも、濱口監督とリハーサルをしていくなかで、それではいけないと気づいた。
今回の映画を通して「演じることの限界性」について濱口監督から学んだと思っています。私は智樹ではないし、どうやっても「黒崎煌代が演じている」という事実がある。智樹に「なっている」と思いながらカメラの前に立つと、智樹になったつもりの黒崎煌代が映っているだけになる。それは演じていると言えるのかと。
演じるということはあくまで作為的なものであり、「智樹にはなれない」という当たり前のことを受け入れたうえで、いかにして黒崎煌代を智樹に「見えるように」していくか。
濱口:黒崎煌代という人のパーソナリティーやポテンシャルが、智樹を演じるうえで素晴らしいものを持っている、という印象がオーディションの時点からありました。なので、あとはどのように黒崎さんができるだけ安心してそこにいられる状況をつくるか、だと思っていました。
重度のASDである智樹を演じるにあたって、「そう見えないのでは?」と不安を感じることがないように、まずは、智樹を「からだ」のレベルでつくっていくということをやっていたと思います。施設に取材に行ってもらって、実際のASDの方と作業をしてもらったり、智樹と同程度の症状と思われる人と一緒に時間を過ごしてもらったりしました。私も同席して、その人の発声や所作を書き起こしたりして、それをリハーサルでは本読みしたり、反復練習しました。演劇指導で参加いただいているダンサーの砂連尾理さんにもリハに来ていただいて、「智樹はどう歩くのか」を一緒に試行錯誤したりもしました。
ただ、取材をしてわかったのは、本当に多様な症状のASDの方がいるということです。なので、形態模写をするというよりは、「智樹」という個人はどんな人かを考えるということをより沢山しました。黒崎さんに東田さんの本を読んでもらったりもしました。
そのうえで、黒崎さんのからだの「内部」に、智樹は何が好きで、どんな行動を取るのかを落とし込んでもらう。そのためのサブテキストを書いて渡したりもしましたが、それはあくまで「こうでもあり得る」という可能性であって、智樹がどんな人間なのかということは、明確には設定せず、黒崎さんにお任せしました。
黒崎:リハーサルで「なんだこれは!」というクオリティの、役の背景などを記したテキストを監督が準備してくださるんですよ。読んでいたら、最終的に智樹になってしまうようなものを。
だから一度その経験をしてからは、濱口監督に言われるまま真摯に向き合えば、自然と行きつくべき場所に到達できるだろうという気持ちでやっていました。
© 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners
濱口:演技というものには、さっき黒崎さんが言ったような根本的な無理があります。「黒崎煌代は智樹ではない」ということが大前提としてある。これを認識したうえで、結局のところは単にセリフを言ったり、その人のように振る舞ったりするしかない。しかし、「この人は覚えてきたことをただ言っただけじゃないか」ということも、注意深く見る人にはわかってしまう。
ではどうしたらいいか。その無理を通すには、多大な準備が絶対に必要になるわけです。これはASDを演じるから、ではなく、あらゆる役を演じるときに同じ課題が生じると私は思っています。
その役柄についての情報量や想像の量を増やしておくこと。必要な場合は身体的なトレーニングもすることが、「その人がずっと続いてきた人生のなかで何か言っている、行動している」と感じられることや、役者間で望ましい相互作用が起こる最低条件のようなものです。
濱口:映画史上のいくつかの映画で、「どうしたらこんな瞬間を映すことができるんだ」と思うような素晴らしい場面を見てきました。どうやったらそこに近づけるかを考えています。
自分が現在やっている方法は「俳優たちに賭ける」ということです。俳優間で生じているエモーションの記録映像をどうつくるか。そのために演出家が役者たちのために用意すべきなのは、演技の限界性によって「役者が感じざるを得ない不安」を取り除けるだけの準備を可能とする、時間や環境です。実際のところはどこまでやってもキリはないので、どこか「やれるだけのことはやった」と思えるだけの準備を、共同でできるようにしたいと思っています。
ただ、それにはシンプルに時間がかかります。そして時間がかかるということは、お金がかかるということでもあります。そのため多くの映画制作の現場では、「そう映ってはいないけど、そういうことにしましょう」というかたちで話が進んでいることが多いのではないか。少なくともそういう証拠映像のようなものを、よく見るような気がしています。
そうではなくて、「本当に何かが起きた」とか、「本当に何かを見た」と観客が感じる経験をもっと増やしていきたい。そのためには多くの準備をしなければいけない。少しずつですが、プロデューサーともこういう話をしながら、準備に時間をかけることの合意を得て、制作を進めるようにはなっています。
今作は、日本でもフランスでも、俳優たちと同様の準備をする時間を取ることができました。それはプロデューサーたちの理解のおかげですし、その重要性を理解して実際に準備を一緒にしてくれた日仏の助監督、特にアマンディーヌ・エスコフィエさんと渡辺直樹さんのおかげだと思っています。
—今回も時間をかけて準備をされたということですが、黒崎さんはどのように感じましたか。
黒崎:こんなにきちんとした準備期間があることはなかなかないので、ただひたすらに助かりましたね。
今回、撮影に入る前に自閉症の方が過ごされている施設に伺って取材をさせていただきました。正直私のなかには自閉症に関する情報があまりなかったので、この取材の経験も役を演じるうえでとても助けになりました。
何かを演じて、それをいいものにするためには、その役についての情報量がとても大事だと思っていて。取材やリハーサルを通してしっかり準備をすることができたのは、智樹を演じるうえで必要不可欠だったと思います。
濱口:黒崎さんには日本でのリハーサルを経て、数カ月後にフランスに来てもらいましたが、撮影のときには細かい指示は何もしていませんでした。もちろん大きな動線とかはすり合わせましたが、「後はじゃあ、よろしく!」という感じで、本当にお任せしていました。
実際の撮影中、この人が黒崎煌代だということを忘れてしまう瞬間が多々ありました。存在しないはずの「智樹」というキャラクターを、自分が信じてしまうことが何度もあった。
黒崎さんの演技からは「自分自身がどう、そこにいるか」ということに集中している印象を受けました。普段の私たちとは違うしかたで、自分の周囲の環境とコミュニケーションをしているんだな、と解釈しています。それはリハーサルの成果でもあるとは思うんですが、結果としてフランスでの大変な撮影のなかで、彼を見ているだけで本当に「助けられている」ような感覚を持ちました。
この先黒崎さんがどうなっていくかはわかりません。ただ、今回一緒に仕事をさせていただいて、自分は本当にラッキーだったなと思っています。
黒崎:嬉しいですね。
—本作では主人公の真理が演出する演劇のシーンがあります。その映画内演劇のタイトルは、『近づいてみれば、誰もまともな者はいない』ですが、なぜこの言葉を題名にしたのでしょうか。
濱口:「近づいてみれば、誰もまともな者はいない」という言葉は、イタリアの精神保健のモットーで、『プシコ ナウティカ—イタリア精神医療の人類学』(※5)という本で知りました。この言葉を読んで、本当にそのとおりだと思ったし、「そうに決まっているのに、みんなそうではないかのように振る舞っている」とも感じました。劇中の真理も、そしてこの演劇のテキストを書いた私も、ある程度それを突きつけているのだと思います。
© 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners
映画内演劇『近づいてみれば、誰もまともな者はいない』の一場面
濱口:『プシコ ナウティカ』のなかには、「〈人間〉に対するアニミズム」(※6)という言葉も出てきます。アニミズムというのは、例えばここにある机やコップなど、「もの」に魂が宿っているという考え方だと理解しています。魂のないものに、自分の内的な精神や心、魂を投影してしまうということでしょう。
でも、この本では、イタリアにおける精神医療の実践について、あえて「〈人間〉に対するアニミズム」という言葉で表現しています。それが人間を「モノ化」しようとする力への抗いなのだ、と。そもそも私たちは、人間を「魂を持った存在」として扱っているのか? という疑問がここで呈されています。
この疑問はとても大事なものだと感じました。この社会のなかでは、人間を「魂や精神を持った存在」として扱うことが難しい、その条件がそろっているように私も感じてきたからです。それはきっとユマニチュードともつながる部分があるし、真理が「がん患者」というカテゴリに収まらないようにすることともつながってくる。そう考えて、「近づいてみれば、誰もまともな者はいない」という言葉を、真理の演出する演劇のタイトルとして採用しました。
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—その人固有の精神や魂を大切にするということは、撮影の現場でも意識されていることなのでしょうか。
濱口:魂という言葉は、現代で乱用すると危険なところがありますが……。それをシステムのなかで無視されてしまう、求められる「役割」からこぼれる何か、と考えてみましょう。
先ほど、実際の現場では演技の持つ根本的な不可能性が無視されてしまうことが多い、という話をしたと思います。マリー=ルーのセリフのなかでも、「持っていないものを持っているふりはできません」という言葉がありますが、「持っていないのに持っているふりをしている」ことのなんと多いことか、と思うわけです。
ではどうするのが望ましいかというと、まず自分がいったい何を持っていて、何を持っていないのかを見極めないといけない。言い換えれば、自分が取り組んでいる事柄がどういう特性を持っているのかを考えなくてはならない。
たとえば、克明な記録装置であるカメラという機械が、人間の身体を被写体とするとはどういうことなのか。しかも、その被写体が「演じる」ならば、何が映ってしまうのか。ここではまさに、俳優の身体は、演じるときに「役柄」よりも、その人の身体からこぼれるもの、例えば声の質やクセの現れが、俳優自身が積み重ねてきた歴史のほうをより多く語ってしまうわけです。つまり、多くの場合「演じている」という事実がただ単純に記録されてしまうことになります。
つまり、映画というメディアがどんな宿命を持っているかを考えれば、「カメラの前で演じること」の根本的な不可能性に行き当たらざるを得ない。ただ、この根本的な無理にどう向き合うかは、それぞれの映画監督次第です。実際のところ、観客がそのことを気にする度合いはまちまちなので、それをどの程度気にするかは、作り手の感性や考え次第というところがあります。
私にとっては、映画の観客としてもこれは気になる部分だったので、「カメラの前で演じること」の特性を理解していくことで、自然とやるべきことが定まってもきました。私は「役割」からこぼれ落ちる部分までカメラに映ってしまうと思っているので、演じることの根本的な不可能性という問題を解決するために、諸々の準備や演出をしています。
—劇中でマリー=ルーと真理が資本主義について議論する場面もありますが、今回の映画には濱口監督の社会への視点も反映されているのでしょうか。
濱口:撮影現場で一つ一つのショットにOK や NGを出すのは監督です。その基準は多くの場合、十分に言語化できない生理的なものを含みます。その意味で、映画はその監督の身体や人間性が反映されざるを得ない。友人の映画なんかを見ると、「あの人のまんまじゃないか」と感じて、自分の身を振り返ると恐ろしくもなります。まあ「あ、そんな一面あったの?」と思うこともありますが。
映画は集団芸術なので、単に監督である私の身体や精神だけが反映されるとは思ってはいません。ただ、避けがたくある程度、私が社会をどう見ているかという視点は反映されていると思います。
実際には何も起きてないのに、何かが起きたかのように見せる映像が量産されたりしているように、社会全体でも、本来だったら成り立っていないシステムを、成立していることにして進んでしまっていることが多くある気がしています。その問題意識は映画に反映されているでしょう。
でも率直に言えば、これ以上この映画で表現されている言葉に、さらに言葉を重ねることはしたくないとも思っています。観客にはただ、映画から受け取るものをそのまま受け取っていただきたい、というのが本音です。
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