『日本文藝家協会百周年記念ドキュメンタリー映画』(仮題)が、11月14日より全国順次公開されることが決まった。併せて、場面写真と特報映像が解禁された。



【動画】角田光代、西加奈子らが言葉と向き合う姿――『日本文藝家協会百周年記念ドキュメンタリー映画(仮題)』特報

 1926年、菊池寛らによって設立された日本文藝家協会。作家の権利を守り、その生活を支える職能団体として歩みを重ね、2026年に創立百周年を迎える。その大きな節目に製作される本作がカメラを向けるのは、いま、この時代に「書くこと」とともに生きる作家たちだ。

 監督を務めるのは、さまざまな表現者のドキュメンタリーを手掛けてきた富樫渉。さらに、『あのこは貴族』などで知られる小説家・山内マリコが企画アドバイザーとして参加する。

 登場するのは、蝉谷めぐ実、清繭子、佐佐木陸、日比野コレコ、丸田洋渡、角田光代、西加奈子、金原ひとみ、穂村弘ら。

 作品を生み出す喜びの一方で、評価されること、書くことで生計を立てること、そして作家として生き続けることへの葛藤。それぞれ異なる場所に立ちながら、それでも言葉と向き合い、書き続ける人々の日々を追っていく。

 世代も作風も、作家として歩んできた時間も異なる彼らは、いま何を思い、何を書こうとしているのか―。日本文藝家協会が百周年を迎える「いま」だからこそ、同時代を生きる作家たちの姿と言葉を記録し、文学の現在、そしてその先を見つめていく。

 企画アドバイザーの山内マリコは「ご存知のとおり、ネットに押されて紙の『本』の存在感が小さくなる一方の時代。それでも書きたい、これで生きていきたいと格闘する人々がいます。
逆風に抗いながらもがく人々の奮闘を、ぜひご覧ください」とコメントした。

 特報映像は、「文学を生業にしようとする人たちがいる」という言葉から幕を開け、世代もキャリアも異なる作家たちがそれぞれの日常の中で書くことと向き合う姿が映し出される。

 「私の中の三本柱が嫉妬、嫉み、妬みなので」と語りながら自宅で日常と創作を行き来する蝉谷めぐ実。恋人に“監視”されながら原稿に向かう佐佐木陸。パソコンを抱え、喫茶店やカラオケをはしごしながら書き続ける日比野コレコ。そして、別の仕事をしながら詩作と向き合う丸田洋渡。仕事と家庭を両立しながら「でも小説家にはなれていないですよ」と語る清繭子。

 さまざまな作家たちの現在を追いながら、映像はやがて「翳りゆく世界で作家たちは何を書きどう生きるのか」という問いを投げかける。

 「言葉はなにができるんだろう」「自分が書きたいものと求められているものって全然違う」「不安というか、もうダメかもわかんないっすね」「この世界を『いいところだ』って言い続ける責任が私にはあると思っている」-書くことを仕事にするなかで直面する迷いや不安、それでも書き続けることへの思いが、それぞれの言葉から浮かび上がる。さらに、角田光代、西加奈子、金原ひとみらの姿も映し出されていく。

 作家たちの生活、創作、葛藤、そして言葉を通して、本作が見つめる「文学のいま」の一端が垣間見える特報映像となっている。

 『日本文藝家協会百周年記念ドキュメンタリー映画』(仮題)は、11月14日より全国順次公開。


※コメント全文は以下の通り。

<コメント全文>

■山内マリコ(小説家)

いまから百年前、菊池寛という小説家が仲間とともに《文筆業者のユニオン》を作りました。文章を書いて生計を立てるのは難しい。とても不安定。でも書きたい。これで生きていきたい。そんな奇特な人々の生活を守ろうと、作家の権利を向上させるべく設立した、先進的な職能団体です。最低原稿料の規定を作るなど、書く人の暮らしを守るために彼らが奔走してから時が流れ、作家たちは再び岐路に立たされています。ご存知のとおり、ネットに押されて紙の「本」の存在感が小さくなる一方の時代。それでも書きたい、これで生きていきたいと格闘する人々がいます。逆風に抗いながらもがく人々の奮闘を、ぜひご覧ください。

■富樫渉(本作監督)

ずっと「作家」というものに憧れていました。

これはジャンルを問わず、その「作家性」を評価され創作が生業として成立している作り手のことを指します。そうなれなかった私は「作家ってどんなもんよ」とこれまで多くの作り手にカメラを向けてきました。

その世界は「煌びやか」とは程遠いものです。
皆、骨身を削りながら、清濁併せ呑み、創造の快楽と残酷な結果を交互に浴びる、整わないサウナのような日々を生きています。富や名声が伴うのはほんの一握り。ましてや消費速度が速すぎる現在において「文学」を選んだ作り手はあまりに無防備です。それでも必死に自分を信じ、今この瞬間も言葉を紡いでいる。
やはり私は「作家」になれそうもありません。

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