年収が上がれば、食生活も自然に整っていく──そんなイメージを持つ人はいるかもしれない。自由に使えるお金が増えれば、質のよい食材を購入できる。
管理栄養士やトレーナーを頼る選択肢も広がる。

例えば、メジャーリーグで活躍する大谷翔平選手は、栄養に関する知識を自ら学び、専門家へ細かな質問を重ねてきた。

大谷選手の栄養サポートを担当した管理栄養士によると、「卵のたんぱく質と牛乳のカゼインには、どのような違いがあるのか」と尋ねられたこともあったそうだ。情報をそのまま受け取るのではなく、自分で調べたうえで、専門家に精査を求めていた。

渡米直後には、牛ヒレ肉や鶏むね肉、魚介類など、高たんぱく・低脂質のおかずを100グラムずつ小分けにして冷凍。必要な量を組み合わせて食べられる環境も整えられていた(※1)。

一方、世界的な投資家として知られるウォーレン・バフェット氏は、一般的な健康常識とは異なる食生活を公言してきた。2015年のインタビューでは、1日に12オンス(約355ミリリットル)のコーラを少なくとも5杯飲んでいると明かしている(※2)。

両者はともに世界的な成功を収めてきたが、食への向き合い方は正反対である。では、収入が増えるほど、人は健康的な食事を選ぶようになるのだろうか。
○高所得者の食生活が整いやすいワケ

所得と食事の関係を考えるうえで参考になるのが、2014年の国民健康・栄養調査を分析した研究だ(※3)。研究チームは、男性2785人、女性3215人の計6000人を対象に、年齢、性別、世帯所得と食事の質との関連を調べた。


この研究では、世帯年収200万円未満を低所得層、200万円以上600万円未満を中所得層、600万円以上を高所得層に分類している。個人の年収ではなく、同じ世帯で暮らす人を含めた年間所得である点には注意が必要だ。

分析の結果、食事の質を示す評価が高かったのは、主に所得の高い高齢女性だった。反対に、所得の低い若い男性では、評価が低い傾向が確認されている。

また、食事の質が低い人は、野菜料理、牛乳、果物などが推奨量に届きにくかった。低所得層のうち、魚や肉を使った主菜が不足していた割合は、食事の質が低い男性で16%、女性で20%。食事の質が高い人では、それぞれ4%、8%にとどまった(※3)。

この数字だけを見れば、「世帯年収600万円以上の人ほど健康意識が高い」と結論づけたくなる。ただし、研究はある一時点の状況を分析した横断研究であり、収入が増えた結果として食生活が改善したと証明したわけではない。

医師の小倉行雄氏は、研究結果の受け止め方について、次のように話す。

「所得と食事の質に関連が見られたとしても、年収が上がれば健康的な食事になるとまでは言えません。年齢や性別に加えて、勤務時間、家族構成、自炊できる環境、健康への関心なども影響します。
低所得だから食生活への意識が低いと考えるのも適切ではないでしょう」(小倉氏、以下同)

食生活の差を、本人の努力や意識だけの問題として片づける見方もある。しかし、限られた予算のなかでは、価格が安く、短時間で満腹になれる食品が優先される場面もある。

○2万人の調査でわかった“健康を買える人”

経済的な余裕がある人ほど、必要な栄養を摂取しやすい傾向は、別の国内研究でも確認されている(※4)。

2003~2007年の国民生活基礎調査と国民健康・栄養調査を使い、18~74歳の男性1万1240人、女性1万1472人、合計2万2712人を分析した研究では、世帯支出額が多い層ほど、たんぱく質、カルシウム、ビタミンA・C、食物繊維などの平均摂取量が多かった。推奨される栄養素の摂取基準を満たす人の割合も、支出額が多い層で高い傾向にあった(※4)。

もっとも、この研究が調べたのは年収ではなく、1カ月あたりの世帯支出額である。支出が多いから健康になったと断定することもできない。それでも、経済的な余裕が食材の選択肢を広げる可能性は読み取れる。

さらに、お金によって得やすくなるものは、食品だけではない。管理栄養士への相談、食事の宅配、調理や買い物の外注、定期的な健康診断や検査など、健康管理にかかる手間を減らすサービスも利用しやすくなる。

大谷選手の事例で注目すべきなのも、特別に高価な食材を食べていた点ではない。専門家に疑問を確認し、必要な栄養をすぐに摂取できる仕組みを作っていた点にある(※1)。


「収入が高い人の利点は、高級食材を買えることだけではありません。専門家の知識を借りたり、準備の手間を減らしたりして、望ましい食生活を継続できる環境を整えやすい点も大きいと思います。ただし、費用をかければ必ず健康になるわけではありません」

健康食品や高額な検査を購入しただけで、体調管理が完了した気になってしまう人もいる。健康にお金をかけられることと、毎日の行動を変えられることは別の話である。
○年収600万円以上の女性ほど野菜を食べない?

それでは、毎日大量のコーラを飲むと公言しながら、長年にわたり第一線で活動してきたバフェット氏の事例は、一般的な健康情報への反証になるのだろうか。もちろん、そうではない。

特定の生活習慣を持ちながら成功した人物だけに注目し、同じ行動を取って健康を損なった人を見落とす考え方は、「生存者バイアス」と呼ばれる。バフェット氏が活躍してきた事実は、コーラを1日5杯飲むことの安全性を証明しない(※2)。

「著名人が元気に活動しているからといって、その人の食習慣が健康の理由だとは限りません。体質、食生活全体、運動量、医療へのアクセスなど、外からは分からない要素が数多くあります。一部分だけを切り取って真似するのは避けるべきです」

高所得者ほど健康的に食べているとの傾向も、時代を問わず続くわけではない。

国民健康・栄養調査の2010年、2014年、2018年のデータを使い、延べ1万7226人を分析した研究では、世帯年収を200万円未満、200万円以上600万円未満、600万円以上の3群に分け、食品の摂取量を比較している(※5)。


2010年と2014年の調査では、世帯年収600万円以上の女性は、低所得層の女性よりも野菜を多く食べる傾向が見られた。

ところが2018年には、中所得層と高所得層の女性で野菜の摂取量が減少。低所得層との差が縮まり、必ずしも「所得が高い女性ほど野菜を多く食べる」とは言えなくなった(※5)。

収入が増えても、食事に割ける時間や関心まで自動的に増えるわけではない。会食や出張、長時間労働が重なれば、むしろ食事時間が不規則になる可能性もある。

○大谷翔平の食事を真似しても健康になれない

大谷選手の食事をそのまま再現しても、一般的なビジネスパーソンに同じ効果が生まれるわけではない。必要なエネルギーや栄養量は、体格、運動量、仕事内容、健康状態によって変わる。トップアスリートに適した食事が、デスクワーク中心の人にも適しているとは限らない。

参考にするなら、食べているメニューではなく、食事への向き合い方だろう。分からない情報は専門家に確かめ、必要な食品を無理なく用意できる状態にしておく。毎食を完璧に整えるより、崩れた後に戻せる仕組みを持つほうが現実的である。

「まずは特定の健康食品だけに頼らず、普段の食事全体を見ることが大切です。
主食、主菜、副菜を意識し、外食では単品だけで済ませない。冷凍野菜、魚の缶詰、卵、豆腐など、保存しやすい食品を使う方法もあります。会食が続いた場合も、一度の食事ですべてを取り戻そうとせず、数日かけて調整すればよいでしょう」

農林水産省の「食事バランスガイド」でも、毎日の食事を主食、副菜、主菜、牛乳・乳製品、果物の5群に分けて考える方法が推奨されている(※6)。

必要量は年齢や性別、身体活動量などによって異なるため、特定の食品だけに偏らず、食事全体を見る視点が欠かせない。

収入が増えれば、健康的な食事を選ぶための選択肢は広がる。ただ、それを生かせるかどうかは、食材の値段以上に、無理なく続けられる仕組みを作れるかに左右されるのだろう。

【参考ソース・研究論文まとめ】

(※1)Number Web「大谷翔平の食哲学」(2022年1月15日)。専門家への質問や、食事を小分け冷凍した事例を参照。

(※2)TIME「This Is Warren Buffett's Secret to Staying Young」(2015年2月26日)。1日5杯分のコーラを飲むとの発言を参照。

(※3)Kurotani K, et al. Public Health Nutrition, 2020. 世帯所得と食事の質の関連を分析。

(※4)Fukuda Y, Hiyoshi A. Bioscience Trends, 2012. 世帯支出額と栄養摂取の関連を分析。


(※5)Tajima R, et al. Journal of Epidemiology, 2024. 所得別の食品摂取量の変化を分析。

(※6)農林水産省「食事バランスガイド」。食事を5つの料理区分で整える指針。

西脇章太 にしわきしょうた 1992年生まれ。三重県出身。県内の大学を卒業後、証券会社に入社し、営業・FPとして従事。現在はフリーライターの傍ら、YouTubeにてゲーム系のチャンネルを複数運営。専門分野は、金融、不動産、ゲームなど。公式noteはこちら この著者の記事一覧はこちら

小倉行雄 おぐらゆきお 医師。医療法人社団明照会 理事長、リジェネレーションクリニック院長。東海高等学校卒業、名古屋大学医学部卒業。安城更生病院、知多市民病院、名古屋大学医学部附属病院などで外科・小児外科を中心に研鑽を積み、2008年より愛知県内最大級の訪問診療グループを率いる。現在は訪問診療に加え、遺伝子検査や各種生体検査を活用したオーダーメイド医療を実践し、経営者やアスリートの健康管理・パフォーマンス向上にも取り組む。著書に『ビジネスエリートのための 医学的に脳のパフォーマンスをMAXにする方法』(青春出版社)。医学系の共著論文、学会発表実績もある。 この監修者の記事一覧はこちら
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