【週刊誌からみた「ニッポンの後退」】


 私の家族葬にはエルビス・プレスリーの「ブルー・ハワイ」を流してくれと、カミさんに頼んである。


 初めて聴いたエルビスの曲は「ワン・ナイト」だった。

春日八郎の「お富さん」や三橋美智也の「達者でナ」を聴いていた私は、強烈なビートにショックを受けた。


 エルビスが2年間の軍隊生活を終え、「本命はおまえだ」や「イッツ・ナウ・オア・ネヴァー」を次々に大ヒットさせ、完全復活を印象付けたのは、私が中学生の時だった。


 高校時代は、今から思えば「音楽がちまたにあふれていた時代」だった。エルビスに憧れていたイギリスの4人組・ビートルズが登場し、エレキブームの火付け役・ベンチャーズが来日。エルビス主演の映画「ブルー・ハワイ」も大ヒットした。


 マイルス・デイビスやジョン・コルトレーン、アート・ブレイキーを聴き始めたのも、レイ・チャールズの「I Can't Stop Loving You」に心を震わせたのもこの頃だった。


 ラスベガスでの伝説的なライブを撮った「エルビス・オン・ステージ」が公開されたのが1971年。これを映画館の大画面で見た時の感動は今でも忘れられない。いつかアメリカへ行って彼のステージを見てみたいと思っていたが、映画がその夢をかなえてくれた。


 1973年1月14日。彼のライブが史上初めて衛星生中継され、世界40カ国以上に流された。エルビスの「アロハ・フロム・ハワイ」。

日本での視聴率は37.8%だった。


 それからわずか4年後、彼は42歳で突然亡くなってしまう。死因は薬物の過剰摂取などといわれている。私は当時、週刊現代編集長に「エルビスを追悼したいのでページをくれ」と直訴した。カセットテープでエルビスを聴き、涙を流しながら彼への「レクイエム」を書いたことを思い出す。


 有名ミュージシャンの生涯を描いた映画はこれまでも数多くあった。「エルヴィス」(2022年)も公開されたが、顔、歌唱、ダンス、すべてがまがい物に思えて感情移入できなかった。歌手の伝記映画でよかったのは、ジェイミー・フォックスがレイ・チャールズを演じた「Ray/レイ」と、クイーンのフレディ・マーキュリーを描いた「ボヘミアン・ラプソディ」(ラミ・マレック主演)を挙げる。一方で、ボブ・ディランの「名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN」(ティモシー・シャラメ主演)は、私には理解不能だった。


 先日、日本橋の映画館で話題の「Michael/マイケル」を見た。私は、マイケルの「幼児虐待疑惑」「異様に白い肌」「薬物中毒」などのスキャンダルについては多少知っているが、彼の曲をじっくり聴いたことなど一度もなかった。だが、それがかえってよかったのかもしれない。


 始まると同時にドラムの強烈なビートが体に突き刺さり、昔取ったきねづか、足や手が自然とリズムに合わせて動き出す。80歳のジジイに体の痛みを忘れさせてくれた。


■役づくりに2年かけた甥っ子は、一見の価値あり


 父親との葛藤のドラマはあるが、全編、マイケル役のジャファー・ジャクソン(マイケルの兄の息子・29歳)が圧巻の歌とダンスを披露する。「ある瞬間はマイケルと一緒にステージにいて、次の瞬間には観客席にいる」(アントワーン・フークア監督)という、映画ならではの極上体験も味わえる。


 ジャファーは俳優経験もないし、マイケルに比べるとややふっくらとしている。だが、オファーを受けてからの2年間、心身ともに極限まで鍛え上げていったという。 


 マイケルを象徴する有名なダンス「ビリー・ジーン」のパフォーマンス(もちろんムーンウオークも披露する)を見て、マイケルの母キャサリンは「あれがマイケルよ」と言ったそうだ。


 撮影時、ジャファーはマイクに向かって生で歌っているが、劇中の音声はマイケル本人のオリジナル音源のトラックに彼の声を重ねてミックスされているという。


 マイケルもエルビス同様、悲劇的な死を迎える。だが、我々はこの映画を見ればいつでも、彼の最高のステージを最高の席で見ることができる。少し値段は高いが、ぜひIMAXのある映画館で見ることをお勧めする。


(元木昌彦/「週刊現代」「フライデー」元編集長)


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